73.上級生の特権
影の薄い奈乃波姉さんのお話。
第73話
「奈乃波さん、いつまで私に抱き着いているんですか?」
「いいじゃん~‼清芽や奏は玲奈ちゃんと同じ学年だから一緒に過ごせる時間も多いけど~、私はそうもいかないし~‼要するに今は私だけの特権‼...みたいな感じよ‼」
この日、私は三聖室に入った瞬間、奈乃波さんに思いっきり抱き着かれて奥の方の席へ連れていかれた。奈乃波さんが言うには最近、全然私と関わる機会がないからいろいろと我慢できなかったらしい。
確かに私も同学年の友達と比べて奈乃波さんとの時間がとれてないという自覚はある。そもそも2年生と5年生では授業が終わる時間が違うし、私も奈乃波さんもそう毎日三聖室に来るわけではないのだから。
「玲奈ちゃん、私と仲良くなったきっかけ覚えてる?」
「はい、もちろん覚えていますよ。あれは去年の運動会の前日のことでしたね。思い返してみると恥ずかしいのですが...」
「あらあら、玲奈ちゃん可愛いわ。」
あの日の事を思い返して照れる私の頭を奈乃波さんは微笑みながらそっと撫でてくれた。
・・・・・
(玲奈ちゃん‼可愛い~‼きっと昔の私もこんなんだったのか...)
奈乃波は自分達の出会いを思い返して照れる玲奈を見て昔のことを思い出す。
烏丸伯爵家の次女として生まれ、伯爵令嬢として相応しくなるよう幼い頃から教育を受けてきたが自由奔放な彼女の性格上、身に付かない事やできない事も多かった。そんな中でいつでも奈乃波を支えてくれたのは年の離れた姉だった。姉は時には優しく、時には厳しくと奈乃波が立派な令嬢になれるよう導いてくれた。茶道の先生よりも分かりやすく茶道を教えてくれた時なんかは本当に感謝したぐらいだ。
どんな時でも味方でいてくれる優しい姉とこれからも楽しく過ごせる日々が続くのだと奈乃波は信じて疑わなかった。
あの日までは...
「奈乃波さんのお姉様が早く見つかるといいですね。」
「ありがとう、玲奈ちゃん。」
最愛の姉が謎の失踪を遂げてからもう6年にもなる。烏丸家は家の力を使って必死になって姉を捜すが未だに姉の行方は分からないままだ。姉はいつの間にか明成学園の生徒名簿からも名前が消えていた。まるで初めから存在しなかったかのように...
(姉を見つけるためとはいえ、私がやっている事を知ったら玲奈ちゃんは私を軽蔑するだろうな...)
ちなみに姉の手がかりが全く掴めなかったわけではない。実は姉の失踪と同時期に学園にもう1つの異変が起こっていたのだ。
これはもしかすると姉の失踪と何らかの関連性があるのでは?と疑った奈乃波はある人物のもとを訪ねた。それは明成学園初等部校長だった副木芳文であった。
なぜ、奈乃波が彼をもとを訪ねたのかというと副木は元々は明成学園高等部の校長だったのだが、姉の失踪から間もなく初等部の校長に左遷されたからだ。職員入れ替えにしては時期が合わないし、理由もはっきりと説明されてない、これは偶然ではないと奈乃波は悟った。
副木は最初の頃こそ姉の件については知らぬ、存ぜぬの返答ばかりだったが奈乃波が協力者である三聖徳会会長の玉里鳳凰を引き連れてまで話を聞きたいと懇願した事もあってか、去年の冬休み辺りには、
『自分の家族の身の安全を保障してくれるなら後日全てを話そう。』
と言ってくれた。それを聞いた奈乃波はようやく姉の手がかりが掴めるんだとばかりに喜んでいたし、同時に姉に何があったのだろうと心配でとっても緊張していた。
だが、残念ながら奈乃波が話を聞ける事はなかった。
『副木芳文氏、初等部校長辞任』
副木芳文は何者かによって口封じとして抹殺されてしまったようだった...
・・・・・
(あぁ...姉さん...会いたいよ...)
あれから奈乃波はずっと姉の帰りを待ち続けている。
「奈乃波さん、元気を出してください‼私がいますよ!」
「玲奈ちゃん‼何て優しい子なの~‼」
姉が帰ってきた後は烏丸家の令嬢として姉に劣らぬよう振る舞い、姉に褒められたい。勉強や作法なんかでどう見ても姉を越える事など到底無理だろう。
だけど、1つだけ越えられる事があるかもしれない。
それは...
(姉さん以上に年下の子...いや、玲奈ちゃんにとって誇れるような、頼れるようなお姉さんになってみせるわ‼)
そう決意した奈乃波だったがこの後、三聖室にやって来た清芽と奏に玲奈から強引に引き離され、駄々をこねるその様子からは姉としての威厳はなかった。




