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ゴンベエ ―勇者の居場所―  作者: 日本酒亭
12/13

第10話:強さと弱さと(後編)


 ハンペンは啼きながら疾走する。

 それは彼にとって、生まれて始めての必死の全力疾走だった。

 そしてハンペンには全力で走らなくてはならない理由がある。

 少しでも速度を緩めると途端に叩き込まれる、マリナの鞭がその理由だった。


「急ぐのよハンペン! もっと疾く! 全力で走りなさい‼」


 とっくに全力で走ってますと、抗議の嘶きを上げてもマリナの叱咤は止まらない。


「アンタが間に合わなきゃこの国は終わりなのよ!そしたらアンタの運命は馬肉の干物よ!!」

 

 そう言ってマリナは、またハンペンに鞭を入れる。

 悲痛な嘶きを上げながら、白馬は王都へと疾走して行った。







「閣下! 前方から誰か来ます!」


 険しい岩山の崖路を進む公国軍の先頭から報告を受けたデルファーは、一瞬だけ顔を顰めた。


「一人か? それとも複数か?」

「一人のようであります!」

「…子供? いや、何か違うな」


 やがてその『子供』はデルファーたち一行の前に立ち止まり、彼らに声をかけた。


「どこに行くつもり?」


 その声を聞いたデルファーは、理由もなく背筋が冷たくなるのを自覚する。

 目の前にいるのはどう見ても、騎士ならまだ元服前の子供だろう。

 声も子供の…子供にしては何処か冷静な声だった。

 なのに何故か、歴戦の雄としての感が告げるのだ この子供は危険だ と。

 だが彼の部下は気付かなかった。


「小僧…気の毒だが我らを見られた以上、生かしてはおけん‼」


 その言葉とともに部下の一人が斬りかかる。

 次の瞬間、デルファーたちは信じられない物を見た。

 

「ぐわっ…!」


 斬りつけられた切っ先を紙一重でかわした子供が、相手の手首をねじって放り投げたのだ。

 そしてその子供の手には、投げた兵士の剣が握られていた。


「さて…次は誰かな?」


 一切取り乱さず、静かにそう言った相手の様子にデルファーは確信する。


「…お前が勇者か!」

「その呼び名は好きじゃないんだけどね」


 デルファーは内心で臍を噛む。 王都攻略において、場合によっては最も手強いとされた難敵と、よりにもよってここで遭遇するとは思わなかったのだ。


「道を開けろ勇者よ! 貴様は王国の臣ではなかろう? これは王国の正統な王を決める戦いなのだ‼」

「ふーん…それで? それがどうかしたの?」

「なに…⁉」

「ボクにとっては王国の玉座も、そこに誰が座るのかも特に関心はないよ」

「ならば…「だけどさ」…!」

「あなたたちがこれから王都に行って殺そうとしてるのは、ボクの友達とその父親なんだよね?」

「……」

「王様が誰になろうが関係はないけど、友達が殺されるのを黙って見てるわけには行かないね」


 そう言ってマコトは、ゆっくりと剣を構える。

 それを見て、デルファーもまた自分の剣を抜き放つ。

 

「へえ…なんかすごい剣だね」

「この剣は聖剣ダングレイブだ。 王を決める戦において玉座を簒奪する者を斬り、正統な王をその座に就けるための剣! そしてこのデルファーは王に代わってこの剣を振るう事を許された聖剣将軍! この切っ先を阻もうとする者は何者であろうと切り捨てる‼」、

「あー、そう言えばハルツたちから聞いたかなあ…確か昔、王国が二つに割れた時に、今の公国の御先祖が持ち逃げしたんだっけ、その剣?」

「黙れ! 今の王国の王家が不当に国を簒奪したのだ! 我らはそれを糺すべくここにいるのだ!」


 熱弁を振るうデルファーに対してマコトの表情は…これ以上はないほどに醒めていた。

 王国と公国のどちらに正統性があるかなど、自分に分かるはずもない。

 分かるのは目の前の男が、一国の将でありながら不意打ちで王都の王宮に侵入して、王と王子を暗殺しようとしていることだ。

 それで何をどう糺せるのかは知らないが、自分の友人とその父親の命に替えられる物だとは、とうてい思えなかった。

 まして王都に公国の軍勢が押し寄せて征服されたら、そこに住む人々はどうなるか?

 少なくとも今の王家を支持する者たちが無事で済むとは思えない。

 ならば自分は、こうするしかない。

 

 ゆっくりとマコトの表情が引き締まる……静かで、そしてどこか冷たさを感じさせる顔に。

 それを見たデルファーも、これ以上言葉は不要と判断する。


(勇者とやらがどれほど腕前かは知らん…いや、今しがた見た技だけでも確かに相当なものではあるのだろう…だがしかし兵から奪った剣如きで、このデルファーの技と聖剣の剣撃に勝てるはずもない!)

 

 自分の敗北はあり得ないとの自信のもと、デルファーはゆっくりとマコトとの間合いを詰める。

 そしてマコトは、静かに剣を構えたまま相手の接近を見守っていた。


(私の初太刀を見切って斬り込むつもりか! 舐めるな小僧‼)


 必殺の気合を込めた雄たけびとともに、デルファーの剣はふり降ろされた……マコトが逃げると先読みした位置に。

 だがその剣は空を切り   そして、腕ごとデルファーから離れて落ちた。


「ぐああああっ!!!」


 驚愕と激痛によって叫ぶデルファーには、今の一瞬に起きた出来事が分からなかった…いや、信じられなかった。

 相手が自分の剣を避けると見切った方向に剣を向けたはずが、逆に紙一重でそれを見切られ、懐に入られたと同時に、剣を持つ腕を斬り落とされたのだ。


「馬鹿なっ! 人の、人間の速さでっ…今の…今の業を……ッッ!」

「そんな御大層なものじゃない。 コツさえ覚えれば誰にだって出来ることさ」


 得意げな様子もなく、何処か淡々とした口調でそう語るマコトを見たデルファーは、初めて心底からの恐怖を覚えた。

 これは一体何なのか…自分は一体何者を相手にしているのか?

 デルファーの頭の中は、恐れと混乱で満たされていた。

 そのデルファーの鼻先に剣が突きつけられる。 

 先ほどまで自分が手にしていた 聖剣ダングレイブ が。


「命は取らないからさっさと帰ってくれないかな? あと、伝言も一緒にお願いしたいし」


 心底面倒くさいといった口調でそう言うマコトの姿を、何処か非現実的な悪夢でも見ているようにデルファーは感じていた…






 今夜にも来るだろう国王暗殺の刺客たちを迎え入れるため、配下の者とともに王宮に入ったエルウィンド伯爵は…驚愕していた。

 彼は自分が直面している現実が信じられなかった。


「…これは、これは一体どういう事です! レイス公! ノルマン卿‼」

「どういう事…? 見て分からんのか? 逆族を包囲しているのだよ」

「な…何故…」 

「何故? 王と王子を暗殺し、国を乗っ取ろうと図る謀反人を捕える事が不思議だと?」


 自分の見ていた…いや、信じていた『現実』を根底から打ち砕くレイス公爵の言葉に、エルウィンド伯爵は眩暈を起こしたような顔になる。

 そんな彼に追い打ちをかけたのは、呆れ果てた顔のヴォルフ王子だった。


「全く…愚かというか、お目出度いにもほどがあるだろう?」

「…な!」

「王宮を急襲して僕と父上を殺し、レイス公を祭り上げて国を乗っ取る? それで本当にこの国が治まると信じていたのかお前たちは?」

「何が…何が分かるというのだ! 貴様のような出来損ない王子に!」


 激昂したエルウィンド伯が暴言を浴びせるが、ヴォルフ王子は怒りもせず苦笑するだけだ。


「ああ、確かに僕は出来損ないの駄目王子だけどね、そんな駄目王子でさえお前たちの企みの末路は分かるんだよ」

「なに…?」

「仮にここで僕たちを殺してレイス公を祭り上げたとしてだ、一体どれだけの人間がついて来ると思ってたんだ?」

「何を戯けたことを! 王位継承者が一人しかいなくなるのだぞ? 嫌も応もなかろうが!」


 そう吠えたてるエルウィンド伯の言葉を、大貴族の一人であるレプス候が否定する。


「馬鹿を言うな。 そんな不当な手段で玉座に座った王など、一体誰が崇めると言うのだ? 仮に表面上は何とか治まったとしても、すぐさま不満や怨みを抱く者たちによって謀反が起きるは必定。 まして公国は、自分たちでこの王都を制圧する腹積もりだったのだろう? 何故彼らが王位継承者の最後の一人を生かしておくと思ったのだ?」

「そ…それは…」


 そう言われて口ごもるエルウィンド伯に、第十三騎士団長ハルツがトドメの言葉を突き刺す。


「ま、ようやく御自分が間抜けな道化だと気付いたのなら、さっさと剣を捨てて大人しくしてもらいましょうか?」


 その言葉で、エルウィンド伯は理性の殻を突き破った。


「ふざけるな! この成り上がり者がああああああ!!!!!!!!!」

「……だから間抜けな道化だと言うんだ」


 ハルツがその言葉を言い終えた時、既にエルウィンド伯は剣を抜き放った姿勢のまま…首から上が床に転がっていた。

 

 マリナとハンペンが王宮に駆けこんだのは、ちょうどその直後であった。






 その日の夜、マコトは王宮の奥で王の前にいた。

 ヴォルフやハルツ、レイス公らもおらず、いるのは王とマコト、宰相、アルスター候の四人だけだった。


「此度のこと、まことに大義であった」

「気にしないで。 ヴォルフとあなたが殺されるのを、黙って見てられなかっただけだから」


 単に、友人とその父親が殺されそうになるのを止めただけだ…と言ってのけるマコトに、宰相の眉は吊り上がり、アルスター候は小さく噴き出した。

 国王も一瞬だけ目を丸くした後、くつくつと嗤い出す。


「それだけ…か。 確かに、其の方にとってはそれだけの話であったな」


 かつて自分の…いや、息子の騎士として迎えようとしたが、本人は騎士になる気など更々なく、その後市井の片隅で居酒屋を開いた風変りな『勇者』…その在り様はいささかも変わっていない。


(だが、だからこそ欲しい。 我が息子ヴォルフの『剣』として)


 王として以上に子を持つ父親として、彼はマコトに騎士となって欲しかった。

 形式上の礼節ではなく、真摯な心とその剣の技で息子を支える騎士として。


「此度そなたが敵から取り上げた聖剣、あれを取り戻した功は実に大きい」

「あー、なんか国だったか王座だったかの正統性が云々って、難しい話をしてたやつね」

「うむ、あの剣を所持していることはこの国にとって、そして公国にとっても実に重い意味を持っていてな」

「ボクの故郷にも似たような剣はあったかな? 敵に奪われないために赤ん坊の帝と一緒に、剣を抱いて海に飛び込んだりして…そこまでするかなあホント?」


 付き合いきれないとでも言いたげな憮然とした表情で呟くマコトを、むしろ王と他の二人が面白い生き物でもいるかのように見つめる。


「まあ其の方には納得いかずとも、それが王権に係る者の常識であろう。 むしろあのデルファーが、よくも剣を奪われておきながら大人しく退いたものだな?」

「…脅しが効いたのかな?」

「ほう? 一体何と言って脅したのだ?」

「大したことじゃないけどね、これ以上戦争したいならこっちから公国に出向いて、この剣で公国の王様…大公だっけ? それと重臣たちの鼻を切り落とすよ…ってね」


 それを聞いた三人は今度こそ一斉に噴き出した。


「く! くはははは! それは…それはまた何と…!」

「鼻を削ぐとは…またなんとも」

「いやまあ…それは確かに効果的であろうがな」


 腹を抱える国王と、何とも言えない顔になる宰相と騎士団長だった。

 だが次にマコトが口にした言葉で押し黙る。


「ボクの剣の師匠が言ってたんだけど、大体において偉い男は、顔に刀傷があればそれを見せびらかしたがるけど、鼻が切り落とされれば人前に出るのをやめるって」


「う……」「ぐ……」「……ふむ」

「おかしいよねえ? どっちも顔の刀傷なのにさ?」


 ぐうの音も出ないとはこのことだろう。


「…さてそれでだ、流石に今回の大功に対して何の褒美も与えずと言う訳にはいかん。 其の方は特に地位も身分も必用ないと常々言っておるが、此度ばかりは何も与えなければ王としての公正さが疑われるのでな」


 気を取り直してそう告げる王に、マコトの方は迷惑そうな顔を隠そうともしない。


「そんなこと言われてもボクだって困るよ。 大体地位とか身分とかもらっても、ボクに務まるとは思えないし」

「案ずるな、地位や身分ではないからな」

「…えーと、それじゃ一体?」

「聖剣ダングレイブの担い手だ」

「はあ⁉」「陛下⁉」「…なるほど」 

 

 王の言葉にマコトと宰相は目を剥き、一人アルスター公爵だけが得心して頷く。


「いやいやいや王様、冗談はやめようよ? アレって王家の象徴だか証明だか、とにかくすごい値打ち物なんでしょ? そんなのボクに与えてどうしようってのさ? 大体ボクがもらっても、あんなすごい剣を持ってることも出来なきゃ保管する場所だってないんだよ?」

「案ずるな、保管は王家がするのでな」

「…はい?」


 きょとんと首を傾げるマコトに、苦笑を噛み殺してアルスター候が説明する。


「つまり剣の所有は王家がするが、その剣を振るう担い手として其方の名前を記録し、それを公表するということだ」

「えーと、つまり一種の名誉職みたいなものかな?」

「そういうことだな」

「いや、それだけではない」

「はい?」「陛下?」


 訝し気な顔になるマコトとアルスター候に、国王はニヤリと悪い笑みを見せる。


「勇者よ、其の方は言ったのだな? もしこれ以上戦を戦うのであれば、聖剣を持って公国に赴き大公と重臣共の鼻を削ぐ…と」

「そりゃ確かに言ったけど…あ!」


 そこまで言ってマコトは『しまった!』という顔になる。

 うっかりとんでもない事を言ってしまったと気付いたのだ。


「案ずるな、何も本当にやれとは言っておらん。 もしまた公国が戦を仕掛けて来たなら、我が軍勢の先頭に立ち、ダングレイブを振りかざすだけでよい。 それだけで我が方の士気は上がり、向こうはたじろぐであろうからな」

「王様…謀ったね?」

「何を言うか人聞きの悪い(笑) 其の方が自ら言い出したことであろう?」


 悪人じみた笑みを浮かべる国王をジト目で睨むマコトだったが、これはもう自分で掘った墓穴だと諦めることにした。


「分かったよ、でも軍勢の前に立ってってのは勘弁してよね? もし戦になったらもっと簡単に終わらせる方法を取るからさ」

「ほう? 一体どんな手段があるのだ?」

「どんなって、だから言った通りにするだけだけど?」

「なに…?」


 ぎょっとした顔になる王と宰相、騎士団長に向かって、マコトはこともなげに言う。


「予告した通り公国のお城に行って、大公さんと重臣の鼻先に聖剣を突きつけるんだよ。 まあ実際に鼻を切り落とすかどうかは、和平に応じるかどうかを聞いてからでもいいと思うけどさ?」


 三人は、石を飲み込んだような顔になった。

 国王は、自分たちが聞いた言葉の内容を頭の中で反芻した後、恐る恐るマコトに尋ねる。


「…出来るのかそれが? 本当に?」 

「別にそんなに難しいことじゃないでしょ? そりゃ公国のお城が、ここの十倍も厳重な警備を敷いているなら、少しは難しくはなると思うけど」

「……」「……」「……」


 誰も何も言わなかった。 何か言おうにも、言葉が出て来なかったのだ。


「ところで王様?」

「…む、何かな?」

「ここまで無理を聞いたんだから、ボクのお願いもちょっと聞いてもらえないかな?」

「ほう? 何か別の褒美が欲しいと申すか? 一体何が望みだ?」


 この『勇者』から好意を得られるのなら、大抵の無理は聞いても構わないだろう。

 そう考えた国王は、マコトからの『お願い』は何か?と聞いて   目が点になった。





 数日後、王都では公国の侵略を退けた祝いの祭が催された。

 王宮では盛大な晩餐と舞踏会が催され、街の中では王家と騎士団を称える歓呼とともに出店が並び、祝いの料理がふるまわれる。

 そしてそれは、マコトたちが住む職人街でも同じであった。

 街の通りに料理と宴席の場を作り、そこで職人街の住人たちが群れをなしていた。


「見事一太刀で敵将デルファーを倒した勇者は、王家の正統な証たる聖剣ダングレイブを取り返す♪ これを天晴と王は讃え、新たな聖剣の主として勇者を指名するのであった~~~♪」


(…何でそこまで詳しいんだろうねえ?)


 まだ世間には公表されていない話を、さも当然の如く弾き語る吟遊詩人ホラフキンの声を聞きながら、マコトは頭の中でそうぼやく。

 一方でその他大勢の客たちは、なんとも目出度い最新の英雄譚にすっかり聞きいっていた。

 職人街の住人たちだけではない、ハルツとその部下たちやライザまでもが拍手喝采を送っているのに、さすがのマコトもげんなりする。


「ハールーツー、こんな所で油売っててもいいの? 今夜はお城の舞踏会でしょ?」 

「馬鹿ぬかせ、誰があんな着飾って踊るような所に行くかってんだよ? 陛下のありがたーいお言葉はちゃんと聞いたし、俺たちはみだし騎士団の仕事はそこまでだ。 まあ後で城の警備とかを交代で務めなきゃならんから、酒はあまり呑めねえがな」

「だよねえ、それじゃ料理の方を楽しんでもらおうかな?」

「おう、待ってたぜ! 今夜は一体どんな料理を出してくれるんだ?」

「じゃあ、まずはこれどうぞ」


 そう言ってマコトが差し出したのは、つい今しがた油の鍋から揚げた物だ。

 何やら薄黄色の、ふわふわした衣で包まれた揚げ物だった。


「ふうん………こりゃ美味え! 中に入ってるのは魚か?」

「うん、他にもエビとか貝とか野菜もあるよ?」

「むふう、こんな美味い料理があるとはなあ…一体何て料理だ?」

「天ぷらって言うんだ。 水と玉子と麦粉で衣を作って、油で揚げるんだよ」

「ふうん、いやホントに美味いぜこりゃ」


 むしゃむしゃと天ぷらを頬張るハルツを嬉しそうに見た後、マコトは山盛りの皿を持って唄い終えたホラフキンの所に行く。


「ご苦労様、はいこれ食べてみて」

「うっほう♪ こりゃまたたっぷりじゃねえか!」


 大喜びのホラフキンだが、にっこり笑ってマコトは釘を刺す。


「あなたの分だけじゃないよ?」

「へ?」

「その影に隠れてる二人の分も、足しておいたからね?」

「……こりゃまいった、ありがとうよ」

(ありがたやー)(あーりーがーたーやー)


 ニヤリと笑って皿を受け取るホラフキンの背後から、聞き取れないほどにかすかな声がした。

 




「…しかしマコトよ?」

「え? なに、ゴドーさん?」


 ひとしきり料理が回った様子を見ていたマコトに、常連客のゴドーが声をかけた。


「これだけの料理を、タダで振舞ってくれるとはありがたいが…お前さんの懐は大丈夫なのか?」

「ああそれは大丈夫、材料も調味料もそれから鍋も全部、タダで手に入ったからさ」

「ほう? 一体どうやってだ?」

「野菜や魚はアビーさんやジャンの親父さんが出してくれたし、調味料や大鍋は王宮の台所からもらって来たからね」

「はあ⁉ 王宮だあ⁉」

 

 思わず大声になるゴドーに、周囲の人間も何だ何だと聞き耳を立てる。

 しまったという顔になったマコトに、ハルツが助け船を出した。


「いやそれがな、今回の騒動でたまたまコイツが手伝いやら何やらで働いてくれてよ、それが王様の耳に入ったところ、何か褒美をやろうって話になってな」

「うん! それでこの大鍋とか油鍋とか調味料とかをもらって来ちゃったんだ…あはははは」


 冷や汗をかきながらそう説明するマコトに、一体どんな働きをしたらそんな褒美を王様がくれるのかとゴドーは首を傾げた。


「あ、そうだ! そろそろ大鍋の方もいい感じに煮えた頃かな?」

 

 慌てて大鍋の方に向かうマコトを見ながら、ハルツは大きなため息をつく。

 本当なら鍋どころではない、もっと価値のある褒美をもらえた…いや、要求する資格があったはずなのだと。

 だが彼女は、マコトはそんな物は何も欲しがらずに、今夜の料理に必用なものだけを求めた。

 潔い…と思う。 気高い…とさえ思う。 だがしかし、あまりに報われないのではないか?

 そんなことを思うハルツの背後から、よく知った声がかけられる。


「何を思い悩んどるんじゃ? ええ、ゴロツキの頭目よ?」

「…大賢者どの、いらしてたんですか」

「ああ、マコトの奴が手紙をくれてな。 今日の大盤振舞いに招いてくれたんじゃよ」

「大盤振舞いですか、確かにそうですなあ…」

「何じゃ? 何か不満そうじゃの?」

 

 そう老人に言われたハルツは、ため息をついて向き直った。


「…今回、アイツが何をやったかはもうご存じですか?」

「ふん、さっきからあのおかしな吟遊詩人が言いふらしとる件か? その通りのことでもしてのけたか?」

「ええ、公国の聖剣将軍を一撃で打ち負かし、王家の宝である聖剣ダングレイブを奪い返し、二度と来ないように脅しまでかけて……そのご褒美があのデカい鍋と調味料ですよ」

「それが不満か? 若造?」

「不満、と言えるのかどうか分かりませんがね? 何でアイツはそこまで自分への正当な報酬や施しを避けるんだろうって、そう思っただけですよ」


 実際、ハルツには理解出来なかった。

 自分が騎士団長の座をありがたく思わないのは、単に己が王と王家を嫌っているからに過ぎない。

 普通であれば、自ら成した功を評価し讃えてくれる王家の施しを、素直に喜ぶものだろう。

 だがマコトはそうではない。

 王家や周囲の賞賛も、提示される高い地位も、迷惑なだけだと受け取ろうとしない。

 そして何か報酬を受け取れば、こうしてそれを他の者たちに分け与え、自分の手元には残らない。

 何故そこまで、何故そんな生き方をするのか、ハルツには分からなかった。


「強いからじゃよ」

「はい?」


 突然そう言われてハルツは困惑する。

 強い? 確かにマコトは強い。 しかしだからどうだというのだろうと。


「若造、お前さんは強さという物……いや、例えば国や王家という物をどう思う?」

「そりゃあ…デカくって、強大でしょうなあ」

「そう思うか?」

「はあ?」

 

 この爺は一体何を? と首をひねるハルツに向かって、大賢者は語る。


「やれ国だの城だの王家だのというのはな、人間の弱さの証明なのだよ」

「はあ⁉」

「人間という生き物はな、本来自分一人では何も出来ん。 水と食い物を確保し、自分や家族を養おうにも一人では弱すぎる」

「……」

「だからこそ人は互いに寄り添い群れをなし、やがてはそれが国へと育つ」

「まあ…確かに」

「そしてその国を守るために城を築き、騎士だの貴族階級だのを生み出し、やがてその上に王家を祭って国家とやらの永続を謳う……全ては、自分たち弱い人間が生きていくための方便じゃ」

「…王宮の連中が聞いたら、頭から火を噴きますぜ?」

「愚昧どもが何をほざこうが知ったことか? むしろ連中を見ればこそ分かるじゃろう? 奴らが自分一人だけで何か出来るか?」

「そ、そりゃ確かにそうですが…」


 噴き出すのをこらえながら答えるが、老人はさして面白げもないように話を続ける。


「別に彼奴らを嗤っておるのではない。 一人で大した事が出来んのはワシやおぬしとて大差はなかろう?」

「ええ、まあそうですな」


 それはハルツにとって謙遜ではなかった。

 自分一人で生きることの辛さ、苦しさ、その困難を彼は嫌になるほど知っていた。

 ひとりというのは必ずしも気楽でもなければ自由とも限らないことを。


「だがマコトは違う」

「と、言いますと?」

「アレは本当の強者だからじゃよ」

「本当の…強者、ですか?」

「ああ、本当に強い者は騎士だの配下だのを欲したりはせんし、国だの軍だのに守られる必用もない。 生きる上で他者に依存し、周囲の力に縋ったりすることもない」

「……」

「しかしだからといって、ただの野生児という訳でもない。 アレは文明社会で、おぬしが毛嫌いしとるような騎士や宮廷勤めも、やろうと思えば立派にこなして見せるじゃろう」

「それなら何で、騎士になるのをあんなに拒むんですかねえ?」

「そうしたらどうなる?」

「どうなるって…そりゃアイツなら、騎士の上に立つ騎士団長程度は当たり前に…」

「おぬしや他の騎士、騎士団長を押しのけて…な」

「そりゃ……当たり前の話でしょう?」


 騎士の人数も騎士団の数も、際限なく増やす訳にはいかない。

 ハルツたち第十三騎士団の設立自体、特例中の特例だったのだ。

 勇者であるマコトを正式な騎士として迎えるなら、その地位に何を充てる?

 まず間違いなく騎士団長、もしくはその右腕の立場だろうとハルツは思う。

 当然それは、他の騎士団長や騎士の誰かの席を奪う結果にはなるだろうが、しかし騎士団に限らず世の中とはそういう物だろう。

 正当な評価故に結果として他者を押しのけるのは、ある意味仕方のない事ではないのか?


「あの娘にとってはな、本来自分に不要な代物を他人から奪う…そういう事が我慢出来んのじゃ」

「不要な物、ですか?」

「言ったじゃろう? やれ地位だ、身分だ、騎士だ、王だ、などと言わねばならんのは弱いが故だと。 あやつにそんな物が必用だと思うか? それも他人から奪ってまで?」

「………」

「己に必用ない物は、それを必用とする者に持たせておけばいい、自分で食べきれぬ食糧は、他の者たちと分かち合えばいい…それがあの娘の考えじゃ」

「聖人君子もかくやという生きざまですなあ…」


 半分呆れた口調で言ったハルツの言葉を、老賢者は首を振って否定する。


「そうではない。 それが『強者』として、弱い人間たちの中で生きていくために必用なことだからじゃよ」

「はあ? 必用?」

「強者はただ強いという事実だけで、周りにいる弱者を押しのけ脅かしてしまう。 そして強者が欲しいがままに振舞えば、周囲の弱者全てを踏みつぶす結果となる……それはどんな景色じゃと思う? 見るも無残な有様じゃよ」


 その目に一体どんな光景が見えているのか…老人の顔は恐ろしく乾いた笑みを浮かべ、それを見たハルツの背中には得体の知れない恐怖が走った。


「マコトはな、自分がそうはならぬように、自分が弱い者たちから奪ったり、彼らを踏みつぶしたりせんように、心がけながら生きておるんじゃよ」

「自分が、周りを踏みつぶさないために…ですか」

「あの娘にとってはな、自分を取り囲む世界の方が脆く、儚すぎるんじゃよ」

「だからデルファーや、あのオルフの糞野郎すら殺さなかった…と?」


「そんな御大層な人間じゃないよ? ボクは」


 いきなり声をかけられた二人が背後を振り向くと、そこには憮然とした顔で椀を二つ持ったマコトがいた。


「ハルツー? あんまりはかせの与太話を、真面目に聞かない方がいいと思うよー?」

「誰が与太話じゃ!」

「いやー、あんまり真に迫った口調で言われたんで、つい信じそうになっちまってなあ」

「さあそんな馬鹿話より、今度はこれをどうぞ♪」


 そう言ってマコトは、手に持った二つの椀を差し出した。


「おほ♪ これはブタ汁じゃな!」

「へええ…これは最近マコトが出し始めたミソ汁とかいうスープに…おう、ブタの肉が入ってるのか! こりゃ美味えや‼」

「どう? 美味しい?」

「うむ、まずまずの味かのお?」

「なに言ってるんです? こんな美味いもん食ったことありませんぜ⁉」

「まあ初めて食べるハルツはともかく、はかせの口ではねえ…」

「…まあ仕方あるまい? 肉や野菜はいいとして、味噌はレンズの代用品で豆腐も蒟蒻もない上に、胡麻油もないのではなあ」

「来年になれば、もっと色々出来るかなあ?」

「そうさな、あの男爵夫妻も頑張っておるからの。 来年はもう少しいい物が出来るじゃろ」

「あのなあ、お前ら二人ともこの国を王道楽土とやらにでもするつもりかよ?」

「ふん、王道楽土か? 国中の人間全ての腹が満たされようが、心が治められねば無意味じゃろうなあ…がしかし、そもそも飢えていては心が治まる筈もなし…まあ素地を敷く程度のことまでは出来るかも知らんな」


 こともなげにそう語る賢者に、もはやハルツの口は開いたまま言葉も出ない。


「だーからー、はかせの与太話を一々本気にしちゃ駄目だって…あ、ライザが呼んでるからもう行くね」


 そう言って駆け出すマコトの姿を見ながら、ハルツと老賢者は椀のスープを啜る。


「美味えなあ、本当に」

「うむ、まずまずの味じゃ」


 月と星が天を飾り、勇者が催すささやかな宴を祝福しているような夜であった。






 第一部 『勇者の居酒屋』 終わり






 作者による蛇足


 公国の王は本来『大公』と呼称するのが正しいのですが、この物語の公国は自分たちの方が正統な王国・王家だという意識が強く、国内では王家・国王を名乗っています。

  

  

 これにて第一部は終わりです。

 いずれ第二部が出来たら、その時はどうかまた読んでやってください。

 

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