280.観覧車で語り合う
第280話
そんなわけで私はユメに同行する形で彼女が二人きりで話すために選んだというアトラクションへと向かっていた。
ちなみに元いた場所には念のために護衛の人間を残しており、陽菜がトイレから戻ってきたらこちらの事情を話してもらう手筈になっている。
一応、私はユメに陽菜がトイレから戻ってくるまでは待ってもらえないか?と提案自体はしてみたんだけど、何故だか即座に却下されてしまったんだよね...どうやら、それほどまでにユメは私との二人きりで話す事に固執しているらしい。
(ううっ...陽菜、勝手に置いていっちゃってごめんね!でもね?今はこうするしかなかったんだ!流石に仕方ないよね...)
とりあえず、陽菜には後でちゃんと謝っておこうかな...私が誠心誠意謝れば心優しい陽菜はきっと許してくれるはずだ。
「あっ、私が選んだアトラクションに着きましたよ。ここです。」
「なるほど、観覧車ですか...」
ユメが選んだのは観覧車。他の遊園地にも大抵は存在するアトラクションで特に珍しいものではない...まぁ、ゴンドラが宝石でできているという点を除けばという話なのだが。
「どうかしましたか?もしかして観覧車では不服でしたか?でしたら、今から他のアトラクションへ...」
「えっ?あっ、いいえ!ここで構いませんよ?よく考えてみれば、ここなら話し合いをするにはもってこいのアトラクションですよね!」
少なくとも、ジェットコースターのような絶叫系のアトラクションで話し合いをするより遥かに落ち着けるからね...
ユメもその事を考慮した上で選んでくれたのだろう。
「良かった...それなら私も安心です。では、乗りましょう。」
「はい。」
ん?ユメが私の機嫌とかよりも別な意味でやけに安心している気がするけど観覧車に何かしらの思い入れでもあったのかな?何はともあれ、私はユメと一緒に観覧車に乗ったのだった...
・・・・・
そんなわけで二人で観覧車に乗ったまではいいものの、
「それで、亀寿ユメさん?私に話したい事とはいったい、何なのでしょうか?」
「.........」
「あの?」
話し合いがしたいと言い出した張本人であるはずのユメが全くの無言、無表情を貫いているのだ。
これには流石の私もどう反応すればいいのかも分からない。
(この子の考えが読めない...)
ひょっとして、ユメはこのまま何も喋らないつもりなのか?とまで私は思い始めていた。
そして、私達の乗る観覧車のゴンドラがちょうど頂上に差し掛かった時、これまで無言脱退ユメがついに口を開いた。
「岩倉先輩は観覧車に何か思い入れはありますか?」
「観覧車に思い入れ?そうですね...」
う~ん、観覧車ねぇ...前世の世界で家族揃って遊園地に行った時、病弱で体に負担がかかるアトラクションが完全にNGだった私にとって数少ない楽しめたアトラクションだ。
(美憂と二人で乗って中でお喋りした事が何度もあったっけ...)
気づけば、私はそんな事をユメに話していた。もちろん、『病弱』とか『前世の世界』とか『美憂』といった重要ワードは折り畳んでだけどね...
不思議な質問だったが、何故だか口が弾んだかのように自然と言葉が出てしまったのだ。
「なるほど、その様な事が...それはとても大切な思い出だったんですね。」
「えぇ、もちろんです。ちなみに亀寿さんは観覧車に思い入れはあるのですか?私との話し合いに観覧車を選んだのにも何かしらの意味があると思ったのですが...」
「ふふっ、バレちゃいますよね...そうですね、私も観覧車に対して強い思い入れがあります。岩倉先輩と同じくらい...いや、それ以上かもしれません。」
ユメがそう言い終わるのと同時に観覧車が一周し終わり...私とユメはゴンドラから降りた。
「では、ここでお別れです。わざわざお付き合いいただきありがとうございました。」
「いえいえ、こちらこそありがとうございました。」
こうして、私はユメと別れた。
「...やっぱり、覚えて...」
「...ん?」
その去り際にユメが何やら呟いていたけど、私は上手く聞き取る事ができなかった。




