52話 鏡の精の思い切った決断
寮にあるルヴァの部屋。
そこで、ようやく私はルヴァに話しかける事が出来た。
「ルヴァ、あの……」
「…………」
飛び出してきた私を、ルヴァは驚いたような目で見てくる。
「さっきは、ごめんなさい! 私、人に怪我をさせるつもりはなくて……!」
「落ち着け。急に飛び出してきて、どうしたんだ?」
声は、怒っていなかった。怖いのを誤魔化す感じでもない。
いつも通り、目が合うと笑ってくれる。
嫌悪感は感じない。
でも……それでも、だ。
「人に、怪我をさせて……本当に、ごめんなさい」
「手が少し赤くなっただけだ。それも、不躾に手を伸ばしてきて、触ってこようとする慎みと礼儀に欠けた相手。いい薬だ」
セレスは、ルヴァに近づいてきて無遠慮に体に触ろうとしたらしい。
おそらく、手鏡を探そうとしたんだろうけど、まぁ、事情を知らない人が見ればセレスの行動は完全にアウト。
止めなきゃいけないジルベルトも制止しなかったってことは、目先の利益に惑わされたのだろうとルヴァは淡々としている。
「それより、君には嫌な話を聞かせたな。……それでなのか? 結界を張ってまで相手を拒否したのは。……人が、嫌になったか?」
少し不安そうなルヴァの声に、私は慌てて首を横に振る。
「ううん! そうじゃない! ……なんか、近づかれたらすごく嫌な気分になって、これ以上近づかないでーって思ったら……ばちんって音がしたから……ごめん、結界とか訳分からないうちに張っちゃったんだと思う」
成長だと喜べることのはずなのに、一番面倒な状況でさらに悪化を招いた要因となると……全然、嬉しくない。
「メイベルン嬢か?」
「うん……」
「……僕も、なんだか妙な気配を感じた。……言い表すなら……寒気のような、気持ち悪いような」
「そう! 私も……!」
「君にまで……。悪かった、そんな思いをさせて」
ルヴァが謝ることではない。
だって、突然だったのだ。
なぜか、突然、嫌な感じになった。
自分が、これほどの忌避感を彼女に覚えるとも思っていなかった。
「だが、おそらく殿下もメイベルン嬢も、懲りないだろうな」
「……変な疑いをもたれちゃったのは、私のせいだね」
「いや、なにをしても殿下は僕を疑っただろう。そして、セレス・フォン・メイベルンもだ。……彼女は、なにかを知った気になっているようだからな」
ああ、たしかに。
訳知り顔で、かすりもしないことを語っていたセレスを思い出す。
でも、冷静に考えれば腑に落ちる。
セレスがドヤ顔披露してたのは、ゲーム知識だ。
ゲームのルヴァイド・フォン・ルーカッセンならば、こうなっているはずだという情報を語っているのだ。
――今のルヴァを、見ていない証拠だ。
(そんなに、ルヴァを悪者にしたいの?)
自分で悪役令嬢を名乗る彼女と違い、ルヴァは悪役令息なんて自称していない。
変な道に、ルヴァを巻き込んで欲しくない。
でも……私がそばにいると、ルヴァは痛くもない腹を探られる。
だったら……。
「ねえ、ルヴァ」
「ん? どうした?」
「私たち、離れた方がいいと思うんだ」
そう言った次の瞬間、ルヴァは笑顔のまま固まってしまった。




