51話 触るな危険
空き教室を出たルヴァ。
鏡の中で私は、違和感を覚える。
(なんだろう? 今、なにか魔力の気配が……)
近くで誰かが魔術を使ったのか。
だけど、なんのために?
「ルーカッセン様」
考えていたら、ルヴァに声をかけてきた人がいた。
「メイベルン嬢」
うわ、セレスか。
自称悪役令嬢が、一体なんの用だろう。
というか、タイミングが良すぎる。
ジルベルトとの非友好的な会話が終わってすぐ、だなんて。
「ご忠告しておきますわ。貴方は鏡の魔力に狂わされているだけ。このまま行けば、後にあるのは破滅だけですわよ? あれは……素質の無い者が触れてはいけない魔道具です」
いや、なに言ってるの、この子?
ルヴァは魔力に狂ってないし。
素質だってあるから、私という未熟な精霊の守手になってくれたんだから。
なんでそんな、的の外れたことを言うのか。
だけど、そんなあり得ない話に食いつく奴はいた。
ちょうど、空き教室から出てきたジルベルトだった。
「どういうことだ?」
きっと、キメ顔でセレスに話しかけているんだろう。
ルヴァを悪い奴にしたくてしょうがない男だ。
いいネタをゲットできると思っているに違いない。
「魔の鏡なのですわ。そうでしょう、ルーカッセン様。……貴方はなにも知らずに幼い頃にアレに触れ、取り込まれてしまった。いわば被害者です。まだ、間に合いますわ。さあ、渡して下さい」
セレスが優しい口調でルヴァに話しかける。
「メイベルン嬢、貴方はルーカッセンも被害者だと?」
「ええ。命の危機に瀕した彼は、生き残るために縋ってしまった。それが、邪悪な存在だとも分からずに。そうでしょう、ルーカッセン様」
「ならば、余計に看過できない。いますぐ、鏡を渡せ」
「殿下、ここはわたくしが」
セレスが、そういうと踏み出す気配。
ダメだ。セレスは女子だから、手荒なまねができない。
どうしよう、私の揺り籠取られちゃう?
――そんな、焦りを覚えた私だけど。
カツン、カツン。
セレスの気配が近づいてくる、それが、ある一定の範囲に入った瞬間だった。
ぞわり。
(気持ち悪い)
鳥肌が立つような気がして、もの凄く嫌な気分になって、それから。
(寄らないで)
――ぱんっ。
なにかを弾くような、鋭い音がした。
「メイベルン嬢!」
「え、ええ、大事ありません。……弾かれましたわ。結界、でしょうか?」
「ルーカッセンか」
「いいえ、今のは違いますわ……そうでしょう、ルーカッセン様。たいそう、驚いていらっしゃるもの」
え?
なんか、外の様子がわからないけど、大変なことになってる感じはする。
とりあえず、セレスが離れたら、すっと楽になった。
でも、どうやら私がなにかやらかしてしまったようだ。
「邪霊の術、か?」
王子は探るような一言を漏らした後、ふっと息を吐く。
「君も操られているのなら……目を覚ますんだ、ルーカッセン」
「わたくしの手を見て下さい、このように腫れて……貴方をそばに留め置こうとする者は、人を平気でこのように害する存在ですよ。貴方もいずれは」
う、ウソだ。
私はそんなことしない。
ルヴァに酷いことはしないし、他の人間だって……!
「……失礼する」
ルヴァが押し殺した一言を返し、歩き出す。
いつもより早足なのを感じて、怖くなった。
もしかして、ルヴァも、信じちゃったんだろうか。
私が悪い精霊だと。
(――だからもう、一緒にいたくない……とか)
セレスに酷いことをするつもりなんて、なかったんだよ。
ただ、近づかれて嫌だって思っただけで、腫れるほどのことをするつもりなんて……。
そんな言い訳は、鏡の中では伝えられない。
私は、すぐに伝えられないことにグルグルした思いを抱え、鏡の中で丸まっていた。




