248.ギャップ
第248話
(決して口だけではない...あんなに言うだけの実力はあるね...)
私は曲のサビに差し掛かってこれまで以上に歌に熱を入れる百子を見てそう思っていた。
結論から言うと...流石は旧皇族で様々な分野で高度な教育を施されているであろう筑波侯爵家の令嬢というだけあって、百子の歌の実力は一級品というべきものだった。それに関しては素直に認めなければならない。
その声量はもちろんのこと...ビブラートにしゃくりの使い方も非常に上手く、慣れた様子で使いこなしており、相当な練習量だった事が窺える。
とはいえ...歌としては非常に完璧なのは確かでも、あくまで今回の勝負内容はカラオケ採点。歌の上手さとカラオケ採点の上手さは完全に比例しているわけではないため、結果は読めないものなのだ。
「ふふっ!どうでしたか?私の実力...思い知りましたか?」
歌い終わった百子はしてやったりと言いたげな表情で私と兼光に問いかけてきた。
「まぁ...言うだけあって中々の実力である事は認めないといけないな。」
「歌唱力に関しては口だけでないと分かりました。流石は筑波侯爵家の娘ですね。」
「そうでしょう~?これが筑波百子の真の実力なのですわ!」
私と兼光に自らの歌唱力を褒められた百子は嬉しかったのか、自信満々の笑顔でそう言い切っていた。
そして、肝心の採点の結果はというと...
「96.458か...採点においても意外と高評価じゃねぇか...」
「ふふっ!当然ですわ!むしろ、私から見れば全然物足りないくらいですの!」
採点面においても、かなりの高得点。これは後に歌う私と兼光に多少のプレッシャーを与えたのではないかと思う。
「筑波さん、お見事でした...では、次はこの私が...」
「いや、待ってくれ!玲奈には悪いが先にこの俺が歌わせてもらうぞ!」
「ちょっ...兼光様?」
恐らく、この兼光の行動は自らにかけられたプレッシャーを打破しようとしたのか...または、私に良いところを見せようと張り切っているかのどちらかだろう。
「どちらが先でも構いませんわよ?さぁ、二条様の歌とやらを聞かせてもらおうではありませんか!」
「ふん!後悔するなよ!俺だって歌には自信はあるんだ!玲奈、絶対に勝つからな!」
「あっ...頑張ってくださいね。」
兼光はそう言って選曲を終えると、マイクを握った。
(ん?いや、ちょっと待って...兼光の得意ジャンルって確か...)
土壇場で私は前世でのミラピュアの知識でカラオケにおける兼光について思い出してしまったが、既に兼光は歌い始めていた。
「えっ?その...演歌ですの?」
そう...思わず、百子の口から出てしまったように兼光のカラオケに対する得意ジャンルは演歌なのだ。
これはミラピュアの兼光ルートにおけるエンディング後にプレイできるいくつかのおまけエピソードの1つ...兼光とヒロインがとある理由でカラオケボックスに行く事になる『婚約者の新たなギャップ』というエピソードをプレイする事で判明するとかいうまさかの設定だった。
「えぇ、意外ですわね...」
「確かにそうですね。しかも上手い...」
こればかりは私と百子の心が一つになった。
何せ、兼光といえばかっこいいロック系の曲を得意にしているに違いない!と思っていた前世のファン達(私を含む)の予想を大きく裏切るものだったからね~!
「よっしゃ!どうよ?」
そんな事を考えている内に無事に歌い終わったのか、兼光が私と百子を見てドヤ顔をかましている。
「えっと、まっ...まぁ!私には及ばないにしろ、言うほどの実力ではありますわね!演歌でこの筑波百子をここまで言わせた事...誇ると良いですわ!」
兼光の歌いっ振りに流石の百子も貶すような事は言えなかったようで、素直に称賛しているようだった。そして、それは私だって同じ話。
「素直に上手かったって言えよ!玲奈はどうだった?俺の歌は上手かっただろ?」
「はい、声に安程性にこぶしにビブラートに...おまけにギャップまで何もかもがお見事でしたよ。」
「そうだろ?」
さて、兼光の歌は歌としては文句なしだったが問題は採点面でも高評価なのか否やである。
正直な私の見立てだと後半の音程に多少のズレがあった事や不自然なビブラートがあった事から90点台は余裕だろうが、百子の点数を越えられるかは微妙なラインだった。
そして、運命の結果はというと...
「なっ!95.518...」
「やりましたわ!僅差とはいえ、私の勝ちですわね!」
「くそっ...」
惜しくも、僅差で百子の得点には及ばないという結果となった。
兼光の歌唱を終えて、いよいよ...次は私の番といいたいところだが...
「さて、次は岩倉様の番ですわよ!楽しみですわ~!」
「分かりました...あっ!その前に少しお手洗いに行ってきてもよろしいでしょうか?」
「構いませんわよ!勝者の余裕ですわ~!あっ!勝てないからといって逃げてはいけませんわよ!」
「分かっていますよ...」
緊張のせいか、急に用を催した私は個室を出てトイレへと向かったのだった。




