32.貴女と出会えた事で 2
今回はあの子視点です!
第32話
大坪蛇茨は貴族という存在が大嫌いだった。
なぜなら、貴族達は事あるごとに上品ぶって自分達平民を見下すからだ。礼儀やマナーや作法を知ってるから?だから何なのだ?
いつまでも昔の慣習にしがみついてるだけの連中に過ぎない。貴族達は自分達こそが優秀な人間だと勘違いしているではないか。
だが、そんな事は序の口だ。一番の理由は自分の幼馴染みで親友の兼藤姫由良が貴族のせいであんな目に...
姫由良は強がって自分は大丈夫だと言っていたが到底許される事じゃない。
蛇茨は何もできない自分が悔しかった。この国には貴族など必要ない。いつか貴族達を葬ってみせる。そして何より姫由良をもう二度あんな目には遭わせない、自分が守らなければ。そんな複雑な気持ちで明成学園の入学式に参加した。
蛇茨は入学して数年間は地獄になると予想していた。明成学園初等部は平民も入学するが割合はとても低い、少数派の平民達は貴族に対抗する力など持つ筈もないのだ。1人の貴族に10人の平民が歯向かったとしても負けるのは明白だ。
その間はいじめられても挫けてはいけない。中等部、高等部で平民が増えるのを待ってから反貴族の組織でも作りたい。それまでの辛抱だ...そのためにも初等部の平民達を反貴族でまとめあげなければならない。そしてその組織を主導するリーダーも決めなければ...それほどまでに蛇茨は貴族達を憎んでいた。
そんな感じで大坪蛇茨は貴族達を迎え撃つつもりでこの学園に入学した。
そう、あの時までは...
・・・・・
入学式を終え、姫由良と一緒に下校しようとした時事件は起きた。
「きゃっ‼」
「姫由良⁉」
隣にいた姫由良が突然、悲鳴をあげてよろめいた。驚いた蛇茨が姫由良の後ろをみるとそこにはいかにも自分は貴族令嬢ですみたいな顔をした女とその取り巻きらしい子達が立っていた。
「ちょっと‼何様のつもり!」
「下賎な平民が...」
「えっと...まっ...全く平民の癖に美留世様にぶつかるとか...あなた方はどういう神経なのでしょうか?」
「よく言ったわ‼優里。平民って生意気ね~。」
(はっ⁉)
言いがかりもいいところだ。ぶつかってきたのはそっちだというのに。だが彼女達には何を言っても通じない。一方的にこちらが悪者扱いされてしまう。
「ふん!生意気ね‼もう思いっきり痛めつけてやるわ!」
ついには相手は実力行使に出ようとしている。こうなったら姫由良だけでも守らなければ!
蛇茨が覚悟を決めたその時だ。
「こんな由緒ある学園の中庭で何なさってるのですか?」
とても綺麗な声が聞こえた。
蛇茨が声をした方を向くとそこには3人の令嬢の姿があった。特に先程の声の主である真ん中に立っている令嬢からは他の令嬢とは比べものにならない何かを感じた。
(新手か...)
恐らく彼女達は自分達に手をあげようとしている奥田何とかって奴の友達で貴族に反抗している自分達に制裁を下すつもりだろう。
ところが、蛇茨の予想は見事に裏切られた。彼女達は自分達へのいじめを止めさせようとしたのだ。しかも真ん中にいた令嬢は自分達に手をあげようとした令嬢への殺気を隠しきれていない、自分達を守ろうとしているではないか。
蛇茨は今まで全ての貴族が平民を見下しているものだと信じて疑わなかった。だから目の前の出来事が信じられなかった。
(何で...)
唖然としているうちに奥田何とかとその取り巻きは蜘蛛の子を散らすかのように逃げていってしまった。
蛇茨はこの後、彼女達と会話をした筈だが頭が混乱していて何を言ったかも分からないまま姫由良を置いて下校してしまった。 いや、ただひとつ覚えている事がある。
それは...
(真ん中の子...岩倉玲奈だっけ?あの笑顔は反則...何なんだろう?この気持ちは...)
謎の気持ちが芽生えた事だ。
・・・・・
「姫由良、おはよう!」
「おはよう‼蛇茨ちゃん。」
玲奈と知りあって数日が過ぎた。あの一件以来、良いことが2つあった。
まず1つ目は貴族の子達が平民の子達を無闇にいじめなくなった事だ。どうやら、玲奈達は相当上位の貴族だったらしく、その彼女達が平民いじめを許さないという噂が流れた結果、予想された貴族と平民の軋轢は起こらなかった。
そして2つ目は...
「玲奈、ごきげんよう。」
「ごきげんよう、蛇茨ちゃん。」
玲奈達と仲良くなれた事だ。話してみて分かったが玲奈達は貴族とはいえ、中身は自分達と変わらない普通の女の子だ。落ち着いた優等生タイプの菊亭清芽。性格が自分と似てる大炊御門奏。そして新たに加わった2人、自称苦労人の富小路真里愛に清芽と自分が合体したようなイメージの中園沙友里。みんな付き合いやすくてすぐに打ち解けあった。貴族だの平民だの今の私達には関係ない。
(まるで、夢みたいな...)
憎んでいた筈の貴族と仲良くなれるだなんて...それを嬉しく思う自分がいた。果たして昔の自分が聞いたらどう思っただろうか。
運動会で玲奈の水筒に異物が混入された時なんかは本当に驚いた。そして、同時に怒りがこみ上げてきた。かつての姫由良の時と似た事をした犯人を絶対に許せないとまで思えてきた。他の皆も全く同じ気持ちだろう。
(あぁ...やっぱり...私は玲奈が大好きなんだ...)
蛇茨はこうして自分の気持ちに気づいたのだった。
夏休みに入り、みんなで蛇茨の家でお泊まり会を開く事になった。
何回もお泊まりした経験がある姫由良だけならまだしも、あれだけ嫌っていたはずの貴族達を家に招くと言った時の両親の驚いた顔は今でも忘れられない。実際、最初は両親は玲奈達を警戒していた。
だが、両親も玲奈達と話すにつれすぐ理解してくれた。自分達の娘が貴族と仲良くなれた理由を...
そして夜になり、みんなが寝静まった隙に蛇茨はみんなを起こさないように慎重に玲奈の布団に潜り込んだ。玲奈の方を見てみると気持ち良さそうに寝ている。寝顔が本当に可愛らしい。
(あぁ...玲奈...)
もし玲奈がいなければ自分はどうなっていただろう?一生貴族を憎み続け、最終的には貴族を無差別に殺しまくるテロリストにまで成り下がっていたかもしれない。
そして、哀れな最期をむかえる事になり両親を悲しませ、ますますこの国の貴族と平民の仲を引き裂いていただろう。そんな自分を救ってくれた玲奈には本当に感謝しきれない。
「玲奈、私を救ってくれてありがとう...これからはずっと貴女に尽くすから。何かあったら私を頼って欲しいな...」
蛇茨は自分の隣で幸せそうに眠っている玲奈にあの時は言えなかった自分の気持ちを告白したのだった。




