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67話 まさか、まさか、まさか

「妄言ですって? ……ルヴァイド様、貴方はまだ分からないの? ……いいえ、信じたくないのでしょう。愛を知らない、可哀想な方」


 ルヴァが咎めたところ、セレスはパチクリと目を瞬いたあと、仕方ないわねと言いたげに微笑む。


「可哀想な貴方も、邪霊から解放されたら目が覚めて、わたくしに感謝しますわ。ええ、きっと」

「黙れ――お前に救われるものなど、なにもない」

「貴方は、まだ分かっていないだけ。わたくしが差し伸べた手が、救いの手だと」

「チッ」


 うわ……ルヴァが無表情で舌打ちした。


「分かっていないのはお前だ。お前は一体なにを救ったつもりだ? この状況で、お前に救われたものなど、ひとつもない!」


 たしかに、こちらは不利益しか被っていない。

 ルヴァとティアはあらぬ疑惑をかけられて楽しい学生生活にケチ付けられて、付きまとわれて、散々だ。

 しかし、暴走気味のセレスは、ルヴァの冷たい言葉にも微笑んでいる。

 自分が正しいと疑っていない――いや、酔っている?


(この、話が通じているようで通じていない感じ、前に……)

 

 以前、どこかで見たことがある。

 そう思ってセレスに注視した私は、彼女の足もとにアレを見つけてギョッとした。


「せ、セレス! 足、足もと!」

「え?」


 急に大声を上げた私に、みんなが注目する。そして私の視線の先を辿り、いち早く反応したのはルヴァとスィーヤだった。


「あれは、まさか……」

「馬鹿な、なぜここに」

 

 ルヴァたちが驚いている。

 でも、当のセレスが気付いていない。形状がアレそっくりという点を除いても、危険な存在が足もとにいる……だからこそ、伝えなくては――私は、この時、百パー善意だった。


「ゴキ……っ、瘴魔がいるよ!!」


 足もとに、小さな黒い物体。

 清掃も行き届いているはずなのに、お城の謁見の間にまで出現するなんて、この世界のGは化け物か! ……うん、化け物だった。


(ともかく、あれくらいの小ささなら、学生でも普通に対処できるはず!)


 普通に嫌がって悲鳴を上げ、距離をとる。それで魔法か何かで攻撃――できなくても、周りには対処できる大人がいるから心配ない。

 私はそう思っていた。

 だけど、セレスは不思議そうに、そして馬鹿にするように私を見て動かない。


「瘴魔……」


 ルヴァはハッキリと動くソレを捉えて臨戦態勢に入った。

 ティアやスィーヤもしかり、王を守る人たちも身構えた。

 公爵や王子だって、あってはいけないものの出現に、警戒の姿勢はとったのに、セレスだけは――なにもしない。


 この状態が目に入っていないのか、ただ表彰された子供のように、誇らしげに微笑んでいた。


「なにを騒いでいるのかしら、皆様?」

「セレス……? だから、足……!」


 気付いたとき、彼女の足もとにチラついた影はひとつだった。

 それが、私が声を上げたのを切っ掛けに、どんどん……どんどん増えて――。


(た、集ってる……!)


 これは異常だ。

 このままでは、危ない。

 この場にいる誰もがそう判断し、瘴魔の排除に動こうとした瞬間だった。


 セレスの足もとに集まった瘴魔の塊が、彼女の中に吸い込まれていったのは。


「――は?」

「っ」


 声が漏れた。そして、誰かが息を呑む。

 セレスだけが何にも分かっていない――見えていないかのように笑っている。


 ああ、思い出した。


(セレスの状態……見たことあるはずだ……)


 ここにいるセレスは、ゲームの中の「かませな悪役令息ルヴァイド・フォン・ルーカッセン」を彷彿させるのだ。

 彼の、最後の状態に近い。

 邪霊に利用され、操られた彼は、最後は被害妄想に取り憑かれ会話が成立しなかった。

 ネガティブとポジティブの差はあれど、セレスは似通った状況に置かれている。


 唯一違うのは、ルヴァイド・フォン・ルーカッセンは最後は力を根こそぎ邪霊に吸い取られた。逆にセレスは……瘴魔を吸収している点。


 これが、なにを意味するかと言えば。


「セレスが、邪霊なの?」


 私の問いかけに、セレス・フォン・メイベルンは笑った。

 まるで、つまらない冗談を聞いたとでも言いたげに。

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