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・笑わない聖女と嘘吐き王子

「ソニア・ミュルエール! 今日この時をもって、俺はお前との婚約を破棄する!」


 離宮の一角には、白薔薇の生け垣に包まれた美しい庭園がある。

 それはシグムント王子がわたしのために造らせた特別な場所で、当時の彼はここを『濁りなき愛の証』と称していた。


 ここでわたしに愛の告白をして、婚約を前提としたお付き合いを約束してくれた。

 なのにその特別な場所に、今はきらびやかな礼装をまとった諸侯が集められている。


 テカテカと脂ぎった肉料理や、姫君を魅了する甘い果実、上等なぶどう酒まで用意されて、それらがわたしの大切な聖域を侵略していた。


「ぇ……」


 わたしはシグムント第二王子と婚約している。信じがたいことにそれが今、公衆の面前で破棄された……。

 よりにもよって、わたしの21回目の誕生日に……。


 王子の隣には、最近になって新しい聖女として招聘(しょうへい)されたうら若い娘がいる。名前はモイラ。シグムント王子の浮気相手だった。


「待って、何を言っているの、シグムント様……? わたしは今日まで、貴方のために……どんなに忙しくても、つらくても、がんばってきたのに……。そんな……どうして……」


「ふん……枯れた聖女にもう用はない。この金を持ってどこにでも消えるがいい」


 なぜ……? わたしが、何をしたというの……?

 王子様はオリハルコン貨の詰められた袋をわたしの胸に叩き付けて、うんざりとした目でわたしを憎んだ……。


「枯れたバァさんにはもう興味ないんだって。アンタと一緒にいても、つまんないんだって。モイラの方がずっといいんだってよぉ……♪」

「そうだ。お前のようなつまらない女と、一生を添い遂げるなど俺はお断りだ」


 今日まで誰が聖女としてこの国の結界を守り、病人と傷兵を癒してきたというのだろう。

 なぜわざわざこんな人前で、未来の王妃のはずのわたしを貶めるのだろう。


「わたし、そんな……だって、わたしは……」

「ならば聞こう、笑わない女と誰が一緒にいられる……? 俺を愛さず、ただ王妃の地位が欲しかっただけの女と、婚姻など俺はお断りだ……」


 笑わない聖女ソニア。それがわたしのもう一つの通り名だった。

 だけどそんなの詭弁だ。王子はただ若い女に目がくらんで、わたしが邪魔になっただけだ……。


「シグムント様が可哀想……。どうしてソニア様は、作り笑いすらしてあげなかったの……? でも大丈夫だよ、シグムント様。これからは、モイラが愛してあげる……。そこの馬鹿な女の代わりに」


「ぁぁ……モイラ、これからお前だけが頼りだ……」

「待ってシグムント様、わたしは……わたしは貴方を愛して――」


 王子をつなぎ止めたい一心で笑おうとしたのに、わたしの顔はただひきつっただけだった……。

 あれ……笑い方って、どう、やるんだっけ……。


「うわぁ、ひっどい笑い顔だね。こんな母親の子に生まれたら、子供が可哀想だよねぇ」

「出ていけ、二度と俺に近づくな。やはりお前は空っぽだ、空っぽの女だ……もうお前との付き合いはうんざりだ、早くここから出て行けっ!!」


 わたしは反論できなかった。指先から脳の真までショックに痺れていた。

 離宮の兵士に引っ張り起こされて、敷地の外まで運ばれても、わたしが我に返ることはなかった。


 どうして? どうしてこんな仕打ちを……。

 聖女の力は衰えたけど、それでも王子のために無理をしてがんばってきたのに、こんなのは裏切りだ……。


 シグムント王子は、あの男はわたしを利用するだけ利用して捨てた。

 離宮からわたしを追い出して住まいを奪い、聖女の仕事すら奪い取った。


 今日からわたしはどこで暮らせばいいのだろう……。


「ソニア様、こちらをお忘れなく。……私も残念です」


 離宮の兵士がわたしに袋を渡してくれた。

 中には手切れ金のオリハルコン貨が10枚も入っている。1枚1000万クラウンの価値があった……。


「王子の見解がどうであろうと、我々は貴女に助けられた日々を忘れません。どうかお達者で……」

「ありがとう……。さよなら……」


 わたしは親切な彼に笑おうとした。だけど笑えなかった。

 ひきつらせるどころか、顔の筋肉が全く動かなくなっていた……。



 ・



 離宮を離れて、わたしは大通りのベンチに腰掛けて途方に暮れた。

 わたしに残されたのは、枯れてほとんど使えなくなった聖女の力と、この一億クラウンだけ……。


 一億あれば一生遊んで暮らせる。

 王妃となって公務に追われて生きるより、ずっと楽な道であることには違いない。


 ある意味ではこれこそが、空っぽの女にお似合いの末路だった。

 だけどわたしは何も、最初からこんな人間だったわけではない。


 13歳の頃に聖女として王宮に招聘されて以来、わたしは休みなく過酷な務めを果たしてきた。

 癒しの術の使い手として、数多くの人間の死を看取ってきた。


 そして気づいたらわたしは――彼が言うようなつまらない女になっていた。

 わたしは休日の過ごし方すら知らない。


 いざ休日がやってきても、王宮や離宮の庭で何もせずに過ごすだけで、ちょっと横になると一日が終わってしまっていた。

 そんなわたしと同じ生活を過ごすのは、若い王子からすれば苦痛だったのだろう。


 彼の理不尽な仕打ちには腹が立った。

 けれど彼の言い分もわかった。


 何を言っても笑わず、真面目に受け答えるだけの女に、男が愛想を尽かすのも無理もない。


「お嬢さん、乗るの? 乗らないの? どっちかにしてくれよ?」

「ぁ……。わたし……なら、乗ります……」


 わたしが腰掛けていたベンチは、よく周囲を眺めてみれば乗り合い馬車の駅だった。


 思い出の残る土地で暮らす気には到底なれなかったわたしは、行き先もわからない乗り合い馬車に加わって、居るだけで辛いこの土地から逃げ出すことにした。


 わたしは王妃になって、出世のゴール地点にたどり着きたかった。

 そこまでたどり着けばそれだけで幸せになれると、そう勘違いしていた。


 わたしはシグムント王子を見ずに、未来という幻だけを見ていた……。

本日は3回。以降1日1回の更新ペースで、10万字完結を想定しています。

ざまぁ展開を含みますが、基本は心癒やされるやさしい物語で、男性も女性も楽しめる仕様なのでどうかこれから追ってやって下さい。


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