35話 そんな目で見られるいわれはない【ルヴァ】
(面倒な相手に見つかった)
内心では舌打ちしつつ、僕は表面は平静を装い口を開いた。
「殿下? おっしゃる意味が、よく……」
「ふうん……」
つまらなそうに鼻を鳴らしたジルベルト殿下。
その視線が、僕ではなくティアに向けられる。彼女が身を固くした。
ティアは、スィーヤ師匠にひきとられ貴族の娘と遜色ない教育も受けられた。
とはいえ、出自は平民。
この学園に来るまで、王族と直接言葉を交わす機会などあるはずもない。
ただでさえ、常日頃から腹を探られ窮屈な思いをしてきたのだから、今もまた殿下の相手をさせるのは気の毒だ。
(矢面に立てるのは、僕しかいないな)
さりげなく、殿下の視線からティアを隠す。
「ルヴァイド様……」
ほっとしたように名前を呼ばれ、肩越しに振り返り頷けば、ティアも心得たというように頷く。
――なにも言わなくてもいい。ここは任せろ。
――分かりました。お任せいたします。
こういう時、付き合いが長いと意思の疎通が早くて良い。
僕の言いたいことを悟ったティアが、一歩後退する。
そして、改めてジルベルト殿下に向き合うと……一瞬だけ、不快そうに眉をひそめていた。
(珍しいな。外面だけはいい、この方が、表情を変えるなんて)
だが、さすがは王族。
僕の視線に気付くと、再び笑みを貼り付ける。
「ルーカッセン、私は心配しているんだ。なにせ……君の母上には、よからぬ噂があったから」
「……と、仰いますと?」
「魔女、だよ。ルーカッセン公爵と君の母上が、愛のない政略結婚だったことは周知の事実。だからこそ、長らく授からぬ世継ぎに業を煮やした魔女が、邪霊と契約し子を手に入れたと……」
「馬鹿げた噂ですね。そのような下世話な噂話で、殿下の耳を汚すとは……。聡明なジルベルト殿下にとっては、馬鹿馬鹿しい話でしたでしょうね。ルーカッセン公爵の家の者として、我が家の恥をさらしたことをお詫びいたします」
「いいや、噂というのはいつだって、ひとり歩きするものだから、君が気に病むことではあるまい。ただ……君が切り捨てた馬鹿げた噂とて、まったくの無から生まれるわけではない。土台があったからこそ、生じた話だろう」
そう言った殿下は、僕が手にしていた鏡を見て、目を細める。
「邪霊に魅入られた人間の末路は、悲惨なものだ。なにより哀れなのは、自分が取り込まれていることに気付いておらず、己を強者と錯覚するところだ。――ルーカッセン、私は君のことを買っている。身の振り方をよく考えたまえ。それから……君もだ、ヴォーテの養女であり浄化の力を持つ少女。そのたぐいまれなる才能を、師であるヴォーテに恥じぬ方向に生かすんだ」
己の言動が正当である自信があり、微塵の疑いも持っていないのだろう。
朗々と語る殿下の目は、こちらを哀れんでいた。




