表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/73

28話 この気持ちに名前はつけない【ルヴァ】


「君たちねぇ……私なら、別に嫌われてもいいというのかい?」

「申し訳ありません、スィーヤ師匠。……このルヴァイド・フォン・ルーカッセン、守手になった時、ミラのためになるのならば、利用できるもの全て利用すると心に決めています」

「わ~立派~! さすがルヴァイド~! ……なんて言うと思ったか、この生意気弟子め! 今のは完全に私情でしょうが!」


 むにっと頬をつままれ、ひっぱられる。


「にゃにをひゅるんれふ」

「おー、伸びる伸びる。凜々しい顔が台無し~。……はい、ティアも逃がさないよ~。師匠を犠牲にする悪い子たちは、お仕置きだ」

「にゅーっ……!」


 ティアが悲鳴を上げているが……その顔は少し嬉しそうだ。

 師匠は、ティアに取っては魔術の師であると同時、親代わり……家族でもあるからな。学園で会えて、喜びを隠せないんだろう。

 

「さて、お仕置きはここまでにして……。いやぁ、あの方も面白い考えに行き着く。でも、いいんじゃないかな? 順調にご成長なさっている証だ。……でも、感情の豊かさを鑑みると、鏡の君の前は人間だったのかもしれないねぇ」


 手を離した師匠は、ポツリと呟く。

 そこに、聞き捨てならない言葉が混じった。


「前?」

「そうだよ、ルヴァイド。前に少し教えただろう? 精霊は特異な存在だ。我々の理解の範疇を超えて生まれ出ずる。だからかな。文献だと、自分の魂に残る記憶をはっきりと覚えている場合もあるそうだ。つまり、精霊として生まれる前の記憶だね……あの方は生まれた当初から思いやりに満ちた方だった。それこそ、幼い子どもに慈愛を示すような。それは、前の記憶が多大な影響を及ぼしたせいだろう」


 だとしたら、だ。

 ミラが、口にした、あの名前。

 

「……それじゃあ……あの名前は……」

「名前?」

「ソーマと」


 幸せそうに、大切そうに呼んだ、男の名前。

 僕が苦々しい気持ちで呟くと、師匠は気まずそうに目をさ迷わせる。


「あ、あ~、それは」

「本の登場人物だと、ミラは誤魔化していました。だけど……師匠の話が本当なら……ソーマというのは、ミラの……」

「ルヴァイド、勘違いしてはいけない。それは全て、過去だ。彼女の中に残っている、記憶の欠片だ。彼女が彼女になる前のものに、我々今を生きる人間が、口を出すべきではないんだよ」

「……はい」


 スィーヤ師匠の言うことは正しい。

 それは、もちろん分かっている。


 ミラの……人間だったかもしれない前の生の記憶。

 それは精霊として生まれたミラを形成する上で、大切な要因だ。もしも、ミラに人としての機微がなかったら、生まれて目覚めたばかりの状態で人間の子どもを助けようなんて思わなかっただろう――後に、師匠にそう聞かされている。


 だから、感謝することはあれど負の感情を持つなんて、間違っている。


 頭の中では、きちんと理解しているのに。


(嫌だ)


 気に入らない。

 不快だ。


『ソーマ様……』


 彼女に……あんな風に、特別だと分かる声で呼ばれる男なんて。

 稚拙な感情を悟られないよう、僕はつとめて無表情を装う。


「……拗らせてるなぁ~」

「スィーヤ様……!」

「なにか言いましたか、師匠?」

「べ~つ~にぃ~?」

 

 慌てたようなティアと、苦笑を含んだ師匠の声。

 それは、僕が隠している本心など見透かしているようで、顔を直視はできない。


「ほら、手鏡をこちらへ。……鏡の君を起こしてほしいんだろう?」

「……え?」

「可愛い弟子のためだから、一回くらいなら、嫌われ役を引き受けてあげるよ」

「…………感謝します」


 それでも、手渡すことはせず鏡面を向けただけの僕に、師匠は「筋金入りめ」と軽く笑った。


 普段は、軽薄だ落ち着きがないだのと言われる方だが、こういう時の態度で分かる。

 師匠は、余裕のある大人なのだと。


(僕も、大人であるように努力してきたのに……)


 背は伸びた。必要な力もついてきた。

 でも、ミラに対する子供じみた感情はいつまでも捨てられない。


 ――この先、ミラが大人の精霊になったら、もう揺り籠も守手からの魔力供給も必要としない……そんな日が来たら……。


(……僕は、笑って手を離せるんだろうか?)


 スィーヤ師匠の大声で起こされたらしいミラが、鏡からするりと抜け出してくる。

 その姿を見て、僕に気付いて浮かべる笑顔を見て、いつだって思うのだ。


 手を離す未来ではなく、終世共に在る……そんな未来が欲しいと。


「どう、ルヴァ。進展あった?」

「…………」

「ルヴァ?」

「本当に君は……人の気も知らないで……」

「え? なんか怒ってる? なんで?」

「今の僕が怒ってないように見えるのか? なるほど、ミラは寝ぼけているようだな。――どうやら、懇切丁寧に言い聞かせ、勘違いを正す必要があるようだ。覚悟はいいな?」

「ひぃぃ!」


 時々腹の立つことをいう、優しくて強くて鈍感な……手のかかる彼女のそばに、ずっといることが出来たなら――。


 時折抱える不快な感情も、胸を焦がす熱のような感情も、綺麗さっぱり消えてなくなるんだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ