表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/73

54話 振りかざす正義に真はあるか【ルヴァ】

 裏庭に立って、入学してからの日々を思い出す。

 煩わしいこともあったが……自分はひとりではなかった。

 信頼し合える友がいたし、尊敬できる師がいた。

 ひとりだったら耐えられなかっただろうが、周りの人に恵まれたと思う。


 なにより、大切な存在がそばにいてくれた。

 そんな日常を、これ以上乱されてはかなわないから……。


「鏡を渡せ、ルーカッセン」


 ――挨拶も飛ばし、用件だけを告げる声が背後からした。

 来たか、という思いで僕が振り返れば、想定通りの人物が立っていた。


「殿下、お一人でこんなところへ?」

「それは君も同じだろう、ルーカッセン。メイベルン嬢が、君がここに向かったと教えてくれた。人目を避けて、なにをしている」


 揺り籠である手鏡を邪霊の宿る魔道具だといい、僕は操られていいように動いている手先……そんな話をべらべらと続ける殿下は好きなだけ喋らせるとしよう。

 

 それよりも気になるのは、僕の行き先を知っていた点だ。

 人気の無い裏庭――ここに向かうことなんて、誰にも伝えていない。

 にもかかわらず、あの令嬢は僕の移動範囲を正確に把握している……気持ちが悪いほどに。


(やっぱりあの女、なにかある)


 肌が粟立つような嫌悪感――過去に似たような覚えがあった……そう考えていると無視をされたと思ったのか、殿下が声を荒らげた。


「人の話を聞いているのかルーカッセン!」


 無視をされたと思った――それは半分正解だ。

 聞く価値のない戯言だと、僕は彼の話を聞き流していたから。

 だが、全く聞いていないかといえば……そうではない。

 たとえ、どれだけ的はずれて下らない話だろうと、希に有益な情報が混じる。


「手鏡を渡せ、あれは邪霊の宿る魔道具で、私はそれに操られ、ティアのことも巻き込んだ――きちんと聞いております」

「っ……ああ、そうか、それならば、反応するべきだろう!」

「大変興味深い内容でしたので、つい深く考察してしまい……申し訳ありません、殿下」


 聞いてはいたが、薄っぺらくて笑ってしまう。

 ――普段なら、適当に相手をしてやり過ごすが……今回はそうはいかない。

 この男は……いい加減邪魔なのだ。


「ですが、殿下のお話にはいささか疑問が残ります。私の手鏡に邪霊が宿るなど、なぜそのような世迷い言を? あれは母の遺品ではありますが、元はただの手鏡です。子供の頃、魔力の使い方を学ぶためにと用意したさい、危険な気配がないか師が確認して下さったので、断言できます。――あれに魔力を流し、どんなものか認識する……基本を欠かさないため、私は今も手鏡に己の魔力を込め、流れを確認しています。それが、先日おっしゃった妙な気配の正体ではありませんか?」

「……今日はよく口が回るな、ルーカッセン。普段は、私が声をかけるとすぐに切り上げるくせに。知っているか? 都合が悪いときほど、人というのはよく話すのだ」


 ニヤリと勝ち誇ったように笑う殿下。

 馬鹿が、と吐き捨てたいのを抑える。

 僕がいつも早々に話を切り上げるのは、貴方の話に内容がないからだ。


 薄っぺらい話題に追従して愛想笑いしてもらいたいのなら、そういう相手を選べばいい。

 第二王子に気に入られたい人間なら、学園を探せばいくらでも出てくるだろう。


 そして、僕が今、話を切り上げずにいるのは――お前のことがいい加減目障りで鬱陶しいからだと、なぜ分からないのか。


 お互い嫌い合っているのなら、干渉しないのが筋だろう。

 それなのに、吹けが飛ぶようなひらひらした正義感で、触れてはいけない話題に踏み込んでくる。


 なにも知らない。

 なにも知らされていない。


 それこそが、ジルベルトという王族に出された答えだというのに。

 

「私に後ろ暗いことなど、ありません」

「邪霊は? 君の母上の所業、知らぬと思ったか」

「――……父からお聞きになったのですか?」

「ああ、そうだ。たいそう嘆いておられたよ。君は途中までは被害者だったのかもしれない。だが、分かっていて邪霊に従い続けるのは……立派な悪だ」


 ――ああ、本当に。


「……笑えるな」

「なんだと?」


 正義に酔ったジルベルト殿下の顔が、ぴくりと不快そうに痙攣した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ