第3話 旧大学跡地再利用問題
2009年、秋。私が5歳の頃、いつもママと散歩に出かける道の途中に、大学があった。この国の最高教育機関にして唯一の国立学術研究機関。あなたもいつかここに通うのかもね、と言われていた。ママがそう言うならそうなのだろう、と私もそのつもりでいた。
広大な面積を誇っていたヴァレンシュタイン大学は2020年にキャンパスを東部へ移した。新しいキャンパスは地上30階建ての高層ビルを中心としたコンパクトな敷地になった。私が通う高校からも近い新キャンパス周辺には安い賃貸住宅や大衆食堂、書店にアパレルショップが立ち並び、学生街へ生まれ変わろうとしている。東ドイツ時代に建築された趣深い建物に大学生として通えなくなったのは、私にとってはショッキングな出来事だった。
数年内に大学を移転するという話を初めて聞いたとき、私はパパに移転を取り消すことができないか相談した。にべもなく断られた。その頃には既に新キャンパスを建設する土地の買収まで終わっていたのだ。国議会議員は、国立大学の移転のように、国が関与することについて一般の国民よりも早く情報を得て、意見を述べることができる。それなら私が議員になれば、取り返しのつく内に私の意見を聞いてもらえると思った。それが国議会議員を目指そうと考えたきっかけだった。
大学はもう移転してしまった。しかし大学跡地をどうするか、パパたち国議会議員は2年が経とうとする今でも決めかねている。与党の保守党は建物を残して観光産業に活用したいらしい。ヴァレンシュタインが観光資源を国の存立基盤としているから。それに対して革新党は、旧東ドイツ地域にいくらでもありそうなこのモダン建築に集客効果があるか疑問を投げかけている。
新興党は、建物を取り壊して国家警察を軍に昇格させた後の基地にしたがっている。どこまで本気なのやら。新興党は現在の国議会では強い影響力を持たない勢力だけれど、SNSではロシアの脅威に備えるためだと軍事的独立を望む声も一定数ある。それが匿名だから必要以上に強気に出ているだけなのか、それとも本心からそう考えての投稿なのか、私には判断がつかない。
市街中心部の広大な土地をいつまでも遊ばせておく余裕はない。だからと言って、何に使うかを安易に決めるわけにはいかない。この国には不足しているもの、老朽化しているものが多い。公園、市場、図書館、ホテル、病院、スポーツ施設、保育所、老人介護施設、公営マンション、刑務所……。挙げればキリがない。そもそも働き手が少ない。
私の友人たちは、高校や大学を卒業したら外国で暮らしたいと口々に言っている。グローバルに活躍する人材が増えて喜ばしい、ではなく、祖国に住み続けたいと考える人が少なくて悲しいと考えるのは、きっと私だけではないだろう。この国が抱える最大の問題は、私のような若者がヴァレンシュタインで暮らしたいと感じられないことだと思う。
大学跡地について、私は建物を取り壊して社会福祉施設を新たに建設するべきだと考えている。喫緊で不足している病院、図書館、保育所、介護施設、公営マンションのうちのどれかを。今は外国人観光客誘致よりも国民の住みやすさを優先させるべきだろうから。問題はどの施設を建設すると言うかだけれど、私の感覚では病院を選ぶのが最も支持を集められそう。