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18話 僕が選ぶもの【ルヴァ】


「ルヴァ~!」

「うわぁっ!」


 目を開けると、色とりどりの光が目に入った――途端、その光に抱きつかれて悲鳴を上げる。


「よかったよぉ、よかったよぉ」

「ミラ……?」


 光だと思ったのは、ミラだった。

 ミラの白銀に近い髪が窓から取り込んだ光を反射してきらきら輝いて見えたのか。

 だが、おかしい。


 ここは僕の部屋ではない――……一体なにがあったのか。


(たしか僕は、茶会の席で……ミラの声がして、それから)


 それから……自分の部屋で、ミラが――そう、ミラが……。


「公爵子息は気付かれましたか」

「――っ! お前! まだいたのか!」


 勝手に部屋に入ってきたのは、あの時ミラの手を掴んで泣かせていた男だった。

 飛びかかりそうになったのを、ミラに抑えられる。


「ルヴァ、ダメだよ!」

「どうして止める! この男……、この男が君を……!」

「おや? 私、敵視されてます?」


 悪びれなく言ってのけるその顔が憎らしい。


「ダメだってば! ルヴァは魔力暴走で気絶したんだよ! まだ本調子じゃないんだから、寝てないとダメ! あと、あの人はなんか軽いけど、ルヴァの魔力すごいから弟子にしたいって言ってる人なの! とりあえず威嚇しないで話聞いてあげて! ――ルヴァが目を覚ますまで、魔力の状態とか色々調べて、看病してくれた人だから」

「……なんだって?」

「あと、セバスチャンさんも! 着替えさせたり、色々! ……ごめんね、私は役に立てなくて……」


 ミラがしゅんと肩を落とす。

 少し愁いを帯びた顔に、一瞬、心臓をつかまれたような痛みが走ったような気がしたが……。

 気のせいか?


 それよりも……。


「魔力暴走?」

「うん。覚えてない?」

「……少しだけなら」


 この男をどうにかしてやりたくてたまらなかった――あれから記憶が無い。

 だが、看病だと?


「僕はどのくらい眠っていたんだ」

「丸三日だよ。……目が覚めて良かった」


 ミラが安心したように笑う。

 そういえば、いつもより元気がない気がする。


「……心配かけて、悪かった」

「いや、本当に心配しましたよ」

「…………」


 僕は、今、ミラに言った。

 それなのに、なぜか横にやってきた男が口を挟む。


「魔力覚醒はおめでたいことですが、怒りが引き金で、それに伴う魔力暴走を起こした……これでは命がいくつあっても足りません。ご子息、本格的に魔術を学びませんか」

「なんだって?」

「お母上のお話は聞いているでしょう?」


 ――母上は、以前は魔術士だった。


 母上の家は大きくはない。名ばかりが残る没落貴族と心ない人々が笑うような家柄だ。

 だが魔術の才能は飛び抜けていた。

 けれど、野心のない一族だったらしいから、権力を握ることもなく、細々と続いてきた。

 それを、人々は笑うのだ。


 そんな家の娘との結婚を命じられた父は、ある筋より託された大鏡と共に嫁いできた母に良い顔をしなかったそうだ。

 ルーカッセン公爵家は名実ともに歴史と力のある一族、だからこそ「大鏡」を守るために必要な力があると判断されたのだろうが……。


 より大きな庇護と安全のために嫁いできた母上だったのに――母上は誰にも守られず亡くなった。


 母上が大切にしていた大鏡は僕が託された。

 そう、僕は託されたんだ。

 大鏡を……、母が信じて守り続けた精霊……ミラのことを……――。


 では、僕に母上の話を振ってきたこの男は、一体どこまで知っているのか。

 

「……なにが言いたい?」

「単刀直入に言います。貴方は母上の後を継ぎ、揺り籠の守手となりました。まぁ、お互い未熟故に結ばれた偶発的な事故みたいなもんで、ちょいっといじれば簡単に切れる繋がりですが」

「なんの話だ」

「おや。分かっているんじゃないですか? だって、貴方は鏡の君の声が伝わったからこそ、あの部屋に来た――お互いの間に、特殊な繋がりがあり、けれどそれが不完全である事を理解しているのでは」

「…………」

「無言は肯定と受け止めますね~。というわけで……このまま魔術の修行をする気がないなら、貴方では守手として力不足だ。お母上のようになる前に、大鏡を我らにお引き渡し願いたい」


 ――この男。


「ミラを、連れて行く気か」

「貴方にその気がないのなら」

「……なんだと」

「鏡の君は、子供の駄々と天秤にかけるわけにはいかない、重要な存在です。ですから、守手として不完全な子どもに揺り籠を与えるわけにはいかない。まともに守れるとも思いませんからね。だけど……貴方が魔術士として自身を鍛えるというのならば話は別だ。潜在能力もかなりのものであるし……間違いなく、守手の任を果たせる」


 にこりと男は笑う。


「鏡の君と共にいたいのならば、貴方は魔術士にならねばなりません。私の元で鍛えれば、数年後には使い物になるでしょう。ですが……」


 わざとらしく言葉を切り、もったい付ける男。

 早く言えと睨みつければ「実はですね」と、表面上は申し訳なさそうな顔を作り続けた。


「貴方のお父上とは行き違いがありましてね、あの方、鏡の君に良い感情をもっていないようなのです。精霊がお嫌いなんでしょうかね? まぁ、今時珍しいことではありませんが、仮にもルーカッセン家の当主が……とは、嘆かわしい……。というわけで、貴方が精霊のために魔術の勉強をするなどと言えば良いお顔はしないでしょう。いかがいたします?」


 言外に問うている。

 父上を選ぶのか、ミラを選ぶのかと。


「馬鹿なことを聞くな。僕を誰だと思っている」

「……ルヴァ?」


 ミラの顔を見ると、不安そうな顔をしていた。


「僕はルヴァイド・フォン・ルーカッセンだぞ。――今さら学ぶべきことに、魔術の習得が増えたくらい、どうってことはない。やってやろう」

「いやいや、ルヴァこれまでも結構忙しかったよね? 無理は……」

「ミラは、どこにもやらない。……僕のそばにいてくれると約束した。そうだろう?」

「う、うん」

「だから、僕もどこにも行かせない。僕がそばにいて……ミラを守る。――このルヴァイド・フォン・ルーカッセン、貴殿の申し出、ありがたくお受けしよう」


 ミラは泣きそうな顔になり僕に抱きついてくる。


「うちのルヴァが! こんなにも可愛いカッコイイ!」


 可愛いはいらないが、泣き笑いのミラが可愛いから黙っていよう。


 ――僕はこの日、宮廷魔術士筆頭、スィーヤイェン・フォン・ヴォーテの弟子になった。

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