118.下級生達の日常 その③
1年生になった初日の憩美目線。時系列は113話です。
第118話
「じゃあ、お兄ちゃん行ってきまーす‼」
「気をつけるんだよ憩美。」
「はーい!」
この日、島津憩美は明成学園の新入生としての最初の一歩を踏み出した。
「はぁ...結構緊張してるんだよね...」
見送ってくれた兄の前では心配させまいと無邪気に振る舞っていたが、実際には不安でいっぱいだ。
(落ち着け、憩美、落ち着け、憩美...玲奈さんに言われた事を忘れないようにっと...)
春休みに岩倉家にてお泊まりしている間、玲奈にいろいろと教えを受けた。正直、玲奈がここまで憩美の面倒を見てくれるとは思わなかったが、恐らく憩美自身が公爵令嬢として相応しい品格を保てるようにと玲奈は配慮してくれたのだろう。
「え~っと?他人に優しく平等に接すること、公爵令嬢である事をひけらかしたり、鼻にかけるような真似をしないこと、あと...パソコンをはじめとするコンピューター類には極力触れない事だっけ?」
最後の言いつけはよく分からなかったが、尊敬する玲奈が言うならきっとそれなりの意味があるのだろうと憩美は信じて疑っていなかった。
・・・・・
「皆さま、ごきげんよう。」
『『『『.........‼』』』』
憩美が教室に入るとそれまでワイワイ騒がしかった教室が一瞬にして静まり返った。そして、憩美を見るなり何やらヒソヒソとお喋りしている。
(玲奈さんの言った通りになったか...)
憩美自身が公爵令嬢であり、元三聖徳会会長である玉里鳳凰と妹ともなればその名前は社交界に広く知れ渡っている...怒らせたらまずい相手として。
(いくら相手が公爵令嬢といえど挨拶ぐらい返しても問題ないんじゃ?)
(バカ⁉公爵令嬢だからよ‼気安く挨拶を返してお怒りに触れるような事があったら...)
(俺、島津様に声かけようと思ったけどやっぱり怖いな...)
(私もよ...できるだけ機嫌を損なわないようにしないと...)
今、ヒソヒソとお喋りしているクラスメート達も憩美を仲間外れにしているとかそうわけではなく、単に憩美を恐れて上手くコミュニケーションがとれないのだ。もし、この子達が憩美の本当の素性を知ったらどんな反応をみせることやら...
「あっ‼おはよー!」
『『『『.........⁉』』』』
「......」
だが、そんなクラスメートの中にも例外も存在したようだ。他の皆より遅れて憩美の存在に気づいた1人の女の子が挨拶を返してくれたのだ。
「貴女...面白いわね。名前教えてくれる?」
本当なら今すぐにでも【挨拶返してくれてありがとう‼私とお友達になってー‼】と言いたいぐらい嬉しかったが、さすがに取り乱しすぎると公爵令嬢としてはしたない。なので喜びをグッと堪えて少女に問いかけた。
「私は宮之楯眞美だよ!貴女は?」
「私は島津憩美よ。」
憩美はこの子を社交界で見た事もないし、宮之楯家なんて家は聞いた事もないから恐らくこの子は一般生徒で確定だろう。
「よろしくね、憩美ちゃん‼私のお友達になってくれる?」
「えぇ、良いわよ。宮之楯さん。」
「眞美って呼んでいいよ!」
「じゃあ...眞美さん、私の方こそよろしくね。」
「うん‼」
(私に初めてのお友達ができたー‼)
もし、この場が二人っきりだったら憩美は喜びのあまり、眞美に抱きついていたかもしれない。それぐらい先入観なく1人のクラスメートとして接してくれた眞美の存在は有り難かったのだ。
その様子を見ていたクラスメート達は最初こそ眞美を畏れ多い怖いもの知らずの一般生徒と思ってどう庇うか?はたまた見捨てるか?などと焦っていたが、当の憩美の方は満更でもない様子だったのでひと安心していた。
同時に、
『『『『島津様って意外と接しやすい方?』』』』
...と、考える者達も少なからず現れはじめ、憩美とクラスメート達の距離は少しずつ縮まっていく予感がした。
・・・・・
「皆さん、ここが三聖室だよ。今日から君達はここの新たなメンバーだからね!」
『『は~い‼』』
憩美達は三聖徳会の説明会に参加していた。今年の新入生は三聖徳会のメンバーに該当する者が多く、椅子が足りないくらいだった。
「島津さん、よろしくお願いいたしますね~。あっ!くれぐれも公爵令嬢の名前に泥を塗ってはいけませんよ~。なんてね‼」
「筑波さん、よろしくお願いします...」
「なんで私相手に萎縮しちゃってるんですか~?怖いんですか~?あらあら~‼だらしない子!」
この筑波百子という少女はやけに憩美に対する当たりが強い。筑波家は侯爵家にすぎず、本来なら公爵令嬢の憩美にこんな態度は許されない。それなのにこんなに傲慢で偉そうな態度をとってくるのは理由がある。
「では、また~‼きゃはははっ‼」
「はぁ...皇室と親戚だからっていちいち偉そうに...」
実は百子の父、筑波影仁は数ある皇族の宮家の1つ、山階宮家の当主の下の方の息子なのだが訳あって皇族としての地位を返上し、新たに筑波侯爵家を設立したという経歴を持っている。なので百子は本来なら自分の方が憩美より格上の立場と思っている。正直、とてもめんどくさい相手だ。
(あんなのと同じクラスにならなくて本当に良かったよ...)
百子なんかと同じクラスにでもなったら、とてもじゃないがせっかくの学園生活を楽しめそうにない。
「あっ‼憩美ちゃん、こっちにいらっしゃい。」
「玲奈さん!」
そんな不快な気分を消し飛ばすがごとく、玲奈が声をかけてきた。近くには陽菜や陽菜さんの同級生らしい先輩、玲奈の同級生とみられるお友達の先輩方もいる。
「へぇ~、貴女が玲奈お姉様や陽菜が言ってた島津憩美って子ね?」
「あっ⁉はい、そうです...」
真っ先に憩美に駆け寄ってきたのは陽菜の同級生のご友人とみられる先輩だった。
「私は三条莱們よ。これからよろしくね。」
「こちらこそよろしくお願いします、三条様。」
三条様は口調は強そうだが、意外と気さくっぽい方だ。憩美も玲奈から聞いていたが、三条家と岩倉家は家族同然の付き合いで玲奈も三条様を可愛がってるらしい。自分と似た者同士なのになんで陽菜は自分だけを敵視するんだろう?
「次は私ね、大炊御門奏よ。よろしくね!三条様。」
「私は菊亭清芽です。三条様、よろしくお願いいたします。」
「大炊御門先輩に菊亭先輩...こちらこそよろしくお願いします。」
続いて玲奈の同級生のご友人とみられる先輩方も挨拶を交わしてくれたのだが...
「あの...陽菜さん...」
「ふんっ‼」
陽菜はそっぽを向いて自分と話そうともしてくれなかった。どうやら前回の事をまだ根に持ってるのかもしれない。
「憩美ちゃん、陽菜となにかあったんですか?」
「まぁ、ちょっといろいろとあってですね...」
「陽菜‼喧嘩したなら仲直りしないと‼彼女は私達の新しい仲間になるんだから!」
「なっ...仲間⁉私はこの子が仲間になるなんてぜーったい認めないもん!」
こうして、島津憩美の学園生活は初日からいろいろと疲れるものとなったのだった。




