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8話 もどってきた平和? 

 幸いなことに、それからスィーヤはなんのリアクションも起こさなかった。

 屋敷の中に入ったけど、そのまま公爵とティアと食事してお話しして帰ったらしい。

 夜になり、気疲れした様子のルヴァが教えてくれた。


「そうだったんだ……一体、なにしに来たんだろう」

「分からないが……お目付役ではないかと、僕は思う。あの子は、元々平民だというから、公爵家でなにか粗相をすれば問題になりかねないだろう?」


 クソ髭……じゃなくて、あのでれでれだったルーカッセン公爵が問題にするとは思えないけど……。

 苦い気持ちを悟られまいと、私は「そうかもね」と曖昧に頷く。

 疲れていたせいか、ルヴァは疑問に思わなかったみたいで「うん」と頷くと、小さくあくびをした。


「ねぇ、ルヴァ。もう寝なよ。疲れてるでしょ」

「いや、だが、この本を読みたい……ミラだって、楽しみにしていただろう?」


 それは、ルヴァがお母さんの書棚から持ってきてくれた本で、この国の伝承をまとめたものだ。


 建国の英雄が大陸を覆う災いを退けた。その時、助力した人ならざる存在は英雄亡き後もその血脈と志が受け継がれるかぎり、国を守護すると誓う――。


 あ~……この災いってーのが、ゲームだと完全復活を目論む邪霊なんだよねー……。

 で、建国の英雄、つまりは初代王さまに力を貸したのが国守の精霊。


 はぁぁぁ……国守の精霊って、ゲームだともう消滅してるはず。

 邪霊、つまりは鏡の精が、力付けて殺ってしまったから。


 ティアの故郷の人たちを襲って、力を付けたっていう裏設定があったはず。

 それでティアは故郷を滅ぼされ、スィーヤに引き取られたんだもん。 

 

 でも、今の鏡の精は私で、つい最近まで寝てたんだよ?

 そんなことしてない。

 むしろ、出来るわけがない。


 現在の私は鏡から離れたらぶっ倒れて死にかける、超虚弱体質だから、人様の故郷滅ぼすとか、国守の精霊を倒そうとか……普通に考えて無理。

 こんな状態で殺りにいくとか、無理ゲー。


 だから、ゲームの前提条件が揃っていない今、正直ティアの周りがゲームとどう変わっているか、掴めないでいる。国守の精霊もさ、どうなってんだろ自然消滅とか……休眠中とか?


 だとすれば、黒幕である私が悪事を働かなければ、全ては良い方に流れていくと思いたいけど……。


(弱気になっちゃだめだ、私! このまま平和主義でゲームの本編軸まで行こう! ルヴァに穏やか老後生活を送らせるためにも、道を外れた行動は絶対に取らない!)


 固く誓って、床にクッションを置いているルヴァを見つめる。


「ん? どうしたんだ、ミラ」


 ルヴァが付けてくれた名前で呼ばれ、私は鏡の中から腕を伸ばす。

 そのまま、ルヴァの頭を撫でると不思議そうだった顔が、徐々に赤くなっていく。


「な、なにをするんだ突然!」

「お疲れ様~って気持ちと、エライ、すごい、いつもありがとうって気持ちを込めて、撫でてみた」

「ま、まったく! 僕を誰だと思っているんだ! このイデル王国の建国の祖、英雄王の盟友がひとり《青の友》に連なる、由緒正しき一族、ルーカッセン公爵家の嫡子だぞ!」


 ゲームでは、何度も聞いたセリフをまだ高い声のルヴァが口にする。

 でも、全然嫌な気分にならないのは、照れ隠しだと分かるからだ。

 赤い顔で、それでも私が撫でやすいように頭を下げて、ちらちら上目遣いでうかがってくる、その仕草の可愛いこと、可愛いこと。


「私にとって、ルヴァはルヴァだよ。私の前では、君はただのルヴァなの」

「ミラの前では、ただの僕……」


 貴族だなんだというのは関係ない。

 まだ守られていて当然で、甘えたってかまわない――せめて、ここでだけは、肩肘張らなくたっていい、ただの子どもでいてもいいのだと、私はルヴァの頭を撫でる。


「……ミラは、優しい」

「ほんと? それなら、きっとルヴァが私に優しくしてくれるからだね」

「僕が?」

「うん。優しくしてくれた君に、同じだけのものを返したくなるのは、当たり前のことだよ」


 ルヴァは、目を細めて「そうか」と呟いた。

 それから、私からは完全に表情が見えないようにうつむく。


「……そんな風に言ってくれる、ミラこそ優しい」

「ルヴァ?」

「なんでもない。それより、本を読もう」

「眠っていいんだよ?」

「僕の息抜きを邪魔するな」


 顔を上げたルヴァが、頬をふくらませてそんなことを言い出す。


「息抜き?」

「ミラとこうしている時間は、僕の大事な息抜きだ。……だから、取るな」


 ポツリと最後に付け足された一言は、すねたような響きがあった。


(え? なにこの子、え? 可愛いんだけど? ウチの子、可愛いが過ぎるんだけど?)


 多分、一人きりの空間だったら、私は今叫んでいたと思う。

 可愛さという暴力で、ぶん殴られた気分だ。

 これは、勝てない。


「……ダメか?」


 はい。その上目遣いも反則!


「ダメじゃないよ! 一緒に本読もう! 嬉しいな!」

「そうか……!」


 可愛さの連続攻撃で、もはや瀕死の私は、嬉しそうなルヴァの笑顔に止めを刺された。


(こんな可愛すぎるルヴァのお願いに抗える人がいたら見てみたい……あ、やっぱりなんか腹立たしいから、そんな奴は視界に入れなくてもいいや)


 チラリと脳内をかすめた不快な髭の残像。

 それを追い払って、私はルヴァが開く本に意識を集中した。


 ――こうして、私とルヴァの平和な日々は戻ってきたかのようにみえた。

 それが、勘違いだったと気付いたのは一週間後のこと。


 あの三人が、再びお屋敷にやって来たのだ。

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