10.兼光の過去 その1
兼光の回想になります。今回は少し長いです。
第10話
二条公爵家という名家に生まれた兼光の半生はどちらかというと過酷だった。将来は二条家を継ぐ長男だからという理由で幼くしてたくさんの教育を施されたのだから...
ただ、兼光は別にそれ自体に不満があるわけではなかった。どこの家でも長男はそういう扱いだと両親や使用人にしつこく言い聞かせられていたからである。
問題は公爵家の長男に取り入ろうと目論んだ多くの人間が兼光のもとに集まった事だ。最初は自分が利用されてるとも知らずに純粋にその者たちと仲良くしていた。
しかし、ある日の事だ。彼は偶然にも聞いてしまったのだ...
「ふん!あんな奴、母様に取り入れと言われてなきゃ仲良くなってねぇよ!」
「二条家の長男だからといって俺達より年下のくせに偉そうだよな~。」
「それな!」
今までら友達同然だと思っていた取り巻きたちが自分の悪口を言っているところを...彼らは兼光の事を自分達の将来のための道具としか見なしていなかったのだ。それを聞いた瞬間、兼光の心の中で何かがプツンと切れる音がした。
それ以来、兼光は人を信用できなくなった。男女関係なく自分に近づく同年代のものに対して過剰なほどの敵意を向けるようになった。しつこく取り入ろうとした令息や令嬢には暴力を振るって大問題になりかけた事もあった。そのため兼光の周りには誰もいなくなった。取り巻きも...許嫁候補の令嬢も...
いまや家族や使用人以外、誰も声をかけてくれなくなり一人ぼっちになった。だが、後悔はしていない。
(もう俺には誰もいらない。何も期待しない。)
二条家の長男としてただ親のレールにひかれた人生をただ歩むだけでいい...友達も婚約者なんかもどうでもいい...そんな夢も希望も失っていた彼だが思わぬ出会いを果たすことになる。
・・・・・
兼光が5歳になったばかりの頃だ。習い事に行こうと彼が庭に向かうと見知らぬ令嬢が庭にある木の上からこちらを見ていた。
(ちっ‼まだ諦めてない奴がいたのかよ...)
最近では自分を訪ねてくる者もほとんどなく、そいつらも諦めたのだろうと安心しきっていた。
(思い知らせてやるか...二度と俺の前に現れないように。)
どんな手を使っても無駄だという事をあの女に分からせてやる。そう決意し兼光は木に近づくと側に落ちていた石を女めがけておもいっきり投げた。
...が、その令嬢は自分めがけてとんできた石を軽々と避けると兼光を睨み付けて怒鳴りつけた。
「ちょっと‼危ないじゃない!二条家のご子息って噂通りの乱暴者ね‼」
(はぁ⁉)
今まで、自分をここまで罵倒した者はいなかった。兼光は一瞬だけ驚いたがすぐに冷静さを取り戻し怒鳴り返した。
「はぁっ!?お前が俺の気を引こうとして人様の庭に入ったのが悪いんだろうがよ!」
「何言ってるの!?ハンカチが木に引っかかったから取ってただけなんだけど!?そもそもあんたみたいな男、たとえ死んでも願い下げだからね‼」
グサッ‼
その言葉は兼光の心に大きく傷をつけた。今まで散々褒められてばかりだったためいつしか自分は最高なのだと自惚れていたのかもしれない。実際は二条家の長男というだけの理由でしかなかったのだ。兼光はそれを自覚させてくれたこの令嬢と話してみたくなった。
「お前、何処の家の令嬢だ?」
「あっ、言ってなかったわね‼ごきげんよう‼二条様。高野藍葉よ!」
(高野家の令嬢か...)
高野家は藤原北家中御門流、持明院庶流の羽林家で子爵の位を授かっていた家だ。高野家自体は130年前ぐらいにできた貴族の中では比較的新参な家だと聞いている。そんな家からこんな変わり者の令嬢が生まれるとは驚きだろう。
「ちょっと‼人が挨拶してるのに何で黙ってるわけ⁉」
「ハハハッ‼済まない、今までこんな令嬢はいなかったから面白くてな。」
「何ですって!」
「それより、高野藍葉!お前に頼みがある。」
「はぁ?」
何故か彼女の事がもっと知りたいと思ってしまった。
「俺と友達になってほしい。」
・・・・・
藍葉と出会って半年が過ぎた。
最初こそは些細な事での喧嘩も少なくなかったが、関わる時間が増えるにつれ喧嘩の頻度は減った。その間、兼光は藍葉とたくさん話をした。実家のこと、趣味のこと、家業のこと...など挙げればキリがない。1つ気になる事があるとするならば、藍葉が年齢に似合わず、やけに大人びているところぐらいだろう。
昼間は一緒に庭で木登りをしたり、かくれんぼやおにごっこをして遊びまくった。時には山に登ったり、海で海水浴に行った事もあった。
その際、藍葉の着替えをこっそり覗こうとしたのがバレて頭にたんこぶができるくらいしばかれたのは甘酸っぱい思い出だ。
二条家に藍葉がお泊まりに来た事もあった。高野家は二条家のご子息とお泊まりなどとんでもないと遠慮していたし、特に兼光の母は猛反発していた。しかし、兼光と藍葉が双方の両親を説得し実現したのだ。その時、同年代の令嬢を家に泊めるのは初めてだったので緊張して眠れなかった。
すると藍葉はニコニコして、
「せっかくだし夜更かししようか、二条様。」
といって庭に出ると舞い始めた。その舞はとても洗練されたものだった。並みの練習ではこうはならないだろう。とても6歳になったばかりとは思えない。
「確か...お前んちの家業は神楽だったよな。それにしても上手いな。」
「あっ...ありがとう...」
兼光にそう言われた藍葉は照れながら舞を続けた。そんな藍葉を見ているうちに何故だか兼光の胸の鼓動は激しくなった。藍葉をみるとドキドキするのだ。
(そうか...俺はアイツが...)
兼光は自分の気持ちに気づいた。
そして...
「兼光くん、おはよう!」
「藍葉さん、ごきげんよう。」
「ちょっと~彼女が来たのに反応うっす‼てかその口調はやめてよ~」
「お前がやらせたんだろうが!」
二人がお互いの気持ちに気づき、付き合い始めるのにそう時間はかからなかった。今では喧嘩よりもこういうじゃれあいの方が多い気がする。付き合い始めてからというもの、藍葉が家に泊まる頻度が増えた。最近では一緒の部屋で寝てくれるようになった。流石に混浴はダメだったが...
兼光は礼儀作法を学び始めた。藍葉に似合う立派な公爵子息になりたかったからだ。だが、藍葉は、
「私は素の兼光くんが好き。私の前では素で接して欲しいな。」
と言ってくれたため藍葉に対しては素の口調で接し続けた。たまにふざけて丁寧な口調を言わされる事もあるが...
そんな兼光だが一つだけ疑問に思っていた事があった。それは、藍葉がなぜか肌身離さず持っていた写真の事だ。そこには黒髪の少女とその家族らしき人物が映っていた。この人達は誰なのかと何度も聞いたがその度に答えを濁された。どうしても知られたくないのだろうか?
それでも兼光が諦めずに聞き続けると、
「じゃあ、私が兼光くんのお嫁さんになった時に教えてあげる!」
と言ってきた。
「俺の両親は反対するかもな...」
「それでもいい。たとえ家を放逐されたとしても兼光くんといたい。兼光くんが大好きだから‼」
「藍葉...」
藍葉の逆プロポーズを聞いて兼光の心は決まった。いや、とうの昔に決めていたのかもしれない...
「そうだな...分かった。必ず藍葉を幸せにしてみせる!俺たち将来結婚しようぜ!」
「兼光くん...」
二人は抱き合い、初めてのキス?を交わした。兼光にとってこの時は幸せの絶頂期だっただろう。
...が、この幸せは長くは続かなかった。
次回、兼光と藍葉に...