59話 真などない【ルヴァ】
「やめろ!」
「やめてください!」
制止の声を無視し、メイベルンは手鏡を、勢いよくたたき落とす。
破壊を喜ぶような、愉悦に満ちた笑みを浮かべて。
伸ばした手は、殿下に阻まれ届かないまま、鏡の割れる音がした。
(――ミラ……!?)
彼女の姿が、ない。
どこにも、見あたらない。
「くふふふふふふ!」
ミラが消え風が止み……かわりに耳障りな女の笑い声だけが響く。
(――なんだ、これは?)
笑う女。
満足そうな顔をした王子。
(なんなんだ、これは?)
青い顔をして、座り込むティアは、両手で顔を覆って泣き出す。
いつもだったら、真っ先に飛び出してティアを慰めるはずの彼女は……どこにもいない。
(なぁ、本当になんの茶番なんだ?)
おかしいだろ――どうして、ミラがいないんだ?
そう思って視線を動かせば、地面にキラキラと光る欠片が散らばっている。
「……ミラ」
鏡。
そうだ、手鏡がないと。
ミラの揺り籠なんだから、彼女が困ってしまう。
なにより、一緒にいられなくて僕が不安だ。
大事な大事な、ミラが――。
「っ……!」
粉々の手鏡を目にして、恐怖心がこみ上げた。
大鏡が屋敷にある今、学園においてはこの手鏡がミラの生命線。
そして、僕とミラを繋ぐ唯一。
(戻さないと!)
弾かれたように手足を動かし、破片をかき集める。
ティアが呆然としたように僕の名前を呼ぶが、気にとめる暇もない。
だって、早くしないと。
ミラが、苦しい思いをしてしまう。
――消えてしまう。
「おい、なにをしているルーカッセン!」
「あら、手を怪我してしまうわよ?」
黙れ。
「君はまだ正気に戻らないのか! 邪霊の支配から逃れられたんだぞ! しっかり現実を見ろ!」
黙れ、黙れ、黙れ。
雑音を無視して、鏡の破片を集める。
そうしたら、腕を掴まれた。
邪魔をするなと見上げれば――哀れむような目をした男。
「どこまで弱いんだ、君は。せっかく邪霊の支配から逃れたというのに、ルーカッセン公爵が泣くぞ」
なんだ、その目は。
この男は一体、なにを振りかざし僕を哀れむ?
引いた線を無遠慮に飛び越えてまで押しつけてくる、貴様のそれはなんなんだ?
「……救い……?」
「ルーカッセン?」
「――鏡の破壊こそが、救いだと? そう仰るか、殿下?」
「ああ」
迷いなく頷く、男。
この場で笑っているのは、自分の横にいる耳障りな笑い声の女だけだと、見えていないのか?
自分が救いたいと言っていたティアが、どんな顔をしているかも分からないのか?
ああ、分からないのか。
「僕を救ってくれた……だから、感謝しろと? はっ! ――誰が頼んだ、そんなこと!!」
僕は守手だ。
ミラの、守手だ。
だとすれば――彼女を害したコレは、僕の敵に他ならない。
体の中に、魔力が渦巻く。
敵を討てと、全身が吠えている。
「なっ、血迷ったかルーカッセン!」
うるさい。
黙れ。
「薄っぺらい御託は、もう聞きたくない」
鏡の破片を握りしめ、僕は練り上げた魔力を解放した。




