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56話 楽しい話をしよう

 温室の奥。

 ティアの手元にある手鏡の中で、私はうなっていた。


「ミラ様、ルヴァイド様が心配ですか?」

「うん……」

「スィーヤ様にも詳細はお伝えしてあります。守手であるルヴァイド様には、いざという時には王子の命令ならばはね除けられる権限があるとお聞きしました。……乱暴な手段でない限り、ルヴァイド様から手鏡を取り上げることは不可能。……ミラ様を害することはないだろうと……」


 だけど、ティアは不安そうだ。

 手鏡をぎゅっと握り、その目は揺れている。


「だけどさ、私の預かりさせちゃって、ごめんね? ルヴァったら、スィーヤあたりに頼めばいいのに!」


 場の空気を払拭したくて明るく言えば、ティアはふふと笑ってくれた。


「いいえ。私は嬉しいです。最近は、一緒にいることも出来なかったですし……。それに、スィーヤ様は、少々がさつ……いえ、大雑把なところがありますから、ルヴァイド様が手鏡を預けるのが不安という気持ちは、よく分かります。……それに――」

「それに?」

「きっと、解決したら一番にお会いしたいんだと思います」

「……私に? ルヴァが?」

「はい」


 にっこりと笑うティアに、私は鏡の中で沈黙する。


「…………」

「ミラ様?」

「え、ごめん、なに?」

「いいえ、うふふ……お顔が真っ赤だなぁと思っただけです」


 柔らかく微笑むティアは、可愛い。後ろで花びらを舞わせたいくらい可憐だ。

 だけど、なぜか揶揄われている気がする。


「ミラ様、これは内緒なんですけど」

「ん?」

「ルヴァイド様は、ミラ様の前でしか笑わないんです。ご存じでした? あの方、学園の女子生徒からは氷の貴公子なんて呼ばれているんですよ。……私、それを聞いたときおかしくて。だって、ルヴァイド様はミラ様といらっしゃる時は、あんなに表情が豊かなのにって」


 ティアの目が潤んで、声が震える。


「私は、そんなおふたりを、ずっと見ていたいなって……ミラ様がいると、ルヴァイド様が笑顔になるように、私も、すごく、安らいで……だから、なにか、お力になれたらいいのにって……」

「ティア……」

「大丈夫ですね?」


 ティアは、不安なんだ。

 どれだけ準備しても、なにをしていても、拭えないんだ。

 一度失ったことがあるティアにとって、ジルベルトの発言は地雷だった……ううん、心の傷のカサブタを剥がして、塩塗り込むようなことだったんだ。

 

 為す術無く理不尽に、家族も友達も住んでいた村も奪われたティア。

 私たちとの時間に、安らぎを見いだしてくれたのなら素直に嬉しい。

 それなのに、そんな時間を壊してやると土足で踏み入ってきた馬鹿がいた……。


 それが、ジルベルト。


 だから、ティアは怖いんだ。

 訳の分からない力だった瘴魔と、訳の分からない権力の化身であるジルベルト。

 ティアの中でこのふたつは同列で、自分から大事な物を理不尽に奪う厄災に等しい存在なんだろう。


「……大丈夫ですよね、ミラ様」


 心細げな声に、私は大きく頷く。


「うん、大丈夫だよ。全部片付いたら、また三人でお茶しよう! あ、スィーヤを誘ってもいいかもね」

「……ふふ、そうですね。除け者だと、拗ねちゃいますからあの方は」

「楽しみだね!」

「――はい、楽しみです」


 噛みしめるように呟いたティアに、私は何度も頷き返す。

 きっと、ルヴァも反対しない。

 スィーヤは弟子大好きだから、喜んで参加するだろう。


 楽しい時間を想像すれば、気持ちが明るくなる。

 その目論見が成功し、ティアの陰りが晴れる。


(よかった)


 安心したその時、なんだか……形容しがたい嫌な気配を感じた。

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