14話 奴の幸福に我が子は含まれない
「おじ様、ダメです!」
「そこまでです、公爵」
キレてる公爵を止めたのは、ティアとスィーヤだった。
ティアは声だけで、執事さんに近づくのを止められている。
意外だったのはスィーヤだ。
この人……声で止めるだけではダメだと思ったのか、魔術使って公爵を床に張り付けていた。
「ぐぬ、宮廷魔術士! これはどういうつもりだ!」
「ぷっ」
床に張り付いてわめく公爵を見て、スィーヤは横を向いて吹き出した。
まぁ、手足を広げて床に張り付いたまま怒鳴っても、滑稽だよね……やったの、スィーヤだけどさ。
「うわ、なんか、カエルみたい……」
「ぶふっ!」
「邪悪! 貴様ぁぁぁぁ!」
私が引き気味に突っ込めば、スィーヤがさらに吹き出し、公爵は唾を飛ばしかねない勢いで怒鳴ってくる。
うわ、ばっちぃ。
ルヴァにかかったら嫌だから、避難しよう。
「こら、どこへ行く! 宮廷魔術士殿、あれを斬らなければ!」
「あ~、そういうのは、公爵の管轄ではないので、どうぞお気になさらずに」
「なに!?」
「それよりも、ご子息ですよ。彼はいいものをもっていらっしゃる。どうです? ――私に、ご子息を預けてくれませんか?」
張り付いた状態の公爵。
そばに近づいたスィーヤがしゃがみ、話しかける。
鏡のそばまで避難していた私は、その様子を見て驚いた。
(ルヴァがスィーヤに弟子入りってこと? そしたら、ティアとは同門……)
それって、どうなんだろう。
(いいこと? それとも……)
下手にヒロインと関わって、変なフラグが立ったら――もちろん、ルヴァが嫌がらせするとかじゃない。ティアに関しては、キモいくらい溺愛している元髭公爵がいるから心配なのだ。
今は、床にべちゃっと張り付けられているからいいけど、これから先、ルヴァの行動をちくいち悪い方向に解釈して文句付けてきたら……?
というか、コイツならやりかねない。
思わず、ルヴァを渡すまいと力を込めてしまった。
「ハッ! 魔女が産み落とした、邪悪の生け贄だぞ? それを――」
「いいえ公爵。貴方がご存じないだけで、奥方はご立派な魔術士でした。代々続く魔術士の家系で、ご本人も国王夫妻の信頼厚い、魔術士だったのです。ご存じですか? あの大鏡は、高貴な方から信頼の証として奥方が託されたものです」
「なに? 高貴な方というのは……」
私も初めて知った。
あの鏡って、ちゃんとした謂われがあったの?
骨董とかで偶然買ったのが、たまたまいわくつきの呪いの鏡とかだと思ってた。
どういうこと?
ゲームでは語られていない部分に戸惑っていると、スィーヤは笑顔でこっちを向いた。
それから、安心しろというように笑って片目をつむる。
「おい、宮廷魔術士!」
自分を無視されたと思ったのか、公爵が声を荒らげた。
「はいはい。ですから公爵……それは、貴方が気にしなくてもよいことですよ」
「なんだと? それでは答えに……!」
「いいえ」
スィーヤが笑みを消した。
「これこそが、明確な答えです。……先代の守手を、陛下たちは貴方を信頼し託した。だが、結果は……そちらに顕現された鏡の君が仰ったとおりですね。故に、高貴な方々は、貴方には、これから先も、なにも知らずに過ごしてもらおうと決定されました。喜ばしいでしょう? これまで通り、なにも変わらずにいられます」
スィーヤ、めっちゃ優しい口調だけど……内容は、ヤバくない?
現代風に言えば「お前、もう出世出来ねーから窓際な」みたいな感じだよね?
つまり……高貴な方々、これが王族を示しているなら、公爵は見限られたって意味じゃん。
(……あれ、それじゃあ、ルヴァは……)
本編前に、没落?
いやいやいや、待ってよ!
そこの「ぐぬぬぬ」とか言っている元髭はどうでもいいけど、ルヴァは頑張ったんだから!
家のために、お母さんのために、それなのに、自分を省みない親父のせいで巻き添えくらうなんて――。
「待って、ルヴァは……」
「ですから、ご子息は私に預けていただけますね? ……才能ある若者を育て導くのも、我々良識と良心のある大人の役目だと、陛下は仰せでありますから」
私の方に黙るようにと手を突き出しつつ、スィーヤは公爵に優しく語りかける。
「こちら今の旨を正式に記した書面になります」
「王家の、紋章……」
「はい」
パチンとスィーヤが指を鳴らすと、公爵が自由を取り戻す。
震える手が、スィーヤの差し出した封筒をとる。
「ご理解いただけて、なによりです。――では、ティア、帰るよ」
「は、はい、スィーヤ様……」
「待ってくれ、宮廷魔術士殿! これまで通りということは、ティアには会えるのだろう!? その子は、私にとっての希望であり幸福なのだ! どうか、その時間だけは奪わないでくれ!」
恥ずかしげもない懇願に、公爵以外の全員が沈黙した。




