第2話:船着き場の宝玉
居酒屋『ゴンベエ』では珍しいというか、見たことのない料理が出る。
店主のマコトが作る料理はどれも珍奇で、これが美味いのか?と思う物が多い。
だが何故かどれもこれもが美味く、酒がすすむのが不思議であった。
「あー、今日も不漁かあ…」
「悪いなマコトよ。ちょっとでもいい魚は金持ち向けの相手に売らないと、俺たちも生活出来ねえしな」
「分かってはいるんだけどねえ…」
マコトがぼやくのも無理はなかった。
こうも連日の不漁では、質のいい魚だけでなく本来自分が目当てとする雑魚の類まで、金のある客や店に奪われてしまうのだ。
「これだと小魚を使った練り物やスープを作るのすら難しいかなあ…となると、アレを試してみようかな?」
何か思いついたマコトだったが、そのすぐ近くで騒動が起きかけていた。
「てめえら!ふざけるのもいい加減にしろや!!」
「黙れ!貴様ら漁師風情がわしらに盾つくつもりか!!」
「なんだろ?ジャンが怒ってるけど、喧嘩かな?」
「ああ、ボルダ商会の連中かい?また難癖つけて魚を安く巻き上げるつもりかね?」
「ボルダ商会…ああ、確かあのボーマン伯の一族の下で、色々やってたっていう?」
「よく知ってるなマコト?あの伯爵家の人間が何だかヘマやったそうでな、あの連中も火の車らしい」
「やれやれ…」
首を振って溜息をつくと、マコトはゆっくりと諍いの現場に足を向けた。
「てめえら…俺ら漁師の苦労を一体何だと思ってやがる!!」
「は! 貴様ら漁師の苦労が何だと? 我々が誰か忘れた訳ではないだろうな?」
唸るような声で吠える網元の息子であるジャンの言葉に対し、相手の男は嘲るような態度で応じた。
“自分たちの背後には大物貴族がおり、漁師風情がその威光に逆らうことなど許されない”
そういった傲慢さを隠そうともしない相手に、漁師の若者たちが我慢の限界を越えそうになったその時…
「ヘーそれで? 一体誰なのかな、おじさんたちは?」
呑気な声でマコトがそう声をかけた。
「!お、おいマコト…」
「…なんだこのガキは? 俺たちがボルダ商会の者だと知らねえらしいな?」
「世の中の仕組みも知らんガキが出てくるんじゃねえよ!」
「子供が偉そうにぬかしてるんじゃねえ! 海に叩き込まれたいのか!?」
口々にそう喚く『大人』たちを前にしてもマコトは動じない。
「ボルダ商会ねえ…ああ、こないだウチの近所で捕まった泥棒たちと、同じ飼い主に飼われてる連中の事?」
その一言で場が凍り付く。
「……この糞ガキがあ!舐めるんじゃねえ…ぐわッ⁉」
怒りにまかせて掴みかかって来た男が、何故か『勝手に』足を滑らせてその場に倒れた。
周囲の人間たちには、マコトの方が身を退いただけに見えただけだったにも関わらず、男はその場に腰と頭をうちつけて痙攣している。
その様子を見ていた周囲の漁師たちから笑い声が漏れた。
「て!てめえらどいつもこいつも俺たちを舐め 「何をしている?」 ッ‼…‼」
突然割り込んで来た声の方を見たボルタ商会の男たちは、ぎょっとした表情になる。
彼らだけでなく、周囲にいた漁師たちも一斉に息を呑んだ。
ただ一人の例外を除いて。
「お久しぶりノルマン騎士団長。 こんな場所に来るなんて珍しいね?」
「其の方も元気そうで何よりだ…なに、少しこの付近に用事があったのでな」
気さくにそう話しかけるマコトに対して、相手の男…王国第五騎士団団長ノルマンは、無表情で返事をしながら周囲の顔ぶれを見渡した。
「それで、これは一体何の騒ぎだ?」
「は、はいその…」
「そこのボーマン伯爵家の腰巾着さんたちが無理難題を言って、ここのみんなを困らせてただけだよ」
「!!ツッ…!!!!!」
あっけらかんと語るマコトの言葉に、周囲の男たちは青くなったり赤くなったりの有様だった。
仮にも王国第五騎士団長ノルマンといえば、次期国王候補の片割れであるレイス公爵の腹心であり、王国内でも屈指の手腕を持つ戦上手と言われている人物だ。
同時に不正や犯罪に対しては非常に厳しい対応を取る男であり、騒ぎを起こした者たちを自ら斬って捨てたこともある。
下手なことを言ってもし自分に非があれば、それこそ首と胴が切り離されるかもしれないと、周囲の全員が怯えているのに、マコトだけはどこ吹く風の態度だった。
「ふむ、すると貴様たちが噂に聞いたボルダ商会の者たちか?」
「は!はい…その通りでございます」
「大口の客が大変な事になって困っているのであろうが、それでここの漁師たちにツケを押し付けるような真似は感心せんな」
「い!いえ‼決してそのような…‼」
「ならば適正な値段で買うか、さもなくばとっとと立ち去ることだな」
「は、はい申し訳ございません!!!」
そう言うと、ついさっきまで威勢のよかった姿は何処へやらといった風情で、男たちはヘコヘコと頭を下げてその場を立ち去った。
「…くだらん連中だ」
誰にともなくつぶやいたノルマンの言葉に、マコトは少し顔をしかめる。
「そんなくだらない連中が、何であんなに大きな顔をするんだろうね?」
「…何が言いたい?」
僅かに眉を動かしてそう聞き返したノルマンの声には、微かな怒気が込められていた。
それに怯える風でもなく、さりとて反発する風でもなく、ただ淡々とした様子でマコトは応える。
「ボクに剣を教えてくれた人が言ってたんだけどね、国の中でろくでもない連中が白昼堂々偉そうに歩いているのなら、一見どんなに平和に見えてもその国は不安定な状態なんだってさ」
「ほう…耳は痛いが、確かに頷くしかない言葉だな」
「そしてその国が不安定なのは、ゴロツキがのし歩いているせいではなくて、国を支える人間たちが不安定なせいだって」
「…我らや陛下の責だと言いたいのか?」
今度は誰にでもわかる程の殺気を発するノルマンの言葉に、マコトは変わらず冷静な言葉を返す。
「国を支えるのは何も王様やあなた方だけじゃないでしょ? 国っていうのは上は王様から下は平民までの全てによって支えられ、動かされる『生き物』だってボクは教わったけどね?」
それを聞いたノルマンは一瞬呆然とした表情になるが、首を振って笑い飛ばす。
「国の民全てを啓蒙せよとでも? 其の方やハルツが懇意にしているあの老人あたりが、好んで口にしそうな妄言だな、馬鹿馬鹿しい!」
「まあ確かに、妄言だろうねえ……今のこの国にとっては」
気にした風もないマコトの態度に、一瞬何か言いたげな表情になったノルマンだったが、結局は無言のまま背後に控えた部下を伴い、その場を去っていった。
それを見送るマコトは、溜息をついて小声でつぶやいた。
「…啓蒙ってほど大げさな代物でなくていい、ただ一緒の船に乗っているんだと、みんなが理解すればそれでいいんだと思うけどな」
「…相も変わらず小癪な奴だ」
城へと戻る途中にノルマンはそう零す。
それを聞きとがめた配下が恐る恐る上司に尋ねた。
「何故あの娘をあのように放置しておくのですか? いっその事…」
「いっその事どうしろというのだ? 斬り捨てろとでも言いたいか?」
「いえ!ですがしかし、いずれあの方の障害となるようなら、たとえ取り囲んででも…」
「…それで何とか出来る相手であれば、二年前に私やヒース卿が始末をつけている」
「は…」
「それにだ、下手な形であの娘を排除すれば、敵に回るのはハルツとその主君だけではないと思え。 場合によってはアリーネ殿や第一騎士団までもが我らの敵となるのだぞ?」
「それは!…そこまでの人望があの小娘にあると?」
「二年前に何があったか忘れた訳ではあるまい? あの娘には下手に手を出さないことだ」
そう言った後、ノルマンは城に戻るまで無言を貫いた。
その晩のゴンベエは、誰も見たことのない貝のスープを客に出した。
「美味い!信じられねえ!!これがあのうざったい厄介物で作ったって!?」
そう叫ぶのは昼間、港でゴロツキたちを相手に息巻いていた網元の息子ジャンだ。
「ありがとねジャン、みんなで手分けしてこれを集めてくれたから助かったよ」
「気にするなよマコト!俺の方こそあぶねえところを助けてもらったんだ、これくらいのことは当然だぜ」
ジャンの言うように、一触即発の危機を回避してくれたマコトへの礼もあって、彼女が欲しいといった『食材』を彼とその配下たちが獲ってくれたのだった。
「なあマコト、この貝とスープ…すごく美味いんだが、一体何の貝なんだ?」
「ああ、そういえば俺もこんな貝は見たことがねえな」
ハルツやゴドーといった常連客たちから一体なんだと聞かれ、マコトとジャンは苦笑する。
「これはフジツボ、この辺りではポッツ貝って言うんだっけ?それをでダシを取ったスープだよ」
それを聞いた全員が目を丸くした。
「ポッツ貝って…オイ?あの船の下とか岩礁にこびりついてるアレか?」
「あの水ゴケまみれのアレか?アレがこんなに綺麗で美味い料理になるだと?」
「おいおい…あり得ねえだろそんな」
「こんなに美味いのなら、なんで今まで誰も料理にしなかったんだ?」
「そりゃあ普通に海辺にあるポッツ貝は見た目も汚いし、食べてみた人もあまりいなかったからでしょ? でもちゃんとキレイに洗って、色々工夫すれば美味しい料理になるんだよ」
マコトの説明を聞いて納得する者、首をかしげる者など反応は様々だった。
「しっかし改めて見てもこんなに綺麗になるなんてなあ…あの薄汚れたポッツ貝がよ」
「俺だって驚いたさ、普段いくらでも見慣れた船にへばりつく厄介物なのになあ…」
つくづく意外だと言うハルツとジャンの様子にマコトは苦笑する。
「人も食べ物も同じってことでしょ? 磨けば光るし、工夫を重ねれば味も出る……誰かさんたちみたいにさ」
そう言われた二人は、そろって首をすくめて苦笑いを浮かべる。
二年前、それぞれがゴロツキ同然の生き方をしていた時に、その生き方を変えさせてくれたのは、目の前の少女だったことを思いだしたのかもしれない。
「ところでなマコトよ、今日の昼間にノルマンの旦那と顔を合わせたって?」
「うん、久しぶりに会ったけど相変わらずだねあの人」
笑って答えるマコトの様子にハルツはげんなりとした顔になる。
「おめえはよお…機会さえあれば自分の首を切り落とすことを考えてる奴に遭ってそれかよ」
「別にそんな心配はないと思うけどな? 少なくとも今のあの人に、ボクをどうこうしようなんて気はない様子だったし」
「だったらいいんだが気をつけろよ? 他の有象無象なんざお前の敵じゃないと思うが、あの男だけは油断しない方がいいぞ?」
「分かってるけど、たぶん大丈夫だよ。 あの人も今はボクのことなんて気にかけてる場合じゃないって、そう思ってるみたいだったし」
「まあ…な、まだまだこの国は内患外憂って奴の尽きる気配がないんでな」
この国の動乱は二年前に収まった。
だがその残り火は王都や人々の中に残り、今も燻り続けているのだ。
第2話 終わり




