300.無意識なSOS
第300話
皆に気づかれないようにこっそりとスクリーンを出た私はさっそく萌留ちゃんの後を追ってクラウンシネマの入口付近にあるお手洗いへと向かおうとしたのだが...
「萌留ちゃん...」
「あれっ?玲奈先輩...どうしてここに...」
どうやら、その必要はなかったようだ。
全くの無意識なのか、私を意識してなのか萌留ちゃんはスクリーンの出てすぐのところにポツンと一人で佇んでいたのだから...
「萌ちゃんが私に向かって手招きをしていたので後を追ってこっそりスクリーンから抜け出して来たのですが...いったい、どうしたのですか?」
「あっ...それはえっとね...」
「焦らなくてもいいんですよ。萌ちゃんのペースでゆっくり説明して頂ければ大丈夫ですから...」
「うん...」
最初はなぜか説明に少し戸惑っていた様子の萌留ちゃんだが私の言葉に安心したのかゆっくりと話し始めた。
「その...あの手招きは本当に無意識にというか...私だってまさか、玲奈先輩に見られていたとは思ってなくて...」
「そうでしょうね。私がそれを目撃したのだって本当に偶然ですから。」
そう...本当に偶然だ。実際に私が萌留ちゃんの手招きに気づいたのはたまたま萌留ちゃんが座席を離れて出口方面に向かう姿に注目していたからに過ぎない。他の皆のように映画に全集中していたら気づいていなかっただろう。
「ところで、私に無意識に手招きをしてしまったという事は心の中では何か私に話しておきたい事があったのではありませんか?」
「うん...私、心のどこかで玲奈先輩に助けを求めていたのかもしれないね...」
「えっ?私に助けを求めていたって...何かあったんですか!?」
清水萌留という少女はミラピュア本編には登場しておらず、私にとってはハッキリ言って重要人物とは言い難いが陽菜の友達としての今までの付き合いもあってか、それなりに情があるのも確かだ。
何か困っている事があるのなら、できれば力になってあげたいと私は思っているんだけど...
「あの...玲奈先輩はゴールデンウィーク前に私が『玲奈お姉ちゃん』呼びを辞めた事について疑問に思ってたよね?」
「えぇ、そうですね...そりゃ、気になりますよ。急に私の事を『玲奈お姉ちゃん』と呼んでくれなくなってしまうなんて...しかも、その理由が陽菜にあるなんて言われたら...」
親しい後輩から急に呼び方を変えられるというのは私も困惑してしまう。何かしっくり来ないというか...
「その...今から話す事だけど、私から聞いたって事は陽菜ちゃんには内緒でお願い!私が怒られちゃうかもしれないから!」
「えぇ、もちろんです。約束は守りますよ。」
こう見えて私は口が固いし、秘密は絶対に守るタイプの人間だ。理由がよく分からないにしろ、萌留ちゃんが自分の名前を出さないでほしいと願っているのなら私も萌留ちゃんの名前を出すつもりはない。
「...あのね、4月の終わり頃かな?陽菜ちゃんから玲奈先輩の事を『玲奈お姉ちゃん』って呼ぶのは辞めてほしいって言われて...それで『嫌だ!』って言ったらビンタされちゃって、そのまま喧嘩になっちゃって...」
「ビンタ!?喧嘩!?」
これは予想外だ。まさか、陽菜がそこまでするとは...いや、前々から萌留ちゃんの『玲奈お姉ちゃん』呼びは陽菜が嫉妬するんじゃ?なんてくらいには思っていたんだよ?でも実力行使に出るほどとは思わないじゃん!
「幸いにも莱們ちゃんが懸命に止めてくれたおかげでその日はお互いに仲直りできたんだけど...それもあって私は陽菜ちゃんに気を遣って『玲奈お姉ちゃん』呼びを辞める事にしたの...」
「陽菜が...うちの妹が本当に申し訳ございませんでした!」
「いやいや!玲奈先輩が謝らないでよ。この件は玲奈先輩も陽菜ちゃんも悪くないもん...友達が自分の姉を勝手に『お姉ちゃん』呼びなんてしてたら快く思わないのは当然。私が陽菜ちゃんと同じ立場だったら嫉妬しちゃう...私、何でそんな簡単な事に今まで気づけなかったんだろうねって...」
私の知らないところでこんな事になっていたとはね...萌留ちゃんが優しかったから良かったけど、これって下手すれば陽菜と萌留ちゃんの友情が壊れかねないじゃん...
「私、玲奈先輩の事は本当のお姉ちゃんのように尊敬してたんだよ!生まれた時からずっとお姉ちゃんが欲しかった私にとってお姉ちゃんがいる陽菜ちゃんは本当に羨ましかったなぁ...」
「そういえば、萌ちゃんに姉妹はいませんでしたね...」
「うん...」
「.........」
陽菜の本当の姉ではない私はその時の萌留ちゃんの羨ましそうな様子に僅かながらの罪悪感を覚えたのだった。




