290.下級生達の日常 その④
第290話
新学期の朝、陽菜は珍しく寝坊をしてしまった玲奈が送迎車にやって来るのを今か今かと待っていた。今や姉妹揃って送迎車に乗せられて学園に登校するのは当たり前の日常になっていたのだ。
しかし、この日はいつまで経っても玲奈が送迎車まで来る様子はない...それに何だか変な胸騒ぎがするような気がする...
(あれ?まさか、玲奈お姉ちゃんに何かあったんじゃ...)
そして、その悪い予感は見事に的中してしまった。何と玲奈が急な体調不良で今日は学園を欠席する事になってしまったと姫香から聞かされたのだ。
「今日は私も学園を休んで玲奈お姉ちゃんを看病するよ!だって玲奈お姉ちゃんが心配だもん!」
「その...陽菜の気持ちは本当にありがたいのですが今日は私の事は気にしないで登校してください...あなたまで休んでしまったら皆を心配させてしまいますし、よからぬ噂を流されたりする可能性もありますから...」
「玲奈お姉ちゃん...」
確かに岩倉公爵家の姉妹が揃って新学期初日に欠席となると変な噂に発展しそうだし、グループの皆からも心配されるだろう...
結局、玲奈だけではなく両親や姫香や醒喩からも説得された事もあって、最終的に陽菜は折れて今日は一人で登校する事になったのだった。
・・・・・
「まさか、玲奈お姉様が急に体調不良だなんて...」
「うん、私も本当にびっくりだよ...今まで玲奈お姉ちゃんが体調不良なんて滅多になかったもん...」
陽菜は学園に登校して教室に着くなり、今朝の玲奈の体調不良について莱們をはじめとする同級生のグループメンバーに話していた。
「...ねぇ、放課後に玲奈お姉様のお見舞いに行ってもいい?」
「あっ!そうだよね!私も行きたい!玲奈お姉ちゃんが心配だもん!」
「私もです~。玲奈様に私の髪の毛を煎じて飲ませてればきっと嘘のように病が完治するはずですから~!」
「もちろん、私もです!玲奈様にはどれだけ助けられた事か...」
グループメンバー達は玲奈が体調不良と知ると全員が酷く心配した様子でお見舞いまで希望していた。約一名、変なのがいるが滓閔がちょっと変わっているのは今に始まった事ではないのですっかり慣れている他のメンバー達にはスルーされている。
「あいにく、玲奈お姉ちゃんの体調不良が完全に治るまでは面会謝絶だってうちの両親から言われてるの...だから、ごめん...」
「そっか、でも仕方ないね...玲奈お姉様に無理をさせるわけにもいかないし...」
「あ~あ、お見舞いに行きたかったな~!」
同級生のグループメンバー達からもここまで心配されている自らの姉の人望が本当にすごいものだと改めて陽菜は心の中で感心していた。
「あっ!もうすぐ授業の時間だよ!」
「そうですね。そろそろ席に戻りましょう。」
授業に備えてグループメンバー達が自分の席に戻っていくのを見て陽菜もそれに続こうとしていた時だった。莱們が陽菜を呼び止めて耳打ちをしたのは...
「...そうだった。陽菜に報告...あの件なんだけど...」
「あっ、もしかして遂に美冬ちゃんの家族を殺した不届き者を特定できたの?」
「えぇ、やっとね...本当にとんだクズ野郎だったわ。問いただしてみれば反省の言葉はゼロの割に保身の言葉だらけよ...」
耳打ちされた話はさっきとは打って変わって朗報と言える内容だった。
実はあの一件以降、莱們は父に頼んで美冬の母と妹を死に追いやった高松家の関係者がだれなのかを特定するように頼んでいたのだ。これで少しは美冬も浮かばれる事だろう。
「そのクズ野郎は三条家が拘束しているし、やった証拠もとっくに掴んでいるわ。それで警察に身柄を差し出すのか...三条家の方で遥かに惨い方法で処分するのか...どっちにするかは美冬に任せるつもり。後で本人にも聞いておくつもりよ。」
「そっか...」
法の下で正当な裁判を受けるのか、それとも法から逸脱した非人道的なやり方で抹殺されるのか、そのクズ野郎の運命は美冬に委ねられたという形だ。仮に美冬が後者を選んだとしても陽菜と莱們はクズ野郎に同情するつもりは一切なかった。
「あっ!だけど美冬ちゃんのお父さんの件は話したらダメだからね。絶対にショックを受けると思うから...」
「当たり前よ...そんな事を本人に伝えられるわけがないじゃない...だって、あまりにも...」
ちなみに高松是政が何者かの手によって植物状態にされてしまった件は陽菜と莱們はそれぞれの両親から聞かされており、同時に口止めもされていた。
まぁ、仮に両親からの口止めがなかったとしても二人が美冬にこの件を話すつもりはないのだが...
「陽菜ちゃんに莱們ちゃん?席に着かないともうすぐ授業が始まってしまいますよ?」
二人の話題の張本人である美冬からそう声をかけられた。どうやら、話に夢中になりすぎていたらしい...
「あっ、そうだね。そろそろ戻ろっか!莱們ちゃん!」
「はいはい、言われなくても戻るわよ...」
知らぬが仏...そんなことわざを頭の中で思い浮かべながら陽菜と莱們はそれぞれの席へと戻ったのだった...




