第1話 リリィ・ハイゼンベルクの校内演説放送
おはようございます。普通科のリリィ・ハイゼンベルクです。朝の時間を少しだけいただきます。私たちが暮らしているヴァレンシュタイン公国ではこの秋、国政選挙法改正後初めての国議会議員総選挙が行われます。昨年行われたこの改正の大きなポイントは、被選挙権を与えられる年齢が従来の25歳から18歳に引き下げられたことです。このため、私たちのような18歳になった高校生も秋の国議会議員総選挙に立候補することができるようになりました。
私の夢は父と同じ国議会議員になることです。しかし、父と同じような議員にはなりたくないと考えています。
どういうことか説明します。皆さんはニュースで見る国議会議員に、どのようなイメージを持っているでしょうか。偉そう、お金が好き、お年寄りばかり、そういったところかと思います。実際、私も他の議員の揚げ足取りばかりする父のことを軽蔑していました。しかも父の所属政党は何かと税金を上げようとするし、義務教育の授業時間まで増やしました。はっきり言ってあの政党のことは嫌いです。
その一方で、父を支援してくれた方々の権益が失われてしまわないよう、粘り強く弁論で戦う姿勢には、一種のかっこよさも覚えました。だから私は政治思想こそ違えど、父と同じ職業を目指します。むしろ政治思想が違うからこそ目指すのです。そして議会で父と意見を交わし合い、勝利することが目標です。
ところで、皆さんは投票する権利、つまり選挙権が何歳から得られるか知っていますか。実はこれも18歳からなのです。選挙権が元々18歳からなので、立候補できる年齢もそれに合わせるべきではないかと議員たちが審議を重ね、国政選挙法を改正しました。ところが残念なことに、最近では選挙権を持つのに投票しない人々が増えています。
よく為政者を国の「舵取り役」と呼びますが、ヴァレンシュタインの「舵取り役」は誰でしょうか。憲法第1条によればヴァレンシュタイン公爵が指導者とありますが、現在在位されているレオン公は法改正などを任意に行う権力を持っていません。憲法によると、立法権、行政権、司法権はそれぞれ国議会、国務局長会議、裁判所に属しています。裁判所の最高裁判官は国務局長会議が指名し、国務局長を指名する首相は国議会が決定します。よって私は国議会議員を決めることができる私たち18歳以上の国民全員が、ヴァレンシュタイン公国の「舵取り役」だと考えています。
想像してみてください。今、歴史の大海原を進むヴァレンシュタインという船の前には大きな氷山が浮かんでいます。このままでは衝突してしまうので、右か左のどちらかに避けなければいけません。そこで船員たちは1人ずつ、自分が避けたいと思う方向に少しだけ舵を傾けるのです。最終的により傾いていた方向に船は進みます。ではこの舵がもし動かされなければ、つまり投票する人がいなければどうなるでしょう。18歳なら容易に想像できますね。氷山にぶつかったヴァレンシュタイン号はバラバラになり、歴史の海の底へ沈んでしまいます。
私は、人生初の演説で強く訴えます。この放送を聞いている18歳以上の全ての方は、この秋、国議会議員総選挙の投票に行ってください。私も立候補しているかもしれませんが、投票先が私でなくても、父を支持するのなら父に投票しても構いません。舵取り役は舵取り役を担う責任があります。ヴァレンシュタインが歴史の海に沈んでしまわないよう、協力していきましょう。長くなりましたが、私からは以上です。ありがとうございました。