249.クライムの歌姫
第249話
(ふぅ...スッキリした...)
無事に用を終えた私は次に自分がどんなジャンルのどんな曲を歌おうかを考えながら、手を洗っている最中だ。
(う~ん、私は別に兼光みたいにギャップ萌えを狙うつもりはないし、普通にJ-POPとかでいいかもね...あっ!それに採点的に簡単なやつにもしないと!)
何とか頭の中で歌う曲を決めた私がトイレを出て、兼光と百子が待っている個室に戻ろうとした時だった。
「~~~~~♪♪♪♪♪」
「...ん?」
個室の扉を閉め忘れているのだろうか?近くの個室から誰かの歌声が響いていた。しかもだよ?先程の百子や兼光の歌が霞んでしまうレベルで上手い...
「おいっ!マジかよ!クライムの歌姫!」
「まさか、この日に聞けるとはな~!」
「私、ラッキーですわ!姫の歌声が聞けて!」
その歌声に惹かれたのか、私以外にもたくさんの利用者達がその個室の前に集まっているようだ。
(あれは...兼光が言っていた特別個室?)
さりげなく兼光から聞いたのだが、クライムエコーには通常の個室だけではなく、特別個室と呼ばれる個室が一室だけ存在しているらしい。特別個室の特徴は他の個室より広い事や扉が金色といった通常の個室とは違う特徴があるのだが、一番の特徴はというと...
「やっぱり、綺麗な歌声ですわ~!」
「姫の歌声は最高だよな!来て良かったぜ!」
そう...自分の歌声が外にいる人達にも聞こえてしまうという特殊な作りになっているのだ。そのためか、この特別個室を使用するのはよっぽどの歌唱力を持つ者だけなんだとか...
(確かに...特別個室を使うだけあって凄い歌声だね...)
実際に今、特別個室で歌っている人物はこれだけの人達を魅了しているのだ。
それはそうと、集まりの中に偶然にも知っている顔を見つけたので私は小声で彼に事情を聞いてみる事にした。
「あの...すみません。橋本君、ちょっとよろしいでしょうか?」
「あっ...あなたは岩倉玲奈様ではありませんか...お久しぶりです...」
わざわざ、小声で話しかけた私の意図を読み取ってくれたらしく、彼も小声で私に返事を返してくれた。おかげで他の野次馬達はこの場に岩倉公爵家の娘が来た事には気づいていないようだ。
話を戻すが、私が見つけたのは明成学園1年の橋本実臣くん。私が中山家の刺客候補として疑っている相手の内の一人だが、今はどうでもいい話だ。
「この集まりはいったい?」
「えっ?これですか?久しぶりにクライムの歌姫がクライムエコーに来店して歌ってくれたので大騒ぎになってるんだと思いますよ?」
「クライムの...歌姫?」
橋本くんは当たり前のような反応を見せているが、私はクライムの歌姫というワードは初耳だった。まぁ、私の場合はそもそもクライムエコーに行く機会がなかったからなのだろうが...
「えっ?ご存知ないのですか?なら、僕が説明致しますね。」
「あっ...橋本くん、わざわざありがとうございます...」
そう言うと、橋本くんは私にクライムの歌姫について説明をしてくれた。
クライムの歌姫と呼ばれる人物は不定期にこのクライムエコーに来店してくるらしく、その歌声はプロ歌手や作曲家も絶賛するほどだという。実際に今も個室の前にこれだけの人達を集めているくらいの実力だ。
一方で来店時には顔を隠すように仮面を着けて同時に黒マントも羽織っており、その正体は未だに謎に包まれてるんだとか...
「無理矢理にでも仮面やマントを脱がせればいいのでは...」
「いいえ、不可能ですね。屈強なボディーガードらしき男を4人も引き連れていますから。よって、歌姫に触れる事も許されないのですよ。」
いやいや!物騒な事を言っちゃったけど、具体的な案であって私がやりたいと思っているわけじゃないからね?一応、クライムの歌姫の正体を知りたい...ってのもあるけど...
その間に歌姫が歌唱を終えたのだろうか?音楽が止まったかと思うと扉が開き、特別個室から出てきたのだ。橋本くんの言う通りに仮面を着けて黒マントを羽織り、周囲には屈強なボディーガードらしき男を4人も連れていた。
パチパチパチッ!!
歌を聞いた皆からの熱い拍手に手を振って返事を返しながら、クライムの歌姫は料金の支払いを済ませてクライムエコーを出ていった。それを見届けると特別個室に集まっていた人だかりは解散し、蜘蛛の子を散らすように散らばっていった。
「では、僕もお暇させてもらいますね。」
「あっ!橋本くん、ありがとうございました。」
「いえいえ、お気になさらず...岩倉玲奈様。」
私も橋本くんと別れると百子と兼光が待つ個室へと戻ったのだった...




