311.具美と陽菜の打ち解け合い ②
前回に引き続き具美と陽菜視点です。
第311話
気まずそうな玲奈の口から出てきた言い訳の言葉は【見栄を張りたかった】だの【陽菜の姉として胸を張れる自信がなかった】だのと至って単純なものだった。人によってはまぁ仕方ないかとなるかもしれない...
しかし、具美にとっては許せない話だった。だって、【玲奈の妹分】という唯一無二のポジションを突然目の前に現れた少女に乗っ取られたも同然だったからだ。
『玲奈お姉様、この私を...私を騙したのですか!?この私を妹のような存在と言っておきながら...』
『ちっ...違います!私は別に具美様を騙そうとしたつもりはないんです!本当に申し訳ございませんでした!』
玲奈は必死に謝っているが今の具美からすればそれすらもその場しのぎの取り繕いにしか見えなかった。そのぐらいショックを受けていたのだから...
『私を差し置いてこんな子に...!もう玲奈お姉様なんか...!玲奈お姉様なんか大嫌いですっ!』
『ちょっ...具美様!?』
悲しみのあまりに気づけば具美は屋敷を飛び出していってしまった。
...そして、今に至るというわけだ。
(これからどんな顔して玲奈お姉様と顔を合わせればいいの?)
具美がそう思っていた時、こちらに向かっているであろう誰かの足音が近づいてきた。
「まさか、玲奈お姉様が...いや、玲奈お姉様にしては足音が乱雑なような...」
そして、足音の主が具美の目の前に姿を現した。
「あっ、岩倉具美様ですよね?...私です。」
「えっ、あなたは岩倉陽菜様...」
それは今の具美が玲奈以上に顔を合わせたくなかった陽菜だった。
「なっ...何の用なのです?私はあなたの顔など見たくはありませんわ。立ち去っていただけませんか?」
「あのっ!ごめんなさい...あの後、玲奈お姉ちゃんから詳しい事情は聞かせてもらいました。具美様が怒るのも無理はありません...よね?」
「.........」
何も知らなかった陽菜からすれば少しも非もない完全な八つ当たりである。具美も内心ではそれを分かっていて陽菜に怒りをぶつけるのは筋違いとも理解していたがそれでもキツい言葉が口から出てしまった。
一方で陽菜は怒る事もなく、具美と話を続けようとしている。
「ふんっ!それがどうかしましたの?まさか、玲奈お姉様にまんまと騙されて妹扱いされてその気になっていた私をバカにしにきたのですか!?」
「いいえ、違います!私が言いたいのはそういう事ではありません。私は本当に具美様に同情はしているんですよ...ただ、それを承知の上で一つだけ言わせてください!」
「なっ...なんですの...」
途端にさっきまでは自らを憐れむような表情をしていた陽菜が急に真顔になる。具美の陽菜の表情の変化に何かを感じたのか、思わず身構えてしまった。
「単刀直入に言わせていただきますね?何も知らない癖に自分だけがかわいそうだとか...被害者だとか...不幸だみたいな素振り...やめていただけませんか?」
「はいっ?」
陽菜が言った事が具美には理解できなかった。自分とは違って玲奈の妹として寵愛を受けてぬくぬくと育っていた輩に何が分かるのかと言い返してやりたかった...しかし、陽菜の表情は至って真剣でふざけて言っているわけではないのは具美にも分かった。
だからなのだろうか?言い返す言葉が口から出てくる事はなかった。陽菜はそれも想定していたのか、特に気にした様子を見せずに話を続ける。
「あなたが玲奈お姉ちゃんの事を実の姉のように慕っているのは知っています。ですが仮にあなたが何かをしでかしても周囲からは『所詮は分家』や『やはり本家のご令嬢には及ばない』くらいの認識で済みますよね?あなたが玲奈お姉ちゃんに追い付きたいのは自己満足の部分もありますし...ですが、私はそうもいきません...私が何かをしでかす度に『いったい、岩倉家はどんな教育をしているのか?』みたいに家はもちろん、酷い時は玲奈お姉ちゃんにまで影響が出てしまう恐れがあるんです!その事に私は今までプレッシャーを感じていました...」
具美と陽菜は一見すると似た者同士に見えるが実際には分家のご令嬢と本家のご令嬢の妹とではこういう部分で差が生まれるのだ。
「重圧やプレッシャーを感じつつも私は『岩倉公爵家の次女』として相応しい存在になるために...いいえ、『岩倉玲奈の妹』に相応しい存在になるために...さまざまな分野で努力を重ねていったんです。時には知らない大人や使用人から陰口を叩かれたり、苦難続きの日常でしたが玲奈お姉ちゃんのためだったら乗り越えてみせると決意しました!だからこそ、今の私がいるんです!」
「.........」
「そして、今日...分家の皆さんにも玲奈お姉ちゃんの妹として認めてもらうのはもちろんですが、それ以上に分家のご令嬢...具美様と仲良くなりたくてここに来たんです!それなのに会って早々にあんな事を言われるのは私だって悲しいんですよ...」
いつの間にか、語りかける陽菜の瞳には涙が溢れていた。おまけに息も荒くなっている...分家の令嬢でしかない自分に本家の令嬢がここまで感情移入ができるというのか?具美は俯きながらもその心には微かな変化が芽生えていた。
そして、ほんのしばらくの沈黙が続いた後、先に口を開いたのは具美の方だった。
「その...ごめんなさいですわ...私、未熟なあまりに自分の事ばかりで玲奈お姉様の妹という立場のあなたが私以上に苦労していた事なんて全然考えていませんでしたわ...」
「いえいえ!まぁ、今回の件については具美様に嘘をついていた玲奈お姉ちゃんにも非があるわけですから...これから私と仲良くしていただけるのなら結構ですよ!」
「陽菜様...」
陽菜の心の広さは姉である玲奈譲りなのだろうか?自分とはまるで大違いだと具美は感じたのだった。




