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ゴンベエ ―勇者の居場所―  作者: 日本酒亭
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第1話:居酒屋『ゴンベエ』

 王都は多種多様な人間が行き交う人の坩堝だ。

 王国の騎士、兵士、職人、商人、地方や国外からくる行商人やあるいは仕事を求める者たち…

 そしてそんな大勢の人間を泊めたり、食べさせたりするための宿や店もまた多い。

 その片隅にある職人たちの街、そこにも一軒の酒場がある。

 店の名は『ゴンベエ』、どこの言葉か名前かもわからない、変わった店名だ。


「ただいまー…って、なんでハルツがいるのさ?」

「何ではねえだろうがマコトよ!この辺にチョイと用事があったから、ついでに寄ったんだよ」

「いいのかなー? 第十三騎士団の団長さんがこんなところで油売ってて」

「構いやしねえよ。他の御立派な騎士団と違って俺らは寄せ集めの何でも屋騎士団なんだしよ」


 店に戻って来た店主に向かって肩をすくめた男、ハルツは2年前に新設された王国第十三騎士団の団長であり、この店の店主であるマコトの友人でもあった。


「もう、せっかく正式な騎士どころか騎士団長にまでなれたんだから、あんまり羽目ばかり外して元の木阿弥に戻っても知らないからね?」

「そりゃオメエにだけは言われたくねえな?本来俺より「上」にいてもおかしくなかったはずの奴が、何でここで酒場なんぞやってるんだろうなあ?」

「決まってるでしょ、ボクがそれを望んだからだよ!」


 堂々と胸を張って答えるマコトにハルツは皮肉な目を向ける。


「…貧相な胸を張っても仕方ないと思うぞ?」

「ナイチチで悪かったね‼」(ごきっ‼)



 言い忘れたが、マコトはうら若き乙女なのだ。



「それで、この辺りに何か騎士団が来る用事とかあったっけ?」


 拳を叩きこまれてのたうつハルツを見下ろしながら、まだ少し怒った顔でマコトが聞く。


「いてててて…もうちょっと加減しろや……イヤな、最近王都の中で金持ちを狙う盗賊団が出ていてよ、そいつらの探索に俺たちも狩り出されているって訳さ」

「ああ、そういえば店にくる人がそんな話をしてたっけ?ボクたちが住んでるこの辺には、あまり関りのなさそうな話だと思ったけど」

「まあな、連中の狙いは豪商やら地主の住んでるあたりだし、この職人街には関係ねえ話だと思っていたんだがな…」

「それが出てきたと?」

「ああ、どうやら連中が捕まらないのは、この辺を中継して逃げる抜け道があるんじゃないかってな」

「…ふうん?そりゃ確かにこの辺は入り組んでいるけど、ここに来るまでに見つかるんじゃないの?」

「それがなあ、どうも地下水道を使ってここらの何処かに逃げ込んでいるんじゃないかと…」


 王都の地下水道は大昔に作られた地下都市を流れる川であり、現在の王都の下水道の役割も果たしている。

 その構造は縦横無尽であり、正確な図面は存在していなかった。


「なるほどねえ、この辺なら空き家もあれば素性の知れない人間の住みやすい家も結構多いもんね」

「そういうことだ、だからこの近くに見張りを置いて、盗みのあった夜に何かおかしい動きをする奴がいないか見張ろうって訳さ」

「それじゃあここにも飲み食いに…って、仕事中じゃダメだよね」

「まあな、息抜き程度なら構わんと言っておいたが、羽目を外す奴がいたら容赦なくたたき出してくれ」


 そう言って笑いながらハルツは店を出ていった。



「まったく相変わらずだなあハルツってば…相手していてもらってありがとうね、ライザ」

「気にしないでちょうだいマコト、騎士団長様は顔見知りですもの」


 マコトに答えた若い女…ライザはこの店の給仕であり、マコトの同居人だ。


「でもまあハルツはああ見えても一応紳士だから、ライザに手を出したりしないだろうけどさ」

「もうマコトったら…そういうあなたこそ誰かいい方はいらっしゃらないの?」

「いないってばそんなもの…ライザがいるけどね」(笑)

「全くこの子は…着飾ってお化粧もすればとても可愛いのに」


 ライザの言うとおり、マコトは化粧をすれば驚くほどの美少女になる。

 ただし何もしなければむしろ凛々しい美少年に見えてしまうのだが。





 陽が傾き、夕暮れ時になると酒場の灯りがつく。


「うめえ…この肉を炒めた奴は酒に合うな」

「気に入ってくれたかな、ゴドーさん?」

「ああ、こんなうめえもんを食えるとはなあ」


 店の常連で木工職人のゴドーが料理の味を誉めると、マコトは嬉しそうに顔をほころばせた。

 この年老いた偏屈な職人は酒や料理も偏屈な顔のままで味わい、滅多にほめることはない。

 だからこそ美味いと言えばそれはお世辞ではなく美味いのだ。


「ところでさゴドーさん、最近夜中に何か物音とか聞いたことない?」

「ああ…?そうさな、言われてみれば夜の夜中に家の近くで、何かごそごそする音を何度か聞いたかな…?」

「ゴドーさんの家ってこの先の突き当り手前だったよね?」

「ああ、あんなところで夜中に何してるんだと思うんだが…そういえばすぐ近所の空き家に最近越してきた連中がいたかな」

「へえー、何してる人たちなの?」

「さあな? どの道この辺に流れてくるなんざ、大方どこぞで身ぐるみ剥がれた負け犬どもの類じゃねえかな?」

「あはは、自分だってこの辺に住んでるくせによく言うよ」

「ふん、違えねえな」(笑)


 そう言って笑うゴドーの顔から視線をそらしたマコトの目が、別の客の視線と合わさる。

 その客は小さくうなずくと杯に残った酒を飲み干し、代金を払って店から出ていった。






 夜も更け、酒場や娼婦宿の灯りも消えてしまうと、職人街はほぼ暗闇に閉ざされる。

 灯りもほとんど届かず人気が全くない通りの片隅で、何かがごとりと音を立てた。


「しっ、音をさせるな!」

「…大丈夫だ、誰もおらん」


 押し殺したような小声とともに数人の人影が路上に現れる。

 いくつもの荷袋を持ち、周囲を警戒するように目を配りながら、すぐ近くにある一軒家へと歩き出したその時…


「ようやく見つけたぜ」

「ツッ!誰だ⁉」


 驚く男たちの前に姿を現したのはハルツだった。


「散々てこずらせてくれたじゃねえか、コソ泥さんたちよ?」

「この男…あの寄せ集め騎士団の隊長か!」

「なんだと?あの成り上がり者か‼」

「ずいぶんな言い草じゃねえか(笑)確かに俺は寄せ集め騎士団の成り上がり団長だがよ、コソ泥共にそこまで言われる筋合いはねえんだがな……それとも何かい?お前さんたちはお天道様の下ではそれなりに名前の通った身分でもあるのかい? それはそれで不味いんじゃねえかなあ、あん?」


 不審者でありながら自分や騎士団を侮蔑するような言葉を吐く相手に対して、怒るどころかむしろ上機嫌な表情でそう言い返すハルツの言葉に、男たちは強張った。


「おいおい、ちょいと図星を突かれた程度でそんなに固まっちまうことはねえだろうが?」


 嘲るような言葉に、男たちの中の一人が我慢の限界に達する。


「ふざけるなこの成り上がり者があああああ‼‼‼」

「ふざけてるのはお前らだろうが、クズが」


 吐き捨てるような言葉とともに、抜き放ったハルツの剣が襲い掛かって来た男を切り伏せた。


「き、貴様ぁ‼」

「よせ!とにかく逃げるんだ‼」


「逃がさねえよ」


 ハルツの合図と共に物陰から出てきた20人を超える男たちによって、逃げようとした盗賊たちは次々に捕縛される。


「どけ! 穢らわしい成り上がりの雑兵どもが‼」


 そう叫んで盗賊の首魁と思われる男が剣を左右に振り回して包囲網を抜け出そうと走る。

 その前方に小さな影が立っていた。


「うるさいなあもう…夜中に近所迷惑だろ?」

「すまねえなマコト、そいつを引っ括れば今夜の捕り物はおしまいだ」

「小僧!どけ!!死にたいか⁉」


 剣をかざして威嚇する男に向かってマコトも構える……木の棒を。


「な! 小僧!キサマふざけているのか⁉」

「ふざけてるのはそっちでしょ?これ以上暴れられたら近所迷惑だから大人しくしてもらうよ」


 特に気負うでもなく木の棒を構えて淡々とそう言う姿に、男は怒りを込めて切りかかる。


「舐めおって!騎士の剣がそのような物で防げるか‼」

「…防げるけど、それが何か?」


 次の瞬間、男は自分の利き腕に衝撃が走り、剣を落としていることに気がついた。


「…な、何をした?」

「見てわからないのかな? 腕を叩いて剣を落とさせたんだよ」

「ふ…ふざけるなっ……!」


 急いで剣を取り直そうとした男の脳天に雷が落ちたような痛みが襲い、そのまま崩れ落ちた。


「…だからふざけてるのはそっちでしょ? 立ち合いの最中に相手から注意を逸らしてどうするのさ?」


 心底呆れたようなマコトの言葉は、気を失った男の耳には届いてはいなかっただろう。






 翌日、マコトの店『ゴンベエ』に昨夜の礼だと言ってハルツが訪れていた。


「それで、結局あの盗賊たちの素性は分かったの?」

「ああ、なんと驚いたことにかのボーマン伯爵家の御一門…しかも首領は当主の甥ときたもんだ」

    

 言葉とは裏腹に、驚くことなど何もないというような顔と口調でハルツは語る。

 聞いているマコトの方が、どちらかといえばあきれ果てた顔である。


「なんだってまた、そんな御立派な家の人が…?」

「まあアレだ、2年前のゴタゴタの時に色々と余計な仕掛けをやりすぎたんだな」

「ふうん?」

「そん時は今みたいになるとは思わなかったお陰で、先行投資って奴がすっかり焦げ付いちまったらしい」

「ははあ…あの二人の内、どっちかに確定すると踏んでいた訳か」

「ああ、それで借金までしてつぎ込んだ金が元手すら回収できないとなって、債権者から責め立てられていたそうだ」

「それで強盗稼業に手を染めたのか、馬鹿だねえ……って、そういう相手だとまたハルツへの風当たりがキツくなるんじゃないかな?」


 少し心配そうに言うマコトの言葉に、ハルツは笑って首を振る。


「ああそりゃあ別に心配ねえよ。 今回の件では第一騎士団長…アルスター侯爵殿が容赦なく厳しい処分で臨むべきと言っているし、ヴォルフの奴だけじゃなくあのレイス公までもがそれを支持してるからな」

「ああ、あの三人が意見を揃えれば誰も異論なんか言えないか」

「まあそれでも分からん連中の恨み節なんぞ、それこそ今更だからな」


 からからと笑うハルツにマコトも苦笑するしかなかった。

 このハルツという男は、騎士の家に生まれながら父親の不運で幼い頃より辛酸を舐め、2年前に王国を揺るがした内紛で、大手柄を上げたことによって出世した『成り上がり者』だ。

 不遇な身の上にも関わらず、その明るい人柄と公正さを慕い信頼する者たちが多い反面、彼の出世栄達を憎み排除したいと思う人間も少なくはない。

 またぞろそうした連中の恨みや妬みの買うのではと心配だったが、本人は気にもしていないようだ。


「さてと、それじゃこれはお前の取り分だぜマコト?」


 そう言ってハルツがテーブルの上に置いた革袋を、マコトは困り顔で見る。


「…いらない。 別に何もしていないんだし」

「馬鹿野郎、お前が色々気を配ったり手伝ってくれたから、手っ取り早くけが人も出ずに済んだんだろうが? アルスター団長殿からも、捕縛に携わった全員に報いるようにと言われてるんだしな」

「だってどう見ても多すぎるじゃないか、第一こんな大金をボクがもらってどうするのさ?」


 革袋の中に入っているのは銅貨ではなく、置かれた時の音からして銀貨だろう。


「いいから受け取っておけよ。 ヴォルフとアルスター候からの心付けも込みでな」

「はあ…もうあの二人は…」


 困り顔で溜息をつくマコトに今度はハルツが苦笑する。


「まったくお前は……別にいいだろう? 確か砂糖や胡椒が欲しいけど高くて買えないって言ってたじゃねえか? それを買う金が手に入ったと思えばよ」

「…ま、そうだね。それじゃあお店で出す料理のために使わせてもらおうかな」

「ついでにライザとお前の化粧品や着物も買ったらどうだ?」

「ふ~~ん、そういう物はハルツが買ってライザにプレゼントしたら~?」


 悪戯っぽい口調で言われたハルツだが、難しい顔で首を振る。


「そりゃダメだ。自分じゃなくてマコトに贈ってくれって、いつも言われてるんでな」

「ライザってば…もう」

「事情は分からんが、彼女も二年前の“犠牲者”なのかねえ?」

「たぶんね…ライザのように行く場所を失ったり、今回みたいに汚れ道に堕ちたりしてる人間はまだまだ多いんだろうね」

「…それをお前が気に病む必要はねえと思うがな?」

「そりゃあね…ただ昨日の連中みたいなのはともかく、ライザみたいな人がたくさんいると思うとちょっとやり切れないだけだよ」

「それこそお前が気に病むことじゃねえさ…ところでマコトよ? せっかく金が入ったんだから今夜の料理は少しは豪勢に出来るよな?」

「そりゃあもちろんだけど…?」

「ウチの連中は酒場の一軒や二軒じゃあ足りねえんでな、今夜は大勢でお邪魔すると思うぜ?」

「はいはい、そっちは任せておいて。今夜は内臓の煮込みがたっぷりあるからね」



 それじゃあなと言ってハルツは店を出ていった。

 少しの間なにか想うような顔をしていたマコトだったが、顔を上げて仕事に取り掛かる。


 今夜はきっと大勢の客が来るだろうし、昨夜の騒ぎについてゴドーに色々聞かれるだろう。

 自分の仕事は彼らに美味い酒と料理を提供することなのだ。




 第1話 終わり


 

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