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・ブックカフェの再開と本泥棒 後編 1/2

 クッキーをオーブンに入れると、ようやくオーダーとお菓子作りの同時進行が一段落した。

 しかし少し思うこともあって、わたしはキッチン側からモリオンの姿を観察する。


 案の定、モリオンは普段わたしたちには見せない表情をしていた。

 素直な笑顔を浮かべる明るい女の子が、学生服の上にエプロンをまとっているとそれだけでどこか可愛らしく、否応なく年上の関心を引いた。


 わたしはそんなモリオンを静かに盗み見て、平凡な幸せに微笑む。

 彼女は何に対しても一生懸命で、こうして店の仕事をがんばってくれている姿が嬉しかった。


 それに人というものは働いていると、普段とは別の顔をするものだ。だからついつい、彼女の愛想の良い一面にまた見入ってしまった。


「う、うわぁぁぁーっっ、あっちいけっ、あっちいけよっ?!!」


 しかしそれはわたしの職務怠慢でもあった。

 とつじょ店の軒先から、狼の鳴き声と男の子の叫び声が響いて、わたしは驚いて店から飛び出すことになった。


 そこにあったのはジーク様と、さっきまで店にいた少年の姿だった。

 ジーク様が少年の道を阻んで、彼に向けて激しくうなっていた。


「助けてお姉さんっ、変な狼が……!」

「何をしているの、ジーク様……?」


 首を静かに横へと振るジーク様に、わたしは抱いてなだめる振りをして、そっと耳を寄せた。


「盗っ人だ。あの布袋にうちの本が入っている」

「まあ……そうだったのね」


「本を欲しがる気持ちはわかるが、くれてやるわけにはいかん。あれの続きを楽しみにしている客がいる」

「ごめんなさい、わたしの不用心だったわ。後は任せて」


 わたしは立ち上がると、ジーク様と一緒に2方向から少年を囲んだ。

 年齢はまだ10歳くらいだろうか。下の町の繁華街で見るような、見習い水夫の格好をしている。


「な、なんだよ……?」

「なんだじゃないでしょっ、アンタ無銭飲食でしょ! ごめんなさいソニアさんっ!」


 店から怒ったモリオンが出てくると、少年はもう逃げられないと思ったのか、全く悪びれずに布から本を取り出した。


「ほらよ。へっ、盗まれる間抜けが悪いんだかんな……」

「あーーっ、それうちの本っ!」


「いつもの狼がいないから、チャンスだと思ったのによ……。ああこれ、飯代。美味かったぜ、オバさん」

「グルルルルッッ……!!」


 その言い方が気に入らないと、ジーク様が歯をむき出しにして怒った。


「ちょっとあのっ、ジーク様ッ、落ち着いて下さいジーク様ッ、相手は子供ですから……っ」


 だけどその少年の目は、わたしやジーク様ではなく、わたしに投げ渡した本にばかり集中していた。

 そのことにジーク様もふと気づいたようで、やがて態度をあらためて、本に執着する少年を静かに観察した。


「なんだよ、おいらにビビッってんのかよ、クソ犬」

「ちょっと、いくらなんでもさっきから酷くない!? どんな家で育ったらそんな酷い口になるのよっ!」


「ハッ、おいらに親はいねぇよ! 娼婦のババァが親代わりだ! なんなら、てめーのおっぱいも吸ってやろーか!?」

「ムキィィーッッ、なんかアルマよりコイツ、ムカつくぅぅーっっ!!」


 私生児はシラヌイの町ではそう珍しくもない存在だ。

 下の町では旅暮らしの水夫や商人、国外の海軍兵まであらゆる人間が集まる。


 そのため妊娠がわかった頃には、父親がもう海の向こうであったり、そもそも親がわからなかったりと、母親しか持てない子供が多かった。


「何か事件でありますか……?」

「あっ、憲兵さん! 聞いて聞いてっ、コイツね……無銭飲食した上に、うちの本盗もうとしたのっ!」

「ちっ……」


 わたしたちが処遇に困っていると、そこに店の常連でもある憲兵さんが通りがかった。

 モリオンが告訴すると、彼はこちらに駆け寄ってきて、少年を見るなりまたこの連中かと嫌な顔をした。


「それは災難だったでありますな。しばらく牢にぶち込んでおくでありますよ。自分の常連店に手を出したのが運の尽きでありますなぁ!」


 ジーク様の前足が、スカート越しにわたしの脚に触れた。

 犬みたいに小さく甘えるような声を上げて、彼を助けてやってくれと、わたしに目で訴えていた。


「いえ、告訴はしないわ」

「えぇぇーーっ!? ちょっと、ソニアさんっ!?」


「代わりに聞きたいことがあるの。あなた、どうしてこの本を盗もうと思ったの……?」


 わたしが本を差し出すと、さっきまで強気だった彼が恐れるように後ずさった。

 盗むほど欲しかったのに、その本に怯えるなんて変な話だ。


「そのこと、正直に言ったら、許してくれるか……? これ、結構、いやすげぇ言いにくいんだけどよ……」

「いいわ。許すから教えて」

「甘いってばっ、ソニアさんっ!」

「心境的には自分も、行きつけの店で粗相を働いたバカ者を、野放しにしたくないのでありますが……」


 わたしは首を横に振って、意見には賛成できないと断った。

 それからジーク様と一緒に、少年の前に膝を突く。すると彼はどこか泣き出しそうな顔で、ただこう言った。


「おいら、文字が読めないんだ……。だから欲しかったんだよっ! 文字が読めるようになったら、大人にもバカにされねぇ! おいらは頭いいんだよっ、勉強すればっ、文字くらい読めるんだよぉっ!」


 そんな気はしていたと、ジーク様が慰めるように膝を突いた彼の頬を舐めた。

 この本はジーク様の本だ。さらに少年を捕まえたジーク様が許すと言うのだから、わたしは彼の気持ちを代行するだけだ。


「なんとか言えよっ、だっせーだろっ!」

「あのさ……あたしもなんか、気が変わってきた……。許すの賛成かも……だってあたしも気持ち、わかるし……」

「んむぅ……。あまり褒められる判断とは思えないでありますが、被害者が許すと言うなら、仕方がないでありますな……」


 憲兵さんは複雑そうな様子で、軒先から立ち去っていった。

 そうすると、ずっと遠くから様子を見ていたのか、細い路地裏からコハクが姿を現した。


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