第5話:ハルツという騎士
ハルツは先年新設された第十三騎士団の団長だ。
騎士団といっても、第十三騎士団の主な仕事は王都の内や外において壊れた路面や城壁の補修、そしてそれにまつわる様々な雑用の処理であり、他の騎士団や貴族たちが嫌がる仕事が多い。
そのせいもあって、城の中の多くは彼らを成り上がり者の格下騎士団と見ているし、当のハルツもそれを否定しないし気にもしていない。
そもそも彼は、別に騎士団長などという地位を望んでいた訳でもなかった。
二年前、王国を二分しかけた動乱が収まった後、功績が大きかった彼と彼の仲間にどんな報酬を与えるべきかという話になった時、第一王位継承者であるヴォルフ王子と第一騎士団長の提言によって、彼らを第十三騎士団として正式に召し抱える事が決定されたのだ。
異例の大出世であり、騎士団に召し抱えられた者たちも大喜びではあったが、ハルツ本人はさほどうれしかった訳ではない。
むしろ厄介な仕事を押し付けてくれやがってと、王子と第一騎士団長に文句すら言ったほどだ。
(結局はその二人からの説得に応じる形で、今の地位を引き受けたような物なのだが)
そのハルツは今、王宮の奥にある国王の執務室にいた。
「…なるほど、これは良質の紙だな。場合によっては王国の記録文書用にもなり得るか?」
「はい、少なくとも交易によって購入している物に劣るとは思えません」
この部屋、いやこの国の主である国王とその右腕である宰相が手に持った物…賢者が作った『紙』という羊皮の代替品を見ながら語り合う。
ハルツは少し下がった場所で、その様子を静かに見守っていた。
その様子を彼の知人たち…例えばマコトが見たら、おそらく不審に感じただろう。
国王の御前ともなれば、静かに大人しく控えているのは当然だとしても、あまりにも大人し過ぎる…というより彼からは、一切の感情が感じられないのだ。
普段の彼はどんな厳粛な場所や危険な戦場にいたとしても、どこか飄々とした空気をまとい、感情のない木石のような様子は見せない。
だが、今の彼はまさしく木や石で出来た人形のように、無感動・無関心の彫像と化していた。
別段、国王の御前だから恐縮している訳ではない。
単に彼は、さっさとこの場を立ち去りたくてたまらないだけなのだ。
(…ったく! 一体何だってこの俺がこの二人の前で、大人しく『忠良な騎士の真似事』なんぞしなくちゃいけねえんだか)
その心の中の本音を、表に出したりしないための無表情なのだ。
ハルツにしてみればこの二人は、出来れば顔も見たくない人間だったからだ。
「…ハルツ卿」
「は、何でありましょうか?」
考え事の最中に突然、宰相に言葉をかけられたハルツだったが、表情を微動だにせず返答する。
「彼の老賢者はこれを大量に作ることも可能だ…と言っているのだな?」
「はい、ただしそれには専門の設備や職人を必用とする…とも言われておりましたが」
「そのための指導を引き受けてくれると?」
「自分の庵で指導教育する分にはいくらでも…と、そう言っておられましたね。後はその教育を受けた者たちにやらせろと」
「そうか…」
ハルツの返答に納得するように頷いた宰相が、国王に向かって進言する。
「陛下、この紙に関しては近隣国でも東方大陸からの輸入に頼るばかりで、まだ良質な物を作る国はございません、故に…」
「それを我が国で生産、それも多量に作れるか…これは逃がせまい」
(あー、こりゃ見事に大賢者殿の餌に食いつきやがったなこの二人…)
老賢者から聞かされていた『目論み』通りの判断へと傾く王と宰相を見て、思わずハルツの口元に嘲笑が浮かびかかる。
「…騎士ハルツよ」
「…はっ!」
突然声をかけられたハルツは一瞬、自分の心中を読まれたかと思ったがそれを表情には出さず、直立不動の姿勢で応える。
「ご苦労であった、後日貴様にはこの件で再び動いて貰う事になるだろう」
「はっ! 承知いたしました!」
「ハルツ卿、今後この件は陛下と私が正式に決定を下すまで他言無用だ、いいな?」
「はっ!」
「では行ってよろしい」
「はっ、失礼致します」
あくまで表面上は、規律正しい騎士の姿勢を示しながら、ハルツは敬礼とともにその場から退出して行った。
ハルツが執務室を去った後、無言で扉を見ていた国王は苦い溜息を吐きだした。
「…なんともまあ、あからさまに嫌われたものだな」
「陛下…」
「我が後継者の最も信頼する股肱の臣から、こうも嫌われておるとは…困った話だ」
国王と宰相もハルツの心中はよく知っていた。
自分を、自分たち二人を親の仇の如く嫌っていることを…いや、ある意味では事実その通りなのだという過去の事情を忘れる事は出来なかった。
「だからと言ってあの男を城から追い出せば、今度こそヴォルフは余とこの国を見捨てるであろうし、あの男が余とそなたを嫌悪する理由もよく分かる…余とて立場が同じならば同じ感情を抱いたであろうよ」
「あれは…いたしかたない理由でございましたし、ハルツ卿とてそれは承知しておりましょう」
「承知はしておろうな。 だがそれは、納得しているという事ではなかろう?」
「…は、確かに」
国王の指摘を受けた宰相もまた、苦い薬を飲んだような表情で肯定する。
「…まあそれでも問題はあるまい? 少なくともあの男は我らに対して叛旗を翻したり、あるいはこの国を乗っ取ったりしようという気は皆無であろう……あの『愚か者ども』とは違ってな!」
「陛下……」
国王が吐き捨てるように口にした『愚か者ども』の事を思い出し、宰相も頭痛を抑えるような顔になった。
一体『彼ら』のせいでどれだけの無意味な犠牲を出したのか…そのことを思い出したからだ。
「…いずれにせよこの紙を拵えた例の『賢者』の扱いもあるしな」
「御意、当面そういったことの連絡や手配はハルツ卿に任せるのがよろしいかと」
「いずれ時が来ればその功績を表に公表し、ヴォルフの右腕として誰にも文句を言わせぬ立場を得るだろうからな」
「はい…ですが問題はヴォルフ王子ご自身が…」
「それを言うな…全く、玉座などワシとて好きで座っておる訳ではないというに…」
(うざってえ…つくづく俺ぁ宮仕えって奴には向いてねえなあ)
王宮の廊下を闊歩しながら、ハルツは心の中で愚痴っていた。
ハルツは自分を騎士だなどと思ったことはない。
むしろそんなものは糞くらえだとすら考える男だ。
騎士の家に生まれたといっても、ハルツの父親は彼がまだ幼かった頃に死んでいる。
それも不名誉な汚名を着せられた上での死だった。
(あの糞王と糞宰相は、一応申し訳ない程度には思ってるんだろうがよ、だからってこっちが尻尾振って忠誠とやらを尽くすなんて思われても迷惑極まりねえ!)
他人に聞かれたら即座に首が飛びかねないような事を考えていたハルツだが、そんな彼に声をかける人物がいた。
「ハルツ卿」
「これはアリーネ団長殿、何か御用ですかい?」
第十騎士団長アリーネ…ハルツやマコトにとっては、過去の動乱のなかで数少ない信用のおけた騎士であり、ハルツを蔑視しがちな騎士団の中では比較的付き合い安い相手でもあった。
「用というほどでもないが、貴公が城にいるとは珍しいと思ってな? 殿下の御用かな?」
「いやあ、実は陛下と宰相閣下のお遣いを済ませた報告のためでして」
「ほう…ああ、彼の大賢者殿がまた何か?」
「ええまあ…ですが詳しい話はご勘弁を。何せあのお二人から当面誰にも話すなと口止めされましたので」
「ふむ、貴公もいよいよ枢機の一端を担う立場となったか」
その言葉を聞いたハルツは、おそろしく渋い表情となった。
そしてその表情を見たアリーネの方は、何とも言えない微妙な苦笑を浮かべる。
「そう嫌な顔をするな。貴公にとっては不本意だろうが、陛下も宰相閣下も貴公こそがあの方にとって最も忠実な騎士であると、そう認めておられるのだぞ?」
「…そりゃあまた、何ともありがたいことで」
有難迷惑も極まれりという本音を隠そうともしないハルツだったが、そんな彼にアリーネは忠告する。
「貴公にとっては迷惑だろうが、向こうが箔をつけてくれるのであれば素直に受けておいた方がいい……結果として、それがあの方を護ることに繋がるのであればな」
「…そのお役が俺みたいなゴロツキ上がりじゃなく、貴女みたいな人じゃ駄目なんですかね?」
「無理だな。出来れば私とてそうしたいが、我が一門が中立派を抜ければ再び国が割れる危険もあるのでな」
そう語るアリーネの表情は、先刻のハルツ以上に渋いものだった。
本来であれば彼女とその一族は、王の直系であるヴォルフ王子を支えたいと思っている。
だが複雑に絡み合った国内の力関係を安定させるために、あえて中立派という立ち位置を選んで国内が混乱しないように目を配っているのだった。
「ところで、この後貴公はどうするのだ? 殿下の許に報告かな?」
気を取り直してそう聞いて来たアリーネに対し、ハルツは苦笑しながら首を振った。
「生憎と陛下や宰相のお遣いの後ですからねえ…俺が下手に王子の処に行ったら、それだけでおかしな勘ぐりをする連中もいそうですし、今日のところはやめておきましょう」
「ふむ、確かにそうかも知れんな」
「今日の分の俺の仕事は終わったことですし、これから街に出て酒場にでも行きますかね」
「ほう…もしかしてあのマコトがやっているという店か?」
「ええ、『ゴンベエ』っていうおかしな名前の店ですけどね」
「一度私も連れていってもらいたいものだ」
「あー…ですが場所が場所ですぜ? 何せ場末の職人街近くですから」
「別に構わんよ…とはいえ、今日のところは無理だな。まだやらねばならん要件が残っている」
「ま、いずれ折りを見てということで…」
「そうだな、では失礼する」
そう言うとアリーネはハルツの前から去っていく。
それを見送ったハルツも、軽い溜息をついてからまた一人歩き出した。
ハルツが『ゴンベエ』を訪れたのは日暮れ時の手前だった。
店にはまだ客の姿はなく、マコトとライザがいるだけだ。
「あれ? 今日は早いんだねハルツ?」
「ああ、こないだの報告を済ませた後は仕事もないんでな」
「へー、あの紙って王様たちから買ってもらえるのかな?」
「いやそれどころじゃねえよ、あの紙の製法を正式に伝授してもらいたいって話になりそうだぜ?」
「ふ~ん、まあはかせの暇つぶしにはちょうどいいかもね」
「…城のお偉方が目の色変える話が暇つぶしかよ」
「まあはかせにとってはその程度の物だし、おかげでボクもメモ用の紙を貰えたしね」
そう言ってマコトは手元にあった紙を見せる。
「何だこりゃ? 城の連中に見せたのに比べるとずいぶんと色がなんつうか…」
「当たり前、これはわら半紙だからね」
「わら半紙…何だそりゃ?」
「これは麦わらとかで作った紙で、走り書きとか伝言とかに使うんだよ」
「城の連中に見せたのとは違うってことか?」
「そう、王様たちに献上したのはもっと上質な木を原料にして、紙の色も白くなるように工夫したんだろうけど、こっちはもっと簡単に安く作った紙だからね」
「へえー、しかしそんなもの欲しがる奴がいるのかよ? 商人や役人とかならまあ、あり得るかも知れんが…」
「うん、アビーさんの奥さんがこれを欲しいって。 なんでも『下書き』用にあると便利だとかって…」
「ああ、あの『百姓男爵』様の奥方ね? あの奥様って一体何をそんなに書いてるんだ?」
「さあ? なんでもはかせに色々聞いてる内に、『文化』の素晴らしさに目覚めたって言ってるけど?」
「はあ…文化…ねえ?」
(一体全体、何なんだろうなあ? このマコトもあの大賢者さまも…)
「どうかしたのハルツ?」
「いやまあ、何でお前はこんなところで飲み屋なんぞやってるんだろう…とか思ってな」
「…? そりゃ、ボクがそう望んだからだけど?」
「国を救った英雄が、酒場の亭主をお望みとはねえ…」
「違うよ。 この国を救ったのはハルツやヴォルフでしょ? ボクはただのお手伝いだったし」
「おめえはよお…そうだとしてもだ、あの後お前が騎士団なりヴォルフの補佐なりに落ち着く道だってあっただろうが? あの賢者殿だって何もあんな山奥に隠遁せずに、王都で屋敷を構えるくらいは簡単だっただろうによ」
「…そんなことして何になるのさ?」
「え?」
「マコト…?」
ふいに固い…どこか生真面目な口調になったマコトの言葉に、ハルツだけでなく傍で聞いていたライザまでもが思わずそう反応した。
「ボクは…ボクとはかせはね、結局この国にとっては稀人でしかないんだよ」
「マレビト…何だそりゃ?」
「遠い…誰も知らない、そして考えること自体が全く違う場所から来た人間…という意味かな?」
言葉の意味が分からず聞き返すハルツに対し、マコトの言葉は此処ではない何処かへ向けているようだった。
「そりゃ…よく分からんが、それが何だと?」
「つまりね、ボクやはかせの言うことややる事ってのは良し悪しは別にして、この国と人々にとっては異質なものなんだってことさ」
「ああ、まあそれは分かるけどなあ…」
「他所から来た異質なものってのはね、あんまりたくさんあったり急いで取り込み過ぎたりすると、良くない結果になることが多いのさ」
「はあ?そんなものかねえ?」
今一つ納得のいかないというハルツの表情を見たマコトは、少し考えてから口を開く。
「…ハルツは国の外に行ったことはある?」
「あ? そうだな、この国の周りにある国ならいくつかは」
「その土地の水を飲んでお腹を壊した経験は?」
「ああそりゃあ一度や二度なら……あ」
そこまで言ってハルツは気づく。
国や土地が違えば水も違い、自分にとって害となることもある……それはつまり人間も―――
「味付けのスパイス程度ならいいかも知れない…でもね、当たり前に飲んでる水や酒が変わると、人の身体が受け付けなくなるかも知れないってことだよ」
何処か淡々と、まるで他人事を語るような口調で自分のことを『危険』と説明するマコトに、ハルツは何とも言えない顔になった。
「だがなあマコトよ? 仮にお前が危険だろうが何だろうが、自分の傍にいて欲しいって思ってる奴のこともちったあ考えてやったらどうなんだよ?」
今度はそれを聞いたマコトの顔が複雑な形となった。
「それがいい結果につながるとは思えないんだよね、ボクには…」
「別にアイツは『いい結果』なんざ期待していないだろ? 単に自分が信じられる奴にそばにいて欲しいだけでな」
「それはハルツの役目だよ」
「あ? オレ?」
「ヴォルフも君も、玉座とか騎士団長とかの地位に興味はない…だけど、この国を今よりはマシにしたいとは思ってるんでしょ?」
「あー……そりゃまあ…多少はな」
微妙に照れくさい表情で言うハルツの様子に、くすっと笑ってからマコトは続ける。
「この国はね、この国の人によってより良い国になるべきなんだよ。ヴォルフや君みたいなさ」
「…買い被り過ぎだぜ俺を。ただのゴロツキ上がりだってのによ」
「そのゴロツキ上がりの騎士団長が、この国を今より暮らしやすい場所に変えたら…そしたらこの国の頭の固い人たちも、少しは考えを変えるんじゃないかな?」
「どうだかな? ま、それはそれとしてマコトよ?」
「ん? なに?」
「いい加減たまにはアイツの前に顔を出してやれよ? お前が来ないってすねてるんだぜ?」
「あー…まいったなあ…」
とたんに途方に暮れた顔になるマコトの様子に、ライザが横から声をかける。
「マコト、どなたかいい方がいらっしゃるのなら、どうして逢って差し上げないの?」
「そうは言ってもねえ…ボクがヴォルフに逢っちゃうと色々とさあ…」
「そのヴォルフという方……え? あの…もしかしてその方ってまさか…」
「そう、そのまさかですよ」
「そ、それじゃマコトはあの………どうして?もしそうならこの国を内乱から救ったのは…」
「何ででしょうかねえ?ホントにこの頑固娘ときたら…」
「よけーなお世話だよ。大体頑固っていうなら、君やヴォルフはどうなのさ?」
「あー? ヴォルフの野郎は本来の立場に戻っただけだろうがよ? なのに何でこの俺が、騎士団長なんてうざってえ仕事に就かなきゃいけねえんだ? 本来それはオメエに行くのが順当だし、あの第一騎士団長様はそのつもりだったんだぜ?」
「だからボクには不向きだって。 そういうのはね、ハルツたちがやるのがあるべき姿なんだよ」
「マコト…」
「おめえはよお…」
呆れたような声のハルツと、途方に暮れたようなライザの様子には構わず、マコトは仕込みの続きに着手する。
もうすぐ客が入り始める時刻なのだ。
第5話 終わり




