10話 激情【ルヴァ】
それは、父上がティアと名乗る少女とその養父である宮廷魔術士殿を連れてきた、二度目の時だった。
(なんだ?)
客人――そして、主賓(父が言っていた。宮廷魔術士殿ではなく、ティア嬢こそが主賓だと)が女の子だからと、甘い物をたくさん用意した中庭でのお茶会。
ティア嬢と当たり障りない会話をしている最中に、それは起こった。
「――っ」
不意に、胸のあたりがざわついた。
嫌な予感とでも言えばいいのだろうか、こんなところにいる場合ではないと焦燥が沸いてくる。
「ルヴァイド様? ……あの、ご気分が悪いのですか?」
ティア嬢が、突然言葉を詰まらせた僕を見て瞬きを繰り返す。
その隣で、父上が不快そうに眉を寄せた。
「ルヴァイド。ティアが聞いているだろう。きちんと質問に答えなさい。――まったく、お前という奴は、レディを困らせるものではない。子供じみた嫌がらせはやめなさい」
父上は、僕が嫌がらせでティア嬢を無視していると思ったようだ。
違う。そんなつもりはない。だが、説明している余裕もない。
父上は、僕のことを女の子に嫌がらせをするような息子だと思っている。
いつもだったら、悲しかっただろう。
もしかしたら、父上に大事にされるティア嬢を羨んだかもしれない。
父上にこんな風に失望したようになにか言われたら動揺しただろう。悲しく思ったはずだ。
だけど今は、そんなこと……全部、どうでもよかった。
(なんだ、僕は、一体、どうしたんだ。どうしてこんな――)
見逃すな。
ここではない。
早く行かないと。
――だが、どこへ?
せき立てられる感覚のままに動きたいのに、僕は行くべき場所が分からない。それが余計に、焦りを生む。
「おい、聞いているのかルヴァイド!」
「~~っ、少し黙っていていただけますか! ――聞こえない!!」
「なっ」
父上が驚いたような声を上げたが、僕はその顔色を確認する暇なんてなかった。
そう、聞こえないのだ。
僕がどこへ行くべきか、それを示す……。
――助けて、ルヴァ!
行き先を示す、彼女の声が聞こえた瞬間、僕は椅子を蹴倒して立ち上がり、そのまま走り出した。
「ルヴァイド、待ちなさい、無作法だぞ! どこへ行く!」
「ミラが危ない! 助けに行かないと!」
「なに?」
後はもう、振り返ってなどいられず全力で走る。
だが……。
(おかしい)
階段を駆け上りながら、僕は違和感を覚えた。
いくら、今日は屋敷に父上がいると言っても、使用人全員が身の回りの世話をするわけではない。
各々の持ち場がある。
だから、コレは、本来ならばあり得ないことだ。
(人気が無い……)
――まるで人払いの指示があったかのように、僕の自室がある階に、使用人の姿が見あたらない。
ぞくり。
嫌な予感が背中を這う。
ああ、自分の体が小さいことを、こんなに疎ましく感じるなんて。
もっと背が高かったら足が長かったら、体が大きかったら――僕が、もっともっと、強くて頼れる大人の男だったら!
広い公爵家の屋敷だって、あっという間に駆け抜けて、彼女の所へたどり着けただろうに。
半開きの自室の扉を見て、僕は息を整える暇すら惜しみ、 室内へ飛び込んだ。
「ここでなにをしている!」
「……人避けの魔術をかけたんだけど……ご子息には効果がなかったか……」
ゆったりとしたローブに、二色が混じった不思議な髪色をした男が、ゆっくりとこちらを振り返る。
ふざけた事を吐く、男の足下には――足下?
(……あし、もとには……ミラが……)
「ミラ……泣いて……?」
なぜ、ミラが泣いている?
どうして鏡から出ている?
鏡に浮かぶ、あの魔方陣はなんだ?
――どうしてこの男は、僕の部屋に入り……泣いている彼女の腕を掴んでいる?
「お願いだから、ルヴァにはなにもしないで……!」
「鏡の君……」
ミラが訴えかけるのを、男は腕を掴んだまま見下ろし……。
「私がいなくなれっていうなら、そうするから……! 鏡にもルヴァにも、なにもしないで……鏡はルヴァのお母さんの、大事な形見なの、ルヴァは本当に良い子で、だから……!」
「いや、鏡の君、落ち着いて……」
これは――どういうことだ。
僕には、なにもしないでと、ミラが泣いている。
鏡は母上の形見だから、なにもしないでくれと、ミラが泣いている。
なぜだ。
原因はなんだ?
原因……。
「……――っ」
ミラの腕を掴んで離さない、この男。
ああ、そうか。
これか。
ムカムカする。吐き気がする。
体の中が、どろりとした……けれども焼け付くような感情で埋め尽くされる。
「お前が、原因か……!!」
「は、ご子息、ちょ、まっ……――!」
その感情は。
「ルヴァ……」
ミラの涙に濡れた顔を見た瞬間に、爆発した。
「お前がぁぁぁぁっ!」
「っ、まずい、魔力暴走だ……!」
足下が、揺れる。視界は真っ赤だ、体が熱い。
それでも僕は、目の前の男を排除してやりたくてたまらなかった。




