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21/45

・本と軽食の店マーナガルムと東方の少女 2/2

「おはようございます、ソニアさん。いつも長っ尻ですみません」

「いいのよ、うちはそういう店だもの。遠慮しないでずっといて」


 コハクは長くオリエンタルな黒髪をなびかせて、バケットをキッチンに運んで行った。

 悪いけどもう腰が限界。残りはコハクに任せたい……。


 見ればアルマの視線は行き来するコハクに向けられていて、小さな身体でせっせと働く彼女に微笑みを浮かべていた。


「コハクっていうの。彼女が気になる?」

「知っています。店に入るなり自己紹介されてしまいましたから」


「ふふふ……ごめんなさいね。明るく真っ直ぐな子なのよ」

「おまけに東洋人。シラヌイでは極端に珍しい人々でもありませんが、それでも子供となると目立ちます」


 アルマが本以外に興味を持つなんて、わたしからすれば少し意外だった。


「なんですかー? コハクに何かご用ですかー?」

「なんでもないわ。手伝ってくれてありがとう。ハムは地下にお願い」


「はいです! コハク、いっしょーけんめー、働くです!」


 再びコハクが姿を消すと、アルマの好奇心がわたしに向けられた。

 ただの従業員にしてはやる気が高く、それに幼かった。


「そういえば、昨晩倉庫街の方で騒ぎがあったそうです」

「あ、あらそうなの……?」


「何者かが倉庫を破り、女の子を抱えて逃げていったと」

「アルマはずいぶんと情報が早いのね」


 わたしはいつもの笑顔でごまかした。

 常識的に考えて、下手人がわたしという発想に至らないだろう。騒ぎを起こしてごめんなさい……。


「まあ、立場上……」

「あら、アルマはどんなお仕事をしているの?」


「公務員です」


 嘘にしては返答が早く、しかし真実にしては若く品が良すぎた。

 彼が政府に近い立場にあるのは、真実なのかもしれない。


「話を戻しますが、倉庫街から強奪されたのは、その女の子だったと僕らは見ています。だとすると昨晩の騒ぎは、意味合いが大きく変わります。つまりですよ? 下手人は、倉庫破りなどではなく――正義のヒーローだったのですっ!!」

「……そ、そう」


 英雄の物語に憧れるだけあって、アルマもまた男の子だった。

 彼は目を輝かせて、義賊が悪人から少女を救ったと主張した。なんだか、こそばゆいわ……。


「なんの話でしゅか?」

「なんでもないわ。それよりしまってくれてありがとう、助かったわ」

「……コハクさん、コーヒーのおかわりをお願いします」


「はれ……? うちは後払いでしゅよ?」

「チップです」


「は、はわぁぁーっっ!? ド、ドドドド、どうしましょっ、ソニア様っ!?」

「受け取ればいいと思うわ」


 後でコハクには真実を黙っておくよう、伝えておいた方がいいかもしれない。

 わたしたちがやったことは強奪で、正体がバレれば恨みを買う上に、コハクの立場も危うくなる。


「な、なんまいだー、なんまいだー……」


 東洋の呪文か何かだろうか。

 コハクは両手を擦りながら何かを唱えて、11歳には大きすぎるチップを受け取った。


「変な子でごめんなさいね」

「いいんです。ただの応援の気持ちですから……」

「はっ、アルマちゃんはコハクのファンでしゅかっ!? サ、サービスとかした方がいいでしゅか……?」


「なんでそうなる……。あっ、ジーク!」

「お帰りです、ジーク様!」


 アルマとコハクに大きな声で帰宅を歓迎されて、ジーク様は少し戸惑ったみたいだった。

 ジーク様の前だと、アルマはまるで少年のように若々しくなるところがある。


「ワ、ワンワン……」


 ジーク様は戸惑い混じりの愛想を振りまいて、正体を知っているわたしの気持ちを複雑にさせた。

 王子様なのに……尻尾を振ってワンワンだなんて……。王宮の人間には見せられないわ……。


「ジーク、よかったら一緒に読まないか?」

「オンッ!!」

「ひょわぁーっっ!?」


 店の業務がないときは、ジーク様とわたしは同じ本に目を向けている。

 アルマはときおり、そんなわたしたちに羨ましそうな視線を送っていた。


 わたしは床にひっくり返ったコハクを助け起こして、アルマの隣に腰掛けるジーク様を盗み見た。

 ちょっと妬けるけれど、尻尾を大きく揺らして誘いに乗る姿が気持ちをなごませた。


「少し早いけど、お昼ご飯の支度を手伝ってくれる?」

「へいっ、よろこんで! がんばらせていただきますです、まだむ!」


「マダムは止めて……。わたしまだそんな歳じゃないから……」


 後でコハクと一緒に出かけて、彼女のための仕事着や部屋着を調達するのもいいかもしれない。

 今の白いワンピース姿は可憐だけど、夜に肩を露出するのは見るからに寒そうだった。



 ・



 夜用のウールの服と、接客用のかわいいエプロンドレスを港で買ってコハクに着せた。

 服を2着も貰えるなんて、彼女は想像もしていなかったようで、言葉通り飛び上がるほどに喜んでいた。


 そんな中、ジーク様に2階の部屋へと呼び出された。

 彼にしては言葉尻がまごついていて、何かと思えば笑ってしまった。ジーク様はジーク様だった。


「その……裏に家があるだろう」

「ええ、ジーク様たちの溜まり場ね」


「う、うむ……。あそこは今、誰も住んでいなくてな……。だが、持ち主はわかっている」


 裏の家には庭がある。だけどボロボロで、雨樋(あまどい)の一部がはがれかけている。

 廃墟と呼んだ方が正しかった。


「つまり、どういうこと……?」

「これは俺のわがままに過ぎないが、どうしても見過ごせない。頼むソニア、仲間たちにせめて……屋根と壁を与えてやってくれっ!」


 野良犬たちのために屋根を与えたい。それがジーク様の願いだった。


「もちろんタダとは言わない、俺たちで力を合わせて店の経営を支援しよう。あいつらはあれで賢い、損ばかりではないはずだ」


 彼らのおかげで店が安定軌道に乗り始めた。

 だからといってボロ家を買ってあげるなんて、さすがにサービスが過ぎる。


「頼む……マーロゥ爺さんももう歳だ。屋根をくれてやりたい……」

「バカばかげた話ね」


「うぐっ……?! だが、ソニア……」

「だけど、使い切れないお金の使い道としては、とても面白いと思うわ。それにわたしだって、お店にお客さんを呼び込んでくれたあの子たちにもっとお礼がしたいわ」


「ソニア! 本当かっ、ありがとう! そなたはやはり、最高の……その、最高の、いい女だ!」


 興奮したジーク様に手の甲をペロリと舐められた。

 やっておいて、距離感を間違えたとジーク様は恥じらったみたいだ。


 この話、現金な視点から見てもそんなに悪くない。

 ジーク様の才能はその勇ましさだけではなくて、人徳の方にあるのだとわたしは思う。


 王の器を持っていた王子が狼となり、このシラヌイの町で野良犬の頭目となる。

 莫大な退職金で贅沢暮らしをするよりも、ずっと面白くて、何か他に応用が出来そうな使い道だった。


「それで持ち主は?」

「あのパン屋だ。あそこに先代の店主が隠居していたらしい」


「凄い偶然ね……わかったわ。明日買い物もかねて交渉してみる。ただ……ノミ対策をしないと、ノミ屋敷になりかねないわ……」

「そうだな……。私も毎日彼らの虫を取ってやるわけにもいかん。む……ソ、ソニアッ、何をするっ?!」


 そこまで話すと、どうしても気になってジーク様をちょっと力ずくでひっくり返した。

 それからお腹をまさぐって、悪い虫はいないかと入念に調べた。


 だって、お友達がお友達だもの……。

 コハクの綺麗な肌に、虫さされが出来たら可哀想だわ。


「そなたは意外と大胆だな……っ!? あっうっ、んぐっ……!?」

「変な声上げないで下さい。少しの我慢ですから」


「う、うむ……んはぁっ!?」

「ふふふ……こんなに変な声で鳴く狼、わたし初めて見ましたよ」


 ジーク様にダニもノミもいなかった。

 1匹だけ小さなアリが迷い込んでいたくらいだ。


「ふぅっふぅぅっ……あ、ありがとうソニア……。つ、次からは、心の準備をさせてくれ……。再会したあのときはともかくだな、今のあなたに、しらみ潰しにお腹をまさぐられるのは、ど、どうも、刺激が……」


 そんなこともあった。わたしを慰めるために、ジーク様はお腹を見せてくれた。


「大げさですよ、ジーク様」

「大げさなものかっ!」


 ともかく決まりだ、裏のボロ家を買おう。そうすればジーク様とお友達がそこでくつろげる。

 ジーク様にとってそれは幸せなことだ。


 うちの家を出て行くとき、暖炉に恋しそうな目を向ける犬たちの姿がわたしは忘れられなかった。

 種族は異なるけれど、わたしたちは助け合って生きられると思う。


 わたしにとって彼らはもう野良犬ではなく、一匹一匹が対等な友人だった。

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