41話 あ、甘……いや、甘くない!
近づいてきたルヴァは、怒っているか呆れているかしているだろう。
そう思った。
「ミラ。まず、これは、元に戻せ」
「あ!」
だけど、声は怒ってはいなかった。
枕を取り上げる腕は容赦なかったから、思わず未練がましい声が出た。
すると、ルヴァがおかしそうに声を上げて笑う。
(怒って、ない?)
もっというと、落ち込んでいるわけでもない……?
なんだか、いつも通り……というか、いつもより調子が良さそうにすら見える。
ぼけーっと見上げている間に、ルヴァは寝台の上にいる私の前で膝を折った。
ちょうど見下ろせる位置になったところで。
「ほら」
「ん?」
こてんと頭を傾けてくる。
意味が分からず、私が疑問の声を上げれば、ルヴァはまるでそうするのが当たり前だというような声と表情で言った。
「ぎゅーってすれば、元気が出るんだろう?」
「え、それって……」
つまり……。
「抱きしめてもいいの? 今日は、嫌がらないの?」
ティアとじゃれているとき、ルヴァにもちょっかいかけようとすれば、わりと塩だよね?
もう子供じゃないからっていう意思表示だと思ってたけど……。
「ここには僕たちしかいないからな。かまわないさ。ん」
私の体にくっつけるように、頭を倒してくるルヴァ。
(――これは……合法だ!)
お言葉に甘えてぎゅーっとしつつ、呟く。
「ごめんね。本当はルヴァたちのほうが、ずっと頭にきてるし悲しいよね」
「いいや、僕は別に」
「――え」
えん罪をふっかけられて、原因調査なんて名目で自室待機を命じられて……表面上はいつも通り、それよりか調子が良さそうに見えたとしても、内心は荒れているはず。
そう思っていたのに、私に答えたルヴァの口調は軽かった。
「ここならば、誰の邪魔が入ることなく君といられる。僕は、案外悪くないぞ、ふたりきり」
「……ルヴァ」
私の腕の中、藍色の目でこちらを見上げてくるルヴァは、ふと笑って目を細める。
「幸せだ」
「――っ」
ふにゃっと笑ったルヴァの顔を見て、なんか……なんか、こう、アレだよ。
もしもここに、私ひとりしかいなかったら、大声で訳の分からない言葉を叫んでその辺をゴロゴロ転がりたいような、そんな衝動にかられた。
「どうしたミラ、顔が赤いぞ」
「精霊だから! 精霊回路がぎゅんぎゅん稼働しているだけ!」
「なんだそれは」
吹き出すルヴァだけど、私だって訳が分からないよ!
「だけど、君もそうだといい」
「ん?」
「僕といて、幸せだと、少しでも感じてくれたら嬉しい」
「…………もちろん」
ルヴァの手が伸びてきて、私の頬に触れた。
その手に自分のものを重ねてみると、一瞬だけビクッとしたけれど、振り払われたりはしない。
「私は、君と出会ってから今日まで、ずっと幸せだよ」
「…………ミラ」
「うん?」
――あれ?
名前を呼ばれたと思って返事したけど、ルヴァはなにも言わない。
じっと私を見つめてきて……あ、あれ?
腕を抜けて、ルヴァの顔が近づいきている、ような……?
え、待って、これって、まさか……このままじゃ……顔が、いや口が……!
『ぃやっふぅぅっ! 元気かい、ルヴァイド! 落ち込んでるだろうから、お師匠が元気付けてあげるよぅ!! いぇい!』
突如、ルヴァの部屋にテンションの高い声が響き渡った。
「――チッ」
そして、ルヴァの舌打ちも。
机の方を振り返ったルヴァの横顔は、がっつり眉間にしわを寄せてすわった目の、超不機嫌モードだった。




