86.下級生達の日常 その②
第86話
「分かったな、三条家の小娘にしっかり取り入るんだぞ!そして信頼を得るんだ!三条家を潰すために‼」
「はい、お父様。必ず期待に応えてみせます。三条家を潰す事が私達の正義ですからね。」
明成学園初等部入学直前、そう心に強く誓っていた少女...高松美冬は今...
「美冬‼今日、私の家で遊ばない?陽菜と萌留と滓閔も呼ぶからさ‼」
「三条様のお家でですか?しかも陽菜様はともかく、地下家や一般家庭の子も招くのですか⁉」
「何よ今更~‼私達は友達なんだから!そんな堅苦しい事言っちゃダメだって~‼」
「あぁ...そうなんですね...」
めっちゃ困惑していた...
美冬が生まれた高松家は藤原北家閑院流武者小路支流の羽林家の家格を持つ貴族で子爵の爵位を持っている家だ。
そして、三条家の分家の武者小路家の分家であり、分かりやすくいえば三条家の分家の分家という立ち位置だ。
そんな高松家が主家にもあたる三条家を潰そうとしている理由はというと...
・・・・・
3年前、
「残念ですがご臨終です...」
「そんな‼惟子⁉真冬⁉しっかりしろ‼私と美冬を置いて逝かないでくれよ‼なぁ!頼む‼目を開けてくれ‼」
(嘘だ...ママ‼お姉ちゃん‼)
いつも通りのはずだった日常があっけなく崩れさった。
この日は美冬の父、高松是政は仕事の都合で家には不在であり、家には美冬の母、惟子と美冬より3つ歳上の姉である真冬、そして美冬の三人しかいなかった。
「真冬ったら‼そんなに騒いじゃダメでしょ!」
「だって~‼私、もうすぐ学校に通えるんだもん!だから楽しみなのー‼」
「全くもう...」
真冬は明成学園初等部入学を間近に控えており、その日をずっと楽しみにしていた。
「ねぇママ‼私、お姉ちゃんが通う学校見に行きたい!」
「仕方ないわね...見たらすぐ帰るからね。」
「やったー‼」
美冬は今も後悔している。自分がこんな事言わなければ良かったんだと...
「ううっ...」
「美冬‼気づいたのか⁉」
「パパ?」
気づけば美冬は病院のベットで横になっていた。ケガをしたのか、体のあちこちがジリジリと痛む。
(あの後、どうなったんだっけ?)
美冬はあの後の事を思い返してみた。
美冬のわがままもあって出かける事になった三人だが、この時点でいつもと違うところがあった。
高松家は運転手を二人雇っているのだが、そのうち一人は父に同行中で不在でもう一人は休暇をとっていたのだ。さらに運転手以外に高松家の使用人がいるにはいたが全員が無免許という有様だった。
そのため、この日の運転は母がする事になった。
「ここがお姉ちゃんが通う学校なんだね‼」
「うん!」
「さぁ、そろそろ帰るわよ。」
行きは何の問題もなく明成学園に到着した。そして、家に帰路につこうとした矢先に悲劇は起きた。
「あの車しつこいわね...」
「おらっ‼逃げんじゃねぇよ‼待ちやがれー‼」
美冬達の乗る車はとある車から必死で逃げていた。その車はさっきからずっと自分達の車を追い続けており、3人は本能で危険を察知したのだ。
...そして、不幸にもその予感は的中してしまう。
「ダメ‼追いつかれる!」
「ママ‼ママ‼」
「へっ!これでもくらいやがれ!」
ドーーン‼
「きゃあぁぁぁっ‼」
「けっ‼ざまぁみやがれ!」
次の瞬間、大きな音とともに車全体に激しい揺れが生じ、美冬はそのまま意識を失った。
その後、病院で意識を取り戻したのだ。そして、父から全てを聞いた。自分達の乗った車が別の車に追突された事を。
「美冬、ゆっくり休んでなさい。」
「ママとお姉ちゃんは?」
「......あぁ、二人なら別の部屋で休んでるよ。」
「ほんと?良かった...」
美冬はこの時、気づいていなかった。父が自分にショックを与えないように嘘をついていた事に...
「ねぇ...何で‼何でママとお姉ちゃんを殺したヤツを裁けないの⁉パパ⁉」
「美冬!私だって悔しくて仕方ないんだ‼くっそ...三条家め!」
今回の件は煽り運転且つ、最後は男の意志で自分達の車に追突するという明らかに事件性を問うべきものだった。
だが、そうはいかなかった。
追突した車を運転していた男が三条公爵家の親戚だった、それだけの理由で三条家から警察に圧力がかかり、警察はこの件を不運な事故として片付けた。そして高松家にもこの件を蒸し返すなと強く釘をさしてきたのだ。
そのため、男がなぜあんな事をしたのか、真相は闇に包まれてしまったのだ。
それ以来、父はまるで人が変わったかのように美冬に厳しい教育を施し、ちょっとした甘えも許さなくなった。父の変化に最初は戸惑っていた美冬もまた、三条家への復讐心からなのか、父の期待に応えようと努力を重ねていった。
・・・・・
そして、今...
美冬は三条家のご令嬢、三条莱們と親しくなる事に成功した。要約すると、まずは莱們と仲が良く人懐っこい岩倉陽菜様と夏休み直前辺りから交流を始める事で、自然と莱們に近づく作戦に出たのだ。
陽菜様が友達が増えたと心の底から大喜びしていた事に多少の罪悪感は覚えていたが...
そんなわけで、いざ莱們と接してみるとたくさんの驚く出来事が待ち受けていた。
まず、美冬は莱們の事を陽菜様のような自分より上の人間には媚びを売り、自分のような下の人間は蔑み、見下し、平気で使い捨てるような人物と見ていたが、その発想は即座に否定される事になった。莱們は陽菜様や美冬にはもちろん、清水萌留のような地下家の人間、ましてや、有明滓閔とかいう貴族ですらない庶民にも気安い立場で接してくれたのだ。
その事を莱們に問いただしてみると、
『私がもし玲奈お姉様と出会えなければ貴女の言った通りの人間になってたかもしれないわ。』
などと言っていた。事故がきっかけで美冬が変わったのと同じように莱們にも何か人生の転機があったのだろうか?
そして、もう1つ感じた事がある。美冬自身は絶対に認めないだろうが、莱們達との日々をどこか楽しんでいる自分がいる気がするのだ。
やんちゃで甘えん坊で公爵令嬢ぽくないけどそこがどことなく可愛い岩倉陽菜様、ムードメーカーで人見知りしない清水萌留、気弱だけど優しい心を持つ有明滓閔、そしてこれら個性の強い面々のまとめ役である三条莱們。そんな変わったグループに美冬は入れてもらったのだ。
最初こそ美冬は自分よりも格下の萌留や滓閔には厳しめに冷たく接していたつもりだが、萌留や滓閔はそれでも私と距離を深めようといろいろな方法を試してきた。
そんな二人が憎めなくなったのか美冬自身もいつの間にか二人の事を本当の友達として接するようになっていった。二人も自分達への言葉はキツいが美冬が自分達と仲良くなりたいという想いを察したようだった。
(こんな筈じゃなかったのにな...)
夏休み明けから本格的に5人で遊ぶようになって美冬は皆を騙している事への罪悪感も生まれ始めていた。もし、自分が復讐のために近づいたと知れば、陽菜様や莱們はどんな反応をするだろうか?いつかはバレると分かっていてもこんな日々が長く続けばいいのにと思ってしまうのだ。
「......それで美冬は来るの?来ないの?」
「えっ⁉あっ、きっ...来ます‼」
そしてこの日も5人で遊ぶ事になった。
「美冬ちゃんも来るんだね~‼」
「やったー‼美冬ちゃんと遊べる‼」
「高松さん‼忘れちゃダメですよ!」
「忘れません‼...てか、何で滓閔さんは『高松さん』呼びなのよ‼私が意地悪してるみたいじゃないですか!」
「すみません...じゃあ、美冬さん?」
「それでいいです‼」
「美冬ちゃん...素直じゃないなぁ...」
「萌留さん⁉聞こえてますよ!」
『『あははははっ‼』』
皆で笑い合いながら放課後の話を続ける。
「じゃあ、私の家に集合ね‼おやつも用意しとくから!」
『『はーい!』』
(忘れちゃいけません...三条家は母様と姉様の仇‼...分かってるのに‼...でも‼心が痛んでしまう...)
美冬の心のモヤモヤが晴れる日...それはまだまだ先の話になりそうだ。
まさかの新キャラ視点でした!
 




