７話 髭はむしりたいが、隠しキャラが怖い
こっちを見ていた男の名はスィーヤ。
銀髪に毛先がピンクという賑やかな髪色の持ち主だが、性格は無気力怠惰で「どうでもいい」が口癖。
隠し攻略キャラの宮廷魔術士で、本名はスィーヤイェン・フォン・ヴォーテという。
未来視の能力を持っている彼は、黒幕である鏡の精により国を守る精霊が殺されること、そして国が滅ぶ未来を視てしまう。その後、なにをどうやっても変わらない未来に打ちのめされ、夢も希望も失ってしまうのだが、絶滅するはずの村で唯一生き残ったティアに変化の可能性を見いだし、滅びの未来を打破する鍵として手元に置いて育てあげるという師匠ポジのキャラだ。
（だけど、なんで今ここにいるの！ え？ なに？ 割りに来た？ 災いの元の鏡が弱々のうちに、たたき割りに来たの？ お前、無気力キャラ設定はどうした!?）
たしかに、解決策としては元凶の鏡を壊すのが手っ取り早いと思う。
私、こんなんだし。
力を付ける前にやっちまえば勝てるとふんでもおかしくない。
ただ、ゲーム中では、なにをどうやっても滅ぶ未来は変えられなかったと言っている。
黒幕である鏡の精はどうやっても国を滅ぼす――それを変えるための唯一の鍵がティア。
つまり、ゲームには育成要素があって、グッドエンドに必要なパラメーター条件を満たさないとバッドエンドに行く仕様だったのだ。
大事なのは鍵の成長。
だから、スィーヤは鏡を壊そうなんて短絡的行動は起こさなかったのに……中身が私に変わったからゲームとはズレたのかもしれない。
（だからって、今出てこないで！ 急に積極的にならないでよ！ スィーヤ師匠は無気力な引きこもりキャラじゃん！ ルート開くまでは積極介入しない人だったじゃん！）
ちらりと見れば、スィーヤはまだこちらを見ていたが、ふと視線が動く。
私も、同じ方向に気を取られた。
そこでは、ゲームで見た時のようにティアに敵意を見せる少年はいなかった。
ルヴァは、落ち着いており、ティアに向かって貴族の子息らしい作法にかなった挨拶をしていた。
クソ野郎……んんっ！ ――ルヴァ父は、そんな息子を冷ややかに一瞥するだけ。
ルヴァの表情が、少しだけ、ほんの少しだけだが、曇る。
（こいつめ、それが息子に向ける視線か！ もっとなんかあるでしょ！）
私と同じ思いだったのか、ルヴァの後ろに控えていた執事さん率いる使用人たちの方が青筋浮かべてプルプルしている。
ただ、ティアは自分と同じ年の子どもを見て安心したのか、ルヴァ父の腕から降りて挨拶しようとしていた。
それをルヴァ父が止めて――あ、スィーヤが動いた。
なにか、一言か二言ルヴァ父と言葉を交わすと、ルヴァ父は渋々といった風な態度でティアを抱っこから解放する。
すると、ティアがルヴァに挨拶を返した。ルヴァは……微笑を浮かべて頷いた。
ふたりは子ども同士で一触即発ということもなく、友好的に会話しているように見えた。
見守るスィーヤは、満足そうで……。
（今、スィーヤが、なにか言ってくれたのかな？）
私にとっては、生存フラグをたたき割りに来た目下の敵ではあるが、ルヴァが「かませ令息」なんぞになるフラグをへし折ってくれたのなら――それはそれで、感謝しなくてはいけない。
スィーヤがなにを思って屋敷についてきたか分からないが、穏やかに話す子ども達を見る目は優しい。
使用人たちの空気も和らいでいるように思える。
――でも、このほのぼのした雰囲気は、長くは続かなかった。
クソ野郎が再びティアを抱っこして無理矢理話を切り上げるという暴挙に出たからだ。
息子を放ってさっさと屋敷に入っていく野郎。
（あぁぁぁぁっ！ クソ！ このクソ！ ガチクズクソ野郎!! お前の無駄に主張してるカイザー髭、今すぐむしり取ってやろうか!!）
私が窓に張り付いてうなっていると、ルヴァにスィーヤが近づいた。
なにか、声をかけている。
（……なに話してるのかな？ なんか、転生したら目はよくなったから、わりとよく見えるんだけど聴覚は普通なんだよねぇ……）
嫌味とか暴言を吐いたわけではないのは分かった。
ルヴァが大丈夫というように首を横に振り、笑っていたから。
だけど、私にはルヴァがお客さんの前だからと気を張っているだけに見える。
ルヴァの大丈夫は、本当は全然大丈夫じゃないの意で、今だって傷ついて泣きたいのを堪えてるんだろう。
あの子の手は、何かに耐えるようにキツく握りしめられていて、小さく震えていた。
そんなルヴァの背中に手を添えたスィーヤは、気遣うような仕草でそっと彼を中へ入ろうと促していた。
――最後に、もう一度、こっちを見て。
