閑話:その1「大賢者と魔獣」
主人公たちの『背景』をすこしだけ明かします(笑)
王都の奥にそびえる王城、さらにその背後は険しい山脈が広がっている。
マコトとハルツは、その麓にある小高い台地に入っていた。
そこにはマコトの古い知人が住んでいるのだ。
小さな集落程度のその土地には、開墾された畑と丸太を組んだ小屋、そして白い土壁で作られた大きな建物がある。
周囲の畑では幾人かの男たちが働き、小屋の前では初老の男が一人でその様子を眺めていた。
「はかせー、お久しぶり」
「ご無沙汰しております、大賢者殿」
老人が声の方を見ると、そこには旧知の少女と背の高い若者が目に入る。
「おおよく来たなマコト…と、ゴロツキの頭目よ」
「うん、しばらく…って、ゴロツキはないでしょー? ハルツはもう立派な騎士団長なんだしさ」
「いやー、別にいいぜマコトよ? 実際中身はそんなに変わった訳でもないんだしな」
ハルツはそう言って老人の毒舌を受け流す…というより肯定した。
実際この男は騎士団長などという立派な呼称よりも、ゴロツキの頭目の方が相応しいと自分で思っているらしい。
「まったく…あ、そこにいたんだねルンバ、元気だった?」
そう言ってマコトが声をかけた先にいたのは、一匹の猫だった。
『にゃー』
マコトを見てうれしそうに鳴く猫だが…それを見るハルツの顔は珍妙に歪んでいた。
「…なあマコトよ?」
「ん? なに?」
「いつも思うんだが、何でそのネコは皿の上に乗ってるんだ?」
「そりゃそこがルンバの指定席だからだけど?」
「それじゃ何でその指定席…というか皿が、ネコを乗せたまま勝手に動いてるんだ?」
ハルツが言う通り、その猫は丸い皿(?)の上に乗っていて、しかもその皿は低い唸り音を発しながら、ゆっくりと動いていた……中々に不思議な光景である。
「…まあ、お前さんたちのような原始人には理解出来んよ。 魔法の皿に乗った猫がいると思っておけばいいさ」
「というか、それ以外のなんだって言うんだか…」
自分の頭の中にある知識や常識では理解できない不思議な存在を、薄気味悪そうにハルツは見る。
その様子を苦笑しながら見ていたマコトだが、畑の方を見て顔をほころばせた。
「いい出来みたいだねー、これなら収穫も期待出来そうかな?」
「そうさな、今年からはお前さんの店にもかなりの量を提供出来るじゃろう」
そう言ったマコトや賢者と呼ばれた老人の前に広がるのは、緑鮮やかな野菜の畑だった。
この国に『来て』から約三年かけてこしらえた彼らの農地だ。
「野菜はいいとして…お米の方はどう?」
「下の方にある水田でとりあえずうまく育っとるよ。 秋には多少の米が収穫出来るじゃろう」
「そりゃ良かった! 楽しみだな~♪」
「ずいぶんとまた嬉しそうだなマコトよ? そのコメってのはそんなに美味いのか?」
「あー、ハルツは麦しか知らないもんね」
「まあ楽しみにしとれはいい、お前さんたちの口に合うかどうかは知らんがな」
「まあそれはそうと…例のモノはどの程度出来たんですかい?」
突然顔を真面目な物に変えてハルツが聞くと、老人はニヤリとした顔になった。
「とりあえず三十枚程かな? 本格的に量産したいなら、専用の作業施設が必用だぞ?」
「そりゃそれこそ上のお歴々が判断する事ですな。 俺は単なる使い走りなんで」
「それもそうだな。 帰りに持たせてやるから、城に持って行くがいいさ」
「へいへい、ありがとうございます」
「ところではかせ、『おっかさん』の姿が見えないけど、また山の中かな?」
「ああ、最近は山の獲物も減ったんだが、やはり肉を食わんと物足りんらしくてな」
「…もしかして、また一段とデカくなったのか?」
何やら怖い物の話でもするような口調のハルツに、他の二人は苦笑する。
「心配ないってばハルツ、おっかさんは友達を食べたりしないからね?」
「大体おぬしみたいなゴツくて骨ばった男なんぞ、食いたいとは思わんじゃろ?」
「そう願いたいですよ、本当に」
名状し難い顔で言うハルツの様子に苦笑するマコトだったが、山の方を見て目を細める。
「あっちの辺りかな? ちょっと行ってくるねー」
そう言って駆け出した。
「遅くならんようにな」
「はーい!」
元気のいい返事が返って来た時、すでにマコトの後ろ姿は小さくなっていた。
「あの『魔獣』にじゃれつこうなんて、本当にアイツの神経はとんでもねえ」
「まあ確かにそうじゃが……なんぞあったのか、マコトに?」
ふいに老人がそう尋ねられ、ハルツは首を傾げた。
「様子が変でしたかねえ…?」
「少しばかり空元気を出しとる時の顔つきだったのでな、何かあったのではと思うただけじゃ」
「…あの件を気にしてるのかねえ?」
「何があった…?」
顔を顰めて少し考えた後、ハルツは先日あった出来事を語り始めた。
山の獣道を辿って行ったマコトは、探していた相手を発見した。
「ここにいたんだ、探したよおっかさん」
「ゔにゃ~? にゃー♪」
マコトに気づいて嬉しそうな鳴き声を上げたのは…巨大な『魔獣』だった。
羆よりも大きく、外見は猫とも狸ともつかぬ不思議な姿をしている。
だがその巨獣はマコトの姿を見るなり、飼い主に甘えるような声を出してすり寄って来た。
「うわー、また一回り大きくなったねー? ちょっと食べすぎなんじゃない?」
「うー、にゃー…」
まるでマコトの言葉を理解出来ているかのように、前足で頭を掻く仕草をする巨猫。
そのふさふさとした大きな毛皮に身体を埋めるようにもたれながら、マコトはぽつりと呟いた。
「また、弱い者虐めしちゃったよ…」
「…はあ? 弱い者いじめ??」
「まあ、そういう事になるかの」
『大賢者』もしくは『はかせ』と呼ばれる老人の言葉にハルツは目を剥いた。
「普通に、常識的に考えればマコトのした事は己の身を護り、血に飢えた外道を倒したに過ぎんだろうがな」
「それ以外の何だって言うんですかねえ…俺にはさっぱり理解出来ませんが?」
「そうだろうな、だがあの子にとってはなあ…」
そこまで言ってから黙り込んだ老人の横顔を見て、ハルツは更なる疑問の言葉を飲み込んだ。
ハルツはマコトとこの老人の過去を知らない。
二人とも自分たちが何処の生まれで、何故この国に来たのかを詳しく語ろうとはしない。
(だけど多分…いや、余計な詮索は無用と考えるべきだな)
心の中でそう結論付けたハルツは、別の話題を振ることにした。
「それで大賢者殿? 今回のアレがお偉方に認められたら、次は何をする気ですかい?」
「さてな、別段ワシは『内政ちーと』とかをやりたい訳でもなし…まあ気が向いたら耐火レンガの制作にでも挑戦してみるかのお?」
「ナイセイチート…? 一体何ですかそりゃ?」
「原始人には分からん言葉じゃ。 気にせんでええぞ」
「ああそうですかい…とはいえ、一応気をつけてはくださいよ?」
「何をじゃな?」
何かあるのか? という顔で聞いてくる老人に、ハルツの口調と表情は真剣なそれになる。
「城のお偉方もそうですがね、教会の腐れ坊主連中の中にも、アンタの作るモノを危険視する連中が出始めた様子ですので…ね」
「ふん、まあ世の中が清貧であるべきなどと言いながら、その貧しい者たちのわずかな金を自分の懐に吸い上げるロクデナシどもは面白くなかろうな。 あの連中は世の中が豊かになれば、庶民は神への信仰を忘れ、自分たち聖職者(嘲笑)を蔑ろにするようになると思っておるからの」
「オマケにそういう畜生坊主に限って、城に巣くってる穀潰し貴族どもと結託して自分の保身を図っている…ときてますからなあ」
そう語るハルツの目には、鬼火にも似た光が宿っているのに大賢者は気づいたが、それを口には出さず、彼方の方を指さした。
「ほれ、どうやら戻って来たようじゃな」
「どれど……うひゃあ! また一段とデカくなってるじゃねえか!」
彼らの視線の先には、動く小山かと思うような大きな獣と、その上に寝そべるように乗ってふさふさとした毛皮の感触に浸っているマコトの姿があった。
「ふかふか~~~~♪ 気持ちいいな~~~~~♪」
半分とろけたような表情で大きな毛玉にしがみついているマコトを見て、ハルツはなんだかなあとぼやきを漏らす。
「…ああして見てる分には、ただの風変りな小娘なんですがねえ」
「実際、あっちが地金だからのお」
そう語り合う二人の目の前で、巨きな獣と小さな少女は平和な一時を満喫していた。
閑話:その1 終わり




