78.莱們の気持ち②
莱們の過去回想は今回で終わりです。
第78話
「うぅっ...何で私がこんな目にあわなきゃならないのよ...」
あの後、使用人からの知らせを受けてやって来た父は事情を知ると莱們を厳しく叱りつけた。それで拗ねてしまった莱們はその場を飛び出し、庭の隅っこにある高い木に登って一人、愚痴をこぼしていた。
今考えれば公爵家同士の交流会に水を差されたのも同然だろう。父が怒る筈だ。それは理解できる...でも‼
(あの女は私の何だっていうの?)
今まで莱們は公爵令嬢としての立場もあり、同年代や多少年上の子供たちからもてはやされる事はあっても、今日みたいに罵られ軽蔑された経験はなかった。だいたい、公爵家同士の交流会で相手の子供に喧嘩を売るような言動はご法度だという事は向こうも理解している筈なのに...
「さて...みんなが心配してるし、戻らないと...あっ‼」
そこまで呟いて莱們は戻るにあたって、重大な問題に気づいた。
「こんな高い木、どうやって降りればいいの⁉」
自分は木に登る事はできても、降りるのは下手くそだという事だ。いつも木から降りる際は使用人の力を借りるのだが、当然今は周りに誰もいない。
「大声をだせば‼...ってこれ以上、私の恥を増やしたくないし...」
大声を出して使用人を呼ぶ事も考えたが、それだと三条家の屋敷にいる岩倉家の者達にも気づかれてしまうかもしれない。そして木から降りられないという自分の失態を見られでもすれば恥の上塗りだ。
かといって、こんな高い木から飛び降りる勇気もない。5歳にも満たない女の子がこんな高い場所から着地に失敗したら大怪我じゃ済まないかもしれないからだ。
莱們がどうすればいいかと焦っていると、
「あらあら、飛び出した挙げ句、木から降りられないようで滑稽な様ね~‼」
「うっ...うるさい!」
ニヤニヤと笑って、莱們への嫌味を言いながら先程の令嬢が現れた。というか何でこの令嬢がここにいるのだろうか?
「それよりアンタ‼見てないで助けなさいよ!」
「はいはい、言われなくても助けてあげますわよ。」
「えっ⁉」
莱們はまさか自分の懇願がこうもあっさりと聞き入れられた事に唖然としていた。
絶対に、
『は?何考えてるの?私を侮辱した貴女を助ける義理なんてありませんわ‼』
なんて答えが返ってくるとばかり思っていたからだ。
だが、莱們が言葉を失っている間にその令嬢は木を糸も簡単に登り始め、数秒も経たないうちに莱們が腰掛けている枝に到達したのだ。
「さっ‼早く私に掴まりなさい!」
「えぇ...」
ここで断って余計なプライドを見せた所で状況は変わらないと踏んだ莱們が令嬢に掴まると彼女はまるで忍者のような動きをしながら軽々と木から降りていき、あっという間に地面に足を着けた。
地上に着いたことで莱們が令嬢から体を離すと彼女は莱們を改めて貶す事もなく、その場を立ち去ろうとする。
「まっ...待ちなさいよ‼」
「あら、まだ何か用ですの?」
「何で私を助けたのよ!」
慌てて令嬢を引き止めた莱們はどうしても聞きたかった事を問いただす。あそこで私を助けるメリットなんてないはずなのに...
「今日は三条家と岩倉家の交流会でしょ?私は貴女と仲良くなるために呼ばれたのよ。それに水を差すような事をして父様や母様をこれ以上困らせたくなかったのよ。」
「えっ⁉」
この令嬢が自分と仲良くなるために来ただって?莱們からしてみればとてもそうには見えない。なぜなら、仲良くなりたいなら莱們にわざわざ喧嘩を売る必要などないはずなのに...
「不思議に思っているようね。私は身内には甘いのよ。」
「私達のどこが身内なのよ‼」
「あら、三条家の人間から何も聞いてないの?仕方ないわね、教えてあげるわ。」
そう言うと彼女は語り始めた。三条家と岩倉家は家格ではなく、成り上がりで公爵という地位を手に入れた共通点がある事。他の公爵家から疎まれる中で唯一、お互いの家だけが味方になってくれた事。それ以来、三条家と岩倉家の結び付きは強まった事など...全ての話が莱們には初耳だった。
まぁ、莱們自身がまだ幼かったから両親からまだこの事を言うのは早いと思われていたのだろうか?
(通りで今まで他の公爵家の人間と会った事がない訳だわ。)
表向きこそ同年代の公爵家の子供がいないという理由で他の公爵家の人間と顔を合わせる機会はなかったが、今思えば実際にはもっと大人の事情が絡んでいるのかもしれない。
「だから...三条家と岩倉家の人間は家族も同然!みーんな仲良くなるべきなの‼それなのに実の弟をいじめるなんていう内輪揉めなんかしてる場合じゃないの‼私の夢は公爵家の頂点に立つ事なのに...このままじゃ他の公爵家と肩を並べるなんてできっこないわ!」
「......」
莱們は黙って彼女の話を聞いていた。彼女は三条家の事は心から頼りにしている用でその言葉に嘘は感じさせない。彼女は私が嫌いだったのではなく、私の弟をいじめるという行動が気に入らなかっただけなのだろう。
(何なんだろう?この女をちょっとカッコいいと思ってしまう自分は...)
「そういう事だから‼私はもう戻るわね!」
莱們が初めて芽生えた感情に困惑していると彼女は莱們に背を向けてその場を立ち去ろうとしていた。
「ちょっと待って!貴女の名前は?」
莱們はその場を立ち去ろうとする彼女に今更ながら名前を聞いた。それを聞いた彼女は一瞬、『まだ名前言ってなかったっけ~?』みたいな表情をした後、自分の名前を名乗った。
「私は岩倉玲奈、あなたをはじめとする貴族達の将来の女王様よ!」
これが岩倉玲奈と三条莱們、姉妹も同然の二人の出会いだった。
ゲームの玲奈様は身内には甘かったようです...




