32話 それって自称するもんだっけ?
靴音を響かせ現れたのは、どうやら女子生徒らしかった。
ルヴァとティアが戸惑っているのが空気で分かるから……さほど親しい相手ではない。
「突然、お声がけしてごめんあそばせ。おふたりでなにをお話されているのか、気になってしまって。……だって、とても仲がおよろしいでしょう?」
なんだろう。
なんか――高くて滑舌もハッキリしてるのに、なんでか分からないけど、ネチャッとした感覚がある。一言発する度に、粘度増し増しみたいな、粘着性。
「邪推はやめていただこう。彼女は師を同じくする友だ」
ルヴァが間髪入れずに言い返してる。
スパッと切るような、鋭い声だ。
でも、相手の女子は怯えるどころか、「くふふふ」と含み笑いが聞こえる。
(ええっ? まさか……喜んでる?)
冷たい対応に喜ぶとか、ドM疑惑のお嬢様なのか。キャラが濃い。
私が妙なところで感心していると、ふんとルヴァが鼻を鳴らした。
「勝手に会話に割って入ってきて、言いたいことがそんな低俗なことか」
「まぁ、これは失礼いたしましたわ、ルーカッセン公爵子息」
驚いたような口調だけど、だいぶ大げさでわざとらしい。
それからまた「くふふ」というあの独特の含み笑いが聞こえる。
「ですが、低俗だなんてあんまりですわ。鏡の貴公子に決まった相手がいるなんて、乙女たちには重要な問題ですわ」
「ふん」
「ルヴァイド様……」
ルヴァ、これは完全にそっぽ向いたな。
ティアが慌てて名前を呼んでるけど……。
「……本当に、仲がよろしいのですね」
女子生徒の声が、少しだけ低くなる。
「でも、いくらまぶしい光でも、堕ちればあとはくすむだけだわ」
「え?」
なんか電波っぽいこと言った相手に、ティアが不思議そうな声を上げる。
けれど、女子生徒はティアを無視して続けた。
「ルーカッセン公爵子息。ご存じかしら? ――貴方が本当の首席だったというお話。ジルベルト殿下が王族だったから、貴方が引いたと」
「首席を偽る必要がどこにある。馬鹿げた話だ」
「まあ。でも、ジルベルト殿下はその噂が面白くないの。……殿下の周りの生徒たちは、貴方がその噂の出所だと考えていて、噂の上塗りを始めているわ。――自分の有能さをひけらかすために、ウソの噂を流していると。それで、貴方に反感を持つ方もいらっしゃるでしょうね」
いや、噂を鵜呑みにするなよ。貴族なら裏付け取れよ。家ごと破滅するぞ。
ルヴァも同じような意見だったのか。
「くだらない」
秒で切り捨てた。
女子生徒は「そう」と言ってから、また含み笑う。
「ところで、いつまでここにいるつもりだ? 友との語らいを、無粋な噂話で邪魔されたくないのだが?」
「あら、わたくしがお邪魔かしら?」
「名乗りもしない無礼者と時を同じくするつもりはない」
くふふふ。
冷たいルヴァの言動に、普通ならめげるか怯むかするはずなのに、またあの独特の含み笑いが聞こえる。
「まぁ、わたくしとしたことが、うっかりしておりましたわ」
続けて、大げさなまでに驚いたような口調。演技が下手なのか、わざとなのか不明だけれど、彼女は改まった口調で名乗った。
「わたくし、メイベルン公爵家の娘、セレス・フォン・メイベルンと申しますわ」
――あ……、ああ……、あああああああっ!!
その自己紹介を聞いて、思い出した。
いたいたいたいた、いたよ!
ゲームにいた!
セレス・フォン・メイベルンは……主人公の恋路を邪魔するライバルキャラ!
(あれ、でも……こんなキャラだっけ?)
私が首を傾げていると、セレスは自分の自己紹介に一言付け加えた。
「くふふ、悪役令嬢と悪役令息の邂逅なんて……運命的ね」
「なに?」
「いいえ、なんでも。どうぞ、この悪役令嬢を見知りおきくださいませ、ルーカッセン公爵子息」
――そして、立ち去っていったけど。
ちょっと待って。
色々突っ込みたいところがあるんだけど、まず一番気になることが。
(悪役令嬢って、自称するモンだったっけ?)
というか、アンタ、なぜその単語を知っている。
そんなこと聞けるはずもない。
それに、はたからみれば電波な言動だったため、ルヴァとティアは大層彼女を気味悪がっていた。
(そりゃ、そうだよね……割り込んできて好き勝手喋っていなくなるとか……)
本来なら関わり合いになりたくない手合いだ。
ああ、でも……セレス、なんか気になるな。
――悪い意味で。




