短編集『ひ神社』
でちた!('ᗜ')✨
「ねぇねぇ、知ってる?」
「『ひ神社』っていう神社があるんだってさ…」
世の中にはしばしば、僕の考えが及ばない不思議な出来事があるらしい、日常に潜んでいる非日常と言う奴だろうか?
彼女等は、そんな非日常に常として飢えており、退屈な学校生活に於ける毎日…その毎日毎日の果ての無い繰り返しに辟易しているらしく、兎角そんなうわさ話に余念が無い。
「バランの神様なんだって~」
「何それ、意味不明ウケるwwwww」
学校生活の繰り返し繰り返しの単調なルーティンに辟易しているのは何も彼女等に限った事ではない、彼女等と僕と、果たして距離は何センチばかり離れているのだろう?
多分、きっとその距離は僅差に過ぎない。
「バランってあれでしょ、スーパーのお惣菜だとかお弁当に入ってる、プラスチック製のあの緑色のギザギザした意味不明の飾り。」
「あれって、殆ど意味無くない?」
僕の場合は、学校生活と言う以前に、社会生活に対しての、その気違いじみて目まぐるしい、無味乾燥に思える、生真面目振った反復運動の繰り返しと、社会情勢の混迷に辟易しているのだ。
嘗て精強を誇っていたらしい、元大日本帝国の通貨単位「円」は、その戦争に敗退した終戦後に、相手連合国を逆に食い始めて、一時期は現在の中国の経済の様に世界中を席巻し、賃金と物価はどんどんと値上がりして、日本の国民の勢いも人口も、どんどんと膨らんで行って、赫々たるものがあったらしい。
「バランを生み出してる神様が、『ひ様』って名前で、その ひ様 を祭っている神社が『ひ神社』でね、何処かにあるんだって。」
「名前一文字ウケるwwwww」
「そこで『ひ様』はね、周囲の笹薮からバランを産み出しているんだって、それで、そのバランを業者が収穫してね、適度な規格、長さに切りそろえて製品化されて、それでお総菜屋さんに出荷されて行くんだってさ~」
「神様が内職ウケるwwwww」
そんな華やかな時代はそれから隔てて生まれてしまった現代の学生である僕たちには、ある意味ファンタジーにしか映らない過去の文化の様に淡く薄く語り継がれていて、そんな『バブル経済』とやらのツケがどうやら政治の中の世界のお話に出て来る、何だかよくは判らない『プラザ合意』を経て、次第にそう、まるで赤色巨星が白色矮星になって放熱して行くみたいにして、長い時間をかけて冷めて行って、それがどうやら授業に出て来た『失われた20年』とやらで、その無為な20年の中で、政治家もお互いの足を引っ張り合う牽制ごっこに興じてしまい、彼等政治家達は誰もが『オセロの四隅』を狙う事のみに腐心し続けた結果として、政治の求心力も迷走していて、何らの解決策も見いだせないままで無為なる時間の流れを消費し切った頃には、当時の若者達は、今僕達が目にしている、少し無気力な大人達になってしまっていて…
「『ひ様』は、産まれたバラン達が活躍を終えて戻って来るのを楽しみに待ってるんだって。」
「バラン擬人化キタ―――!」
バブルを活躍した層は今は一線を引いており、年金も若干は減らされているとは言っても、それなりに出ていて、束の間の安寧を謳歌しており、だけれども、失われた20年の頃に20代だった今現在僕達が目にしている中年達が老人になる頃にはもっと減額されているだろうし、何よりも僕達の世代が老人になった頃にはどうなっているのだろうか?
僕が生まれて、生きて感じて来た事は、そりゃ、楽しい事もあったし、時々学友とも談笑したりはするのだが、大人達は何時もむっつりと口を閉ざしていて、寡黙に淡白に社会生活を営んでおり、やりたくも無い残業や何かを買い叩かれた安い賃金で便宜利用されて、それに対して文句も言わずに甘んじてこなしている。
僕の親もそうだ。
「だからね、その…何処かにある、『ひ神社』へ行って、バランをお供えするとね…何かが、起こる、らしい、の!」
「ちょっとコワイんですけど。」
そんな、色々と失われて行った時間を懐かしむ様に、「あの頃はよかったね~」なんて言いながらも、現在の現況には諦観し切ってしまっていて、まるで生贄に捧げられると言うのに一切の抵抗も見せずに、羊が屠殺場へと続いて行く道を従順に、淡々と歩様を進めて行く様な、そんな大人達を目にするに…
「笹薮がびっしりと生えてる鬱蒼とした森の奥に『ひ神社』があるんだって。」
「意外と学校の裏山テラコワス、笹薮みっちりだし。」
何ともグロテスクなモノを感じてしまっている僕なんかのこの感じ方は、どうやら僕だけでは無いらしくて、ネットゲームで知り合った同世代の友人達…彼等彼女等も肌で感じてしまっているらしいんだ。
肌で感じる、縮小して行く経済と社会…20年前は、深夜のコンビニや外食チェーン店の労働層は、若い人が沢山働いていたらしいのが、いつの間にか老人の第二の活躍場と化している。
深夜のゲームセンターは、やはり昔は若い人が沢山いて屯していたらしい…今ではメダルコーナーには、決して若いとは言えぬ、そんな燻した銀の客層が屯してしまっている。
若くない層を、邪魔、と思っているのでは無くて、つまり、それだけこの国の年齢構成層が、年配の方が主流になるようにシフトして来ている、働く層が高齢化してしまっている…勢いが、無くなって来ている…
「ニレイニハクシュイチレイって呪文?みたいなのを唱えて、バランをお供えするんだって…」
「ギャ、ギャー、テメー呪文教えんな、wwwww テラコワス…」
僕が思考を巡らせている間に、こんな話をしている彼女等クラスメートも、表面上はこうやって談笑しているのだけれども、その実、深夜に僕がゲーム仲間達とイベントを終えて雑談モードでグダグダとだべっている時に、ふと、誰かがこう言い出した時みたいに、黙り込む時が有る。
『これから、どうなって行くんだろうね、この国…』
『社会に出たくない…』
このフレーズは、恐らくは僕ら現代の学生世代の共通項だ。
生体の通貨単位みたいに例えられているATP=アデノシン3リン酸みたいに、僕等世代間で、そこはかとなく、あまねく浸透しているフレーズだろう。
『失われた20年』の頃若かった、そんな大人達が疲弊しきってしまっている姿を見ているに、あれは何だかアデノシン3リン酸からエネルギーを絞り出された後に残るアデノシン2リン酸に見えてきて、その内、そんなアデノシン2リン酸になった人達の一部は、食餌の糖分を用いてアデノシン3リン酸へと最合成されて再び過酷なる経済社会へと戻る事を放棄してしまって、ひっそりと富士の樹海やなんかでロープを用いてこの世との決別を果たして仕舞って、樹木からぶらぶらと揺られてぶら下がる、そんなアデノシン1リン酸みたいな存在となってしまうのではないか?と思う。
僕等はそんな大人達 ―アデノシン2リン酸― の様相を見て憂鬱になってしまっている、そんな未だに一度も社会の中では使われていない、未使用のアデノシン3リン酸なのかも知れない。
あんな風に、出口の見えないまま、長い長い人生を迷走している内に何だか変に悟りきったみたいに、自分達は瞑想をしていたのだった、と錯覚して無感覚になって諦めている感じにはなりたくはない。
当たり前の様に、僕等学生たちに広まっているそんな閉塞感は、蒸発したくても出来ないで飽和し切った雰囲気の水蒸気みたいにして、何時までも何時までも肌から離れて行かぬ、梅雨の雨雲立ち込める空気の、そんな湿気の様に滞留し続けている。
僕等の年代層が出し続けている湿気、失われた20年を過ごしてきた大人達の湿気、それらが僕に纏わり付いていて、不快に蒸し暑くて、僕自身の湿気が、温度が抜けて行かなくて、きっとそんな類いの不快感を世の中の誰もが自覚しているのではないのかと、僕は感じている。
「次、現国だよね…」
「マジかぁ~…アタシ当てられたらヤベーす。」
現国の教師は、今僕が思った様な、そんな人生の重苦しさ、それを一身に背負っていて、悲壮感すら漂って来るような何だか見ているだけでこちらの方が重苦しくなって来る生活感丸出しの疲れ切ったオーラが出ている教師で、僕は彼の授業は、なんだかもう、その姿を見ているだけでうんざりして仕舞うのである。
彼は近い内にどこか人気の無い場所へと赴いて、アデノシン1リン酸 ─遺体─ になってしまうのでは無いのか?
悪い運気がこちらにまで纏わり付いて来るみたいな不快感、それを思うと居た堪れなくなり、僕は授業を抜け出す事にして席を立った。
…
……
………
直前まで聞いていた学友の、彼女等の『ひ神社』『バラン』なんて単語を無意識に頭の中で拾うに、どうにもあの、バランが控え目に鎮座するお弁当を連想してしまってそうなってくるとどうにも湧き上がって来る空腹感を覚えてしまい、僕は授業を抜け出したその足で、学校からほど近いスーパーのお惣菜コーナーへとその河岸を変えてお弁当を買ってから裏山へと登って来た。
昨晩、碌に寝ないで深夜までネットの仲間とゲームイベントに興じていた僕は、何らかの刺激、運動不足を解消するそれを求めていたのかも知れなくて、気が付いたら裏山へと自然と足が向かっていたのだ。
頂上に辿り着いて、買って来たお弁当を開ける。
件の先程級友の女子達が話題にしていたバランが、お弁当のおかずの、卵焼きの所に、何だかとぼけたみたいに斜めにくっ付いていて、それを目にした時にふと、バランと目が合ったみたいな妙な気分がした。
何と云うか、あざとい系の女子が笑いを取ろうとして、こちらの方をチラチラと見てきながら中途半端なボケをやっている様な、そんな予定調和でオチすら容易く読み取れてしまう三文芝居に興じるそのあざとい系女子を、何とも生ぬるく温かい感じで眺めている時みたいな、あんな感じだ。
僕はちょっと無意識に笑った事を自覚しながら、バランを弁当ケースの隅 ――漬物コーナー―― に置いて、お弁当を食べた。
そして裏山のトイレの脇にある自動販売機の、更に脇に置いてあるごみ箱に弁当ケースを捨てようとした時に、再び、バランと目が合った様な気がして、まるでバランから『すーてーなーいーでーぇー』と、懇願された様な気がして、思わず、バランだけを手に取ってトイレのペーパーで油分を拭ってからポケットに仕舞い込んだ。
何だか憂鬱な感じが少しだけ晴れて、満腹の影響も加わって心地良い気がするのはこれは、このとぼけたあざとい系女子的な雰囲気のバランのお陰なのかも知れない…そんな事を考えていたら、僕は何時の間にか横たわっていたベンチの上で少しだけのつもりで眠っていた。
…
……
………
『カサカサカサカサ…クスクスクスクス…起きろ、にんげーん!』
これは夢の中だろう、さっきまで裏山の頂上付近のベンチで寝ていたのだから、と、すると、この声は何だろうか?
目の前に、いかにもなあざとい系女子がいた。
ちょこん、と、地面に敷かれた黄色い座布団の上に座って、全体的に緑色の何だか所々に尖った修飾がなされている斬新なデザインの服を着て、そんな女の子がベンチの上で寝転がっていた僕を上目遣いで眺めて来ている。
う…うぜぇ!wwwww
こちらの保護欲的な、母性本能的な何かを刺激せざるを得ない、そんな仕草を、計算ずくで出来るあざとい女子特有のオーラをそこはかとなく感じる女子で、見た目は…う~ん、中学生くらいかな。
『あ、起きた、ちっす、おっす!おら、バラン、絶対に、見てくれよなっ!wwwww』
かつての国民的漫画で、アニメにもなっていた『龍玉』の、中国の猿のお話を模した主人公がアニメバージョンの、次話紹介の時に必ず言う奴を丸パクリしてきている、あの、サングラスをした亀の仙人とか、女子の体育の時の運動着みたいな可哀そうな名前の女の子だとかが出て来る格闘系のあの漫画のお話な、構えた手からビーム出したり出来ちゃうやつなwww
もう読めた、コイツ、第一印象でなめられて弄られてしまう、それを計算ずくでやりつつも、何か可愛がられる、受け入れられてしまう、そんな性格だ。
しかも、然り気無く今コイツ、自分の事バランって言った、確かにそう名乗った。
意味判んねwww
さっきの女子の会話の『ひ神社』の内容が夢にでもなったのだろうかなぁ?
『ってか、もう夢じゃないし、起きてるし。』
…言われて周囲を見渡して、頬を撫でる風を感じて、ついでに頬をつねってみた。
痛い、しっかりと痛い。
起きているのに、何か変なあざとい女見える!
何コイツ、キモい。
『きもくねーしっ!シャカシャカシャカ…ぷんすか!(><)』
ガクガクブルブル…
前頭葉皮質に限り無くストレスが掛かり続けた場合、人間はしばしば幻覚や幻聴を伴う何かが見えたりするらしい、どうしよう俺。
しばらくはネットゲーム止めるべきだろうか?
『はいはい、ん~お前たちぃ~、今から改めてじこしょうかいしまーす、ハイッ、昨晩、捨てられそうなところを助けていただいた…これ、黒板って設定ね、はい、黒板にチョークでカツカツカツ~。書いた文字は、バランです。』
「…いや、昨晩じゃねーし、ついさっきだし。」
『まぁまぁね、細かいとこはいいっこ無しすよせんぱぃーい。』
「僕、君みたいなあざとい女子の後輩いねーし。」
『さて、砂浜にて、子供たちに虐められていた亀を助けた漁師が助けて頂いたお礼に是非と、亀のエスコートによって別世界へと連れて行かれるお話、ありますよねー、あれって、ロマンチックじゃなかったですかー?』
「僕、考える間も無く急な展開で、成り行きに抗えずに事実上緩い監禁されて何か変な場所へ拉致された挙げ句に、帰り際に何か変な煙が出てくる毒物みたいな地雷箱渡されてじじぃになりたくねーし、考えて見たらば、あれ、ひっでー話だと思わね?あと、さっきの小芝居、なんか教師のドラマ混じってたよね?3年B組の奴。なんかいろいろと混ぜすぎて統一感がないよ。」
『…………………チッ』
「…君、あざとい系の皮被ったヤンキー系だなさては。」
『うっせ、男だって大体は被ってるくせにっ!』
「そんな見た目で下ネタは良くねーと思わね?」
『うぇーん、あだじおうじにがえりだい―――。゜(><)゜。』
「……………」
『チラッ…うぇ~ん。◦(><)◦。』
「………」
『と、云う訳で、迷子のバランちゃん支援イベントはっせーい!(キラキラキラキラ)』
「わーったよ。」
『(・∀・)ぃぇぁ!』
こーゆー奴は、何と言うか、精神的なスタミナが段違いに備わっているんだよな…あれだ、朝飯をせびるために毎日毎日、あの手この手で矯めつ眇めつで何度も何度も飼い主を起こそうとしてくる、食い意地の張った猫みたいにさ。
拒否するだけ、無駄なんだよ。
だから、諦めて話を聞く他に無さそうだ。
嘘泣きをあっさりとやめて、あざといバランはこう続けた。
『この裏山のどっかに、ひ神社の入り口があります!さぁ、一緒に探しましょう!』
「浦島太郎の亀は竜宮城への帰りの道順、知ってたよな!?お前まさか、帰りの道すらわからねーのかよっ!」
『( ˙³˙)ピューピュー♪』
…もういい、わかったわかった。
探してやろうじゃねぇかよっ!
『ひ神社』とやらをよぅ!
ちくしょうめぇ~!
…
……
………
『はっ!こ、ここは…懐かしい感じが…しない事も無い事も無きにしも無き事も然もありなん…』
「つまり、どっちだよ!」
裏山を探索している。
この裏山には正規の細いアスファルト舗装の道が頂上へと折れ曲がり折れ曲がり続いていくルートの他にも、自然と笹薮を掻き分けてショートカットが大好きな冒険的な人や動物が開拓して行った何度も通過して自然と踏み固められ、そこだけ植物が空気を読んで遠慮しているみたいに生えていない部分 ―細い獣道― がある。
現在、あざとバラン娘の上記の様な極めて曖昧なるナビゲートを頼りに、いくつも細かく分岐しているそんな獣道をガサガサと、笹薮をかき分けて探索している。
室町~戦国時代にはこの辺一帯を支配していた豪族は、平時は平地に平城みたいなものを持っていてそこを拠点としていたが、いざ敵の有力な大名が大軍で以って攻め込んで来たその様な有事には、この裏山の山城に籠城していたらしく、この山城跡地は歩き回るとそれなりに広いし、所々に堀切やら土塁があったらしい形が現代にまで残っている。そんな裏山の笹薮をガサガサガサガサと掻き分けて進んでいる。
『ぁ、そこそこ、その二本の杉の木の間…かも知れない。』
「石畳の階段なんてねーぞ」
足元の枯葉や堆積物を靴でほじくりながら石の硬い感触を求める様に探して見ても見当たらない。
別のルートへと歩き出す…
『ぁ、このキノコ、『タヌキノヘ』だよ、踏んだら面白いの。茶色の煙がほ~らモクモクwwwww』
「………遊び出すなよ」
幾つかの回り道をしながら、僕は考えを巡らせている。
ここの豪族は確か、自身も熱心な山岳信仰をやっていて同じ山岳信仰を行う山家と呼ばれていた集団…普通の人々であれば到底立ち入る事が無い険峻なる山奥を巡り歩いて独自の交通道を持っていた集団、そんな人々と深く交流しており、彼等山家達のそんな性質を活かして諜報活動に役立てていたやり手の豪族であった。
この山城は一応、便宜的に頂上と呼ばれている周囲を見渡す展望に向いている山城の本丸だった場所があるが、これは頂上ではなく、尾根は更に奥へと続いている。
と、するならば…有事の際に彼等山家と協力したりするに、山城の本丸の更に奥に、何かルートが有ったのかも知れない…
「…僕に付いて来いよ。」
『そのセリフ、なんかきゅんきゅんハート高鳴るフレーズかもwwwww』
「うるさいだまれwwwww」
…
……
山家が利用していた道だとすると、これは尋常ではない道だろう…と予測して、人間が無意識に歩を進めそうな、そんな場所は敢えて避けて、逆に、現代の人間でも『歩きたい』等とは思う筈がとてもではないが起らない様な、当然として既に獣道なんてモノは無くなっている本丸跡の更に奥の険峻な斜面を登って行く。
険峻な斜面は、更に槍衾の如くに行く手を邪魔してくる様に密集隊形の笹薮が繁茂しており、しかし、僕は何だかその様な笹薮を不自然な位に楽に搔き分けて進む。
どうした事だろう、斜面が急すぎて何か手掛かりが無ければ登攀出来ない様な場所に限って、ちょうど掴み易い位置に笹の幹があったり、考えられない程に密集している槍衾の様な笹薮でも、まるで抵抗が無いかの様にスッと容易く手が割って入って掻き分けられる、そんな不自然がどうにも重なり、ハタと気付いてその事について考えはじめたタイミングで…
『あ、じょ久しぶり~、その後どうよ~』
《ひちゃん、げんきだったぁ~》
『おん!ひげんきだったよ~、今帰郷するとこ~。』
《えけっ!やったじゃんー》
『おんおん、じょ居るって事はゴール近いねwwwww』
後ろから黄色い座布団に正座した姿勢のまんま、ふんわりと浮き上がってぴったりついて来ている全体的に緑色の服を着た中学生くらい、そんな見た目のバランのあざと娘以外の、頭の中に直接聞こえるみたいな第三者の声が聞こえて来た。
「いや、だれ!?『じょ』と『ひちゃん』て、自己紹介必要でしょ。それに…『じょ』とやら、何か直接脳に話しかけて来てるっ!」
『私がね、『ひちゃん』だよ~。子供達に虐められていた所を助けて頂いた…バランですっ!で、この子はお友達の『じょ』ですよろしく。』
《ひのマブダチのじょですよろしく。wwwww じょじょじょじょじょ~!》
「君達…名前、あったんだねハハハハハ…」
『いろいろ と すとれす が かかっているようだ わらいごえ が かわいている… ▼』
《何かひちゃんの気配感じて、近くに来てるのかなって探してみたらついさっき二人見付けたから、気が付かれない様にストーキングしたついでにちょっと登り易くしといた~その人間がひちゃんのバラン持ってんのも判る~。》
『難易度レベル下げ調整、あざーっすwwwww』
《じょ、すがた見せないのはめんどい臭いから省りゃ……えふっ、げふふんっ…妖精的な話であるでしょ、姿が見えないが声は聞こえるみたいな。神秘性の演出?》
『wwwww』
《wwwww》
「……………」
何か、色々と面倒臭くなったから黙っていよう、うんうん。
嶮峻なる尾根の角度と、密集隊形にそれを覆っている笹藪に依り、見た目ではとてもではないが登攀は不可能なのでは無いのか、と、そう思っていたこの斜面の踏破は、どうやら『じょ』の助けに依って可能となっていた様だ。
やべぇ…こえぇ!
下を見るな、下を見たらお仕舞いだ。
すんげぇ険しいぞこれ。
落ちたら即死コース決定。
そうやって、尾根の凸部分沿いに歩く事暫く、尾根の凸が次第に平らな足場となって広がって行き、やがて随分と緩やかな登りが続く平場の斜面となって行って、その斜面の中の全く管理されていない原生林を思わせる様な鬱蒼とした森の中を進んで行った。
原生林の下地には矢張り笹藪が密集しており、その笹の背丈は優に僕の身長の二倍程度にまでなって行く。
方向が判らなくなり前後不覚になりかねない…いや、既になってしまっている。
僕の帰り道に対する不安センサーがそろそろまずい、と、警鐘を鳴らすかも知れない、そんなタイミングで、笹藪の背の高さが僕の身長よりも低い一帯に差し掛かってようやく前後不覚が解消された視界の中、鬱蒼と生い茂った背の高い樹木達の中ですら、更に一際大きな大きな、二本の杉の木が見えてきた、そのタイミングで…
《『ひ神社』到着~》
『ついに帰ってきた~!』
ん!?
到着?
よく見ると、二本の杉の木に挟まれて、赤い鳥居らしきものが見えている。
更に良く良く見てみると、鬱蒼と生い茂っているそんな樹木の為に、普通であれば見えない筈であるのに、石畳らしき階段も何だかハッキリと見えるのだ。
前方約50米先のそれ。
「あれが『ひ神社』か…」
恐らくこの場所の存在を知る人間はそうはおるまい。
某便利な衛生画像を加工して地図にしているマップでは、木々がその姿をすっかりと覆い隠して居る為に目視不可能である筈だし、役所の土地管理の地図にも、この場所について書かれているかどうか、怪しいところだろう。
そんな場所にも関わらず、まるで石畳の部分だけは、きちんと枝払いや清掃をこまめにしていた様に、人の手が入っているみたいに、整然とした佇まいを見せていたのだった。
《ひちゃん、ママが早く挨拶にきなさいって。》
『おん、ひもママの声いま聞こえた、じょありがとう。』
『ひ神社』関係者二人組がそう会話したタイミングで、何だか穏やかな風が笹藪を通り抜けて行き、その風が通った場所の笹藪が左右にゆっくりと開いて、笹藪トンネルみたいな形となり、ひ神社までの道筋が出来上がる。
僕達はひ神社の鳥居へと、笹藪トンネルを潜って歩いて近寄る。
鳥居の前に着いた。
鬱蒼とした原生林と笹藪の中で、その石畳の階段だけがまるで視界にメリハリ補正が掛かっているみたいにハッキリとした輪郭を見せており、笹藪やら原生林の密生で陽の光すら拒んでいる周囲の明度では暗くて見えない筈なのに目視が出来ており、そんな石畳の階段にも笹藪トンネルが覆っている。
いよいよ、この赤い鳥居を潜れば『境内』である。
この世と別世界の境界を象徴している鳥居。
此処を潜れば、もう、別世界となる、それはあくまでも、宗教的な象徴を表している筈なのであるが、この場所ではその象徴が象徴ではなくて、しっかりとした実体を伴っているかのように感じられた。
そんな異世界感が半端無いオーラを出しまくっている鳥居を潜り抜けて、石畳の階段を登る。
随分と長い階段だ、何度か息が上がって休憩を挟んでしまった。
その間、不思議妖精二匹は、僕の感じているプレッシャーなぞ知らぬ気に、気楽に雑談を弾ませていた。
…
……
今、目の前の視界を占めていた階段がようやく開けて、社の本殿が闇に潜むみたいにして見えてきた。
階段の登り切ったとこの両脇にたっている灯籠が、僕が通り掛かるタイミングで、ふわぁっと、灯りを灯し、この両脇以外にもたっていた幾つもの灯籠にも、順番に灯が灯っていく。
色々と突っ込みたいところがあるにはあるのだが、無意味なのだろうなぁ、此処は恐らくは現世であって、そうではない異界なのだと思う。
やがて、沢山の灯籠達やら、本殿の建物の中の何らかの灯りにも灯が灯り、この猫の額程の平地に立っている本殿の様子が判るようになって来た。
猫の額と言ったが、どうやら本殿はけっこう奥行きは有るみたいで、お賽銭を入れてカランカランと鳴らす箱がある奥の社本殿の様子は畳が敷かれており、更に畳が続いている先のその15米程の奥に、本殿の部屋の終わりが有るみたいで、そこに、良く映画や何かで皇帝的な人物が座っていて、その姿を直視させぬ目的で謁見者と奥に座っている皇帝を遮っている莚みたいなものが垂れ下がっていてその莚みたいなものの間隔が少し広くて、奥に座っている人物が曖昧に見えるみたいな、そんな場所が出来ていて、そして当然、其処に何者かが座していた。
僕が本殿の奥の様子を眺めていると、ひ と じょ のコンビが話し掛けてきた。
『さぁ、いよいよボスとの対決だ!学校の怖い噂を思い出そう、大丈夫、ここまでやってこれた君なら、謎は溶けるはず…wwwww』
《ひの今言った言葉のヒントに着目して、今日一日の出来事を思い出してみよう。級友のJKの会話とか、級友のJKの会話とか、級友のJKの会話とか…wwwww》
「昭和のゲームの攻略本にあった、最後の最後の肝心でしかも割と難易度高い場所の攻略教えてくれない駄目な攻略本パターンのひ、んで、じょはもぅ、製作者側が隠して置きたかったネタバレぶっちゃけて云っちゃって裁判沙汰になっちゃうタイプの攻略本みたいで…ホント組み合わせ絶妙過ぎだな、お前ら二人…」
どうにもこの二人に助けられた気分だ。
この軽快かつ軽薄なるやりとりで、こころなし、緊張がスゥーっと、消滅してゆく。
…
……
「ニレイニハクシュイチレイって呪文?みたいなのを唱えて、バランをお供えするんだって…」
「ギャ、ギャー、テメー呪文教えんな、wwwww テラコワス…」
…
……
ニレイニハクシュイチレイは、あれはきっと呪文ではない。
二礼・二拍手・一礼の事で、神社でお賽銭を入れて願う時に行うやつだろう。
二回礼をして、二回手を叩き、一度礼を行ってから…このポケットに入れてあるバランを、目の前の賽銭の箱的なやつに入れるのだろう。
僕は、二礼し、二回手を打ち、一礼した後に、ポケットにあるバランを手に取って、賽銭の箱に入れた。
「それは違いますよ、お客様…」
その声は確かに実態を伴っていた。
何とも高雅な、珠を転がしたみたいな心地好い音色を持ちながらも遠くまでハッキリと ─15米以上離れているのに─ 非常に優雅に周囲の空気を撫でるみたいに振動させて此方に伝わってきたその声は、あの奥の人物が発した声であった。
「其処へは、バランではなくて、諭吉を入れなけりゃあいけません。」
…何か、今まで色々と張り詰めて来ていた緊張がみるみると瓦解して行った…世知辛い世の中だぜ、ちくしょ~め、こんな異世界にすら即物的な単語が出てくるんだな。
張り詰めていた緊張の分、その緩急の落差で随分と脱力したそんな心持ちで居るその時に、ひが元気良く本殿の奥に駆け出して行った。
『うぁーい!ママただいまー!戻ってきたよー!』
ドタドタと、おおよそ、社の本殿の奥に入るに相応しい、とは到底思えないガキ走りで騒がしく奥の莚の掛かった場所目掛けて走り出すと…
「おかえりー、ひちゃん、待ってたよー。」
先程の高雅で優雅な声は…あれは演技だったんだよ、うん。
姿を隠していた筵を蹴り飛ばすみたいにして…その奥に座っていた人物もひちゃんに向かって勢い良く加速を伴いながら駆け寄って行く。
あ~あ、あ~~あ。
この人も飛び出してきちゃったっ!
あ~あ、あ~~あ。
あっさりと禁忌的な神秘的雰囲気、それを自分で作っといて瞬殺で壊しちゃった!
ダメだ、この…母子?
ダメだ。
台無しだよ、何か…
色々と台無しだ。
『ひちゃん』と呼ばれたバランの化身のあざと系女子中学生的な彼女と、そんなひちゃんをそのまんま大人に…18歳くらいにしたような、莚の奥に座っていた人物、その二人の組み合わせは、そうやってお互いに全力ダッシュで駆け寄ると畳に足を踏ん張らせた姿勢のまんまでズザァーっと滑り ──どうやら畳は、二人が走る方向に対して目が滑る方向に敷き詰められており、二人ともそれを理解していて、随分と慣れているみたいな雰囲気がある── ひ ちゃんが大人ひ さんに抱き上げられて、その場にてぐぅるぐぅると回り始めた。
…
……
感動の再開シーンが落ち着いてきて、『ひ ちゃん』と『大人ひ さん』の組み合わせが此方をみやる。なんかコミカルな仕草で手招きしているので、今まで立ち入る事なんてそもそもその様な発想すらとても考えが及ばなかった、畏れ多かった本殿の奥へと向かう。
あの母子?の、再開シーンやらなにやらかにやら、随分と色々と精神的な垣根がぶっ壊されたお陰なのか、本殿の奥へ行くと言う畏れ多いその行動への抵抗感が今では右肩下がりとなっており、気負いの全く無い儘に、畳の前で靴を脱いで立ち入る。
「ひちゃんを送ってくれてありがとぉ!私は『ひ神社』の大祝兼御神体自身でもあるひですよろしく!」
シュタッ って、何だかそんな感じで手を上げてきた『ひ さん』その人である。
『改めて、じこ紹介します、昨晩、罠に掛かっていたところを助けて頂きましたひですよろしく、私が織物を織っている時は襖を開いて見ちゃいやんwwwww』
…それは鶴の恩返し。設定色々と変えすぎ。僕もう疲れたから突っ込まない。バランの化身のひちゃんとやらは、相変わらず白々しくボケてそこはかとなく滑り続けるなぁ、お前は。
『じょじょじょじょじょ~、私はひちゃんのマブダチの如雨露のじょですよろしく!』
いつの間にか、今まで声だけが聞こえていて姿が見えなかったじょ の姿が見える様になっており、その姿は本人が宣言した通りに、あの、鉢植えの植物だとかに水やりをする時に使うジョーロそのものであった。
象さんの形を模したジョーロ。じょは、そう言った後、ふわりふわりと浮きながら、用意された三人分の茶器に、自らの体を傾けて、その象の鼻の部分から、緑茶っぽい何かを注いでいる…
『粗茶ですが、じょが入れたお茶です!じょじょじょ~!』
…緑茶で間違い無いようだ。うわぁ、なんか象さんが風邪引いて青っ鼻垂らしているっぽくて嫌だなぁ。
三人とジョーロ1柄がその場で自然と車座にぐるりと囲んで座る格好になった。お茶を…慣れない運動の連続とこれまでの緊張で乾きを覚えていたせいか、自然と手に取り飲み干す。じょが、お代わりを入れてくれた。正直、お茶を入れている描写はこれ以上は見たくないが、喉が乾いているのも確かで、結局それを何回か繰り返した。やがてそれも落ち着いて来た頃合いに、ひ さんが口を開いた。
「ウチの子のひちゃんがお世話になってどうもありがとう。ひ何かお礼がしたい!」
僕は少しだけ考えてこう言った。
「この『ひ神社』の秘密を聞いてみたいです。」
ひ さんが応じる。
「うんこの神社のお話ね、わかった。」
…方言なのかな?
割と肝心な場所にある筈の句読点が無いもんだから何か…僕の気のせいなのかなぁ、下品に感じるんだよな三文字の排泄物。
…
……
この『ひ神社』について。
この世の中の何処かに、一括でバランの原料を作り出している場所があり、それが実は『ひ神社』である。
それを地元のバラン農家の人々が収穫して業者が買い取る。
買い取られたバラン達はニッチに応じて様々な長さにカットされ、規格毎に分別されて箱に詰められ、全国の食品製造屋さんに出荷されて行く。
実は全てのバランの原料は大祝兼御神体のひ さんが周囲の笹藪を元にして産み出した子供達であり、そうやって生まれたバランの赤ちゃん達はこの『ひ神社』である程度育つまで大事に大事に愛されてすくすくと育っていく。
生まれたバラン達を沢山可愛がり、沢山笑わせてやればやるだけ、バラン達は笹のキメ細かく、艶が美しく、そうしてギザギザの部分がくっきりと綺麗になっていくらしい。
大事にして手をかけて上げればあげるだけ、バランの長さが長くなって行き、スーパーやお寿司屋なんかで鮨詰めの大きなセットに使われている長いバラン達はそうやって手をかけてやって、ああして長いバランに成長しているらしい。
では、短いバラン達 ──まさに、ひちゃんなんかは短いタイプのバランなのではあるが── は大事に扱われていないのか?別にそんな事は特に無くて、ひ さんは全てのバラン達に平等に接している。
短いバラン達は、移り気な性格で、空を見ていた次の瞬間には遊具で遊んでみたり、そうかと思ったらお花を摘んでみたりと、そう言った性格の傾向があるバラン達があんな短目な形になって行って、逆に長いバラン達はいつまでもクレヨンでお絵描きをしたりしていて、集中が持続するタイプがああして長くなって行く傾向があるらしい。
要するに幼いバラン達の性格が、後のバランの将来の形に漠然と繋がっているみたいである。
ひ さんは、常にそんなバラン達の様子を見ており、その子達が成長した時に、その子達が笑顔で居られる様に、それとなくバラン達の遊んでいるところへ参加して、楽しい遊びを教えたり、喧嘩しているバランがいたら、それが将来に繋がるのなら、様子を見ているだけにして、バラン達が不幸になりそうであれば、それとなく諭していたりするらしい。
そうやってある程度のバラン達の性格の傾向が判って、バランとしての長さが決まってきた頃合いに、バラン農家の方々が『ひ神社』の笹畑へとやって来て、ひ さんから一個一個のバラン達の個性の説明を受けて、少しだけバラン達に手を加えて収穫して行き、更にそのバラン農家の方々からバラン業者へと引き渡されて行き、バラン業者はそれまでとは違って、すこし厳し目にバラン達を加工して、ちゃんとバラン社会でやって行ける様にしてから、それをきちんと見極めた上で全国の食品製造業者に引き渡されて行くのだと言う。
そんなバラン達ではあるが、世の中は大変に厳しくて、きちんと一人前に役割を果たして、こうやって『ひ神社』へと帰還を果たすバラン達は、もぅ、本当に少なくて、具体的に数を示して仕舞えば、それはバラン1億枚に対して、1枚、有るか無いのかの確率だと言う。
バラン達の一人前とはつまり、つかれ果てた人間や、落ち込んでいる人間、道に迷って困り果てている人間達を、彼等の心を一時でも和ませたり、笑わせたり、迷っている道をそれとなく導いてあげたりする事なのだと言う。
ただ、食品を飾り立てる目的だけでは無くて、そうやって、人間達と触れ合って、その人間達を良い意味で『変化』させる。
運命やらなにやら言われては居るけれども、『縁』人生の乱数変化の局面に立ち会って、人間達に何らかのメッセージを発信して、その人間が仕合せである方向にそれとなく導いてはじめて、一人前のバランを名乗れるのだと言う。
目に見えない乱数変化は実は、人間の世界では目まぐるしく起こっており、例えばそれは、カップルが喧嘩して、それぞれ別々の帰路についてしまい、片方が交通事故で亡くなってしまう、遺されたカップルの片割れは、きっと一生後悔する。
「何であの時にもっと素直になって、一緒に帰らなかったのだろう…」
そんな、一見すると目に見えない乱数変化、まるで突然にやって来る、幸運も不幸も不条理もごっちゃに混ざっているそんな途轍もない運命のサイコロを強制的に振らなければならない分岐点。
もちろん、人間達はそんな事を知覚出来ない。
いや、本当に直感と知能が高い人間達のごくごく一部は、そのタイミングをそれとなく感知して、無意識にでも意識的にでも、その運命と言う名前のサイコロの出目をある程度は従える事が出来るような類いの、そんな意志の強さを持っている人間も確かにいるのでは有ると言う話らしいのだが。
バラン達は、人間達のその様な乱数変化のタイミングが近い時に、そんな人間達に触れて、人間達のその様な不幸を避けさせようと、然り気無く今日もアピールし続けて居るのであるが、それに、そのサインに気が付く敏感な人間はまた、本当に数が限られていって仕舞うのだと言う。
…何だか途轍もなく壮大な話を聞いてしまったもんだ。
たかがバラン、然れどもバラン。
一見すると、食品達を引き立てる地味な脇役達に過ぎなかったが、こうやって『ひ神社』のバラン達の話を聞いて行くと、影に帯びたその使命の、何と過酷な事なんだろうか。
…
……
「だからひは、ひちゃんが帰って来てくれてうれしい、うぉーん!」
『ひママ泣いてるね!ひもまた会えて嬉しいうぉ~ん!ずっと一緒に暮らそうね、ひも子バランの面倒見る、ママ手伝う!』
『じょじょじょ!じょは泣いてないもんっ、これはお茶だもん』
「じゃあ、ひ ちゃんが僕の前に現れたのは何故なんですか?」
「君はあのまま授業受けてたら、現国の教師の悪い運気に当てられて免疫落ちた挙げ句にインフルエンザなってコロッと逝っていたから徹夜明けの不健康を少しでもましにする為にひちゃんがあちこち歩かせて運動させた。実はかなりヤバかった。」
「んなっ………!!」
自覚はあった。
僕、ホント、気を付けよ。
運動しよう。
「わたしの大祝兼御神体の役目もこうやって無事に果たす事が出来たから、ひ安心して土に還れる。本当にありがとうにんげん。」
「それは、どういう事ですか?」
「『ひ神社』にやってきたにんげんが、境内に入り、さらに石段のぼって、いまこうやって社本殿にまではいってきた、これは、境内はひの腟口で、石段はひの膣内で、社本殿はひの胎内をあらわしていて、ひいま受胎した。君の運命の因子を持ったひの新しい子供産んでひは土に還る。わたしのかわりに今度はひちゃんがこの『ひ神社』の大祝兼御神体になる。わたしは実を結ぶ。」
『えけ!?ひが今度はママみたいになるの?それよりもママ消えちゃうの!?ヤダヤダヤダヤダやだよ~~!』
「じつはこの最後の 社本殿/ひの胎内 に入るのに、きみが躊躇していたの、わかったからちょっと面白い事をやって、ひに対する畏れ多いってそんな気持ちを吹き飛ばす為にひちゃん盛大に抱き締めてあげたんだよてへ!」
『じょは何度も見てきた世代交代。新しいひの子供はじょが水やりして大切に育てるからひちゃん、子供を可愛がって育ててね。何回見ても別れは悲しいじょじょじょじょじょ~~』
「んなっ!?」
『おぉ~~~ん!ママ消えないで!ひ大祝兼御神体なんかやらない!ママがずっと続けてよ~~~おぉ~~~ん!』
「いのちは循環するし、しないと駄目になる、神様も同じ、だからこれは別に悲しい事じゃないんだよひちゃん、ひちゃんはひの可愛い可愛い子、こうやって、役目をきちんと果たして、無事で…戻ってきて嬉しいうぉ~~ん!」
『ヤダヤダヤダヤダ、ひまだ甘えるもん!ママに甘えるから消えちゃダメだもん!うぉ~~ん!』
『じょじょじょじょじょじょ~~~(><)』
僕が『ひ神社』に来たせいで、大変な事になってしまった。ひちゃんはひさんと再開を果たしたばかりで別れるのを嫌がっている。けれども、ひさんは最初からこうなることを判っていたのだなぁ。僕は絶句した頭の中で、そんな事しか考えられずにいた。そうこうしている内に、何だかみるみるとひさんの姿が小さくなって行く…
『う、うぉ~~~~ん!ママ小さくなってる、ヤダヤダヤダヤダ!?うぉ~~~~ん!』
「ひちゃん、にんげんも神様も、滞留しては駄目なんだよ、明日に咲く花は、今日咲いていた花よりもより綺麗になっていくんだよ、ひちゃん。ひちゃんは今のママよりも綺麗なんだよ。そうやって、代謝して行かないと、前には進めないんだよ、ひちゃん。だから泣くのはやめて。顔でかくなるよwww」
ひちゃんが半狂乱に泣いている様子を愛おしそうに包容をしながらひさんはこちらを一瞥してこう言う。
「うんこの子はきっと、良く伸びるよ。」
………いや、句読点。
う◯こがうにょぉ~ん!
そう突っ込みながらも、僕は泣いていた。だって、ひさんの身体がもうどんどん小さくなって、もうひちゃんを包容出来なくなり細く細く縮んでいって、枯れた一茎の笹になっちゃって物云わぬ様になってしまったから。
そんな枯れた笹に付いている笹の実…
それだけが青々と艶やかだった。
ひちゃん、ひさんがそうやって、枯れた笹になるのと反比例したみたいに元のひさん位の年齢にまで成長していた。
『うぉ~~~~ん!ママやだぁ~~~!』
…
……
………
如雨露のじょが、ひさんが遺した結実の笹の種を僕が埋めた場所へ水やりをしている。
じょの鼻から出る液体には不思議な作用があるらしくて、昨日に埋めた筈の笹の種は既にすくすくと芽を伸ばしていた。
『じょのお茶を沢山飲んだから、君の不健康指数リセットされたよ、ほんと、ヤバかったんだよ、でももう大丈夫。』
水やりをしながらじょが、その象さん如雨露に付いているコミカルな目玉をこちらに一瞥してそう言っていた。
じょ、何か色々と有り難う。
昨夜、じょが、いつまでも泣いているひちゃんをあやして、どうやらひちゃんの大好物らしい、それはそれは辛いラーメンを調理して、最後に自分のその像さん如雨露から熱湯を出してスープを作り、ひちゃんに差し出した。
散々泣いて疲れ果てたみたいなひちゃんは、無表情でその辛いラーメンを食べると寝てしまった。
翌朝、「ひかおでかくなった」と、涙で浮腫んだ顔を見てムッツリと不機嫌になりつつも、大人になった姿で、『ひ神社』のバランの子供達の世話をし始めている。
バランの子供達と遊んでいる内に、何だか随分と気持ちが回復してきたみたいで、今は笑顔を取り戻している。
『ひ子供達を可愛がる!ママに沢山可愛がって貰って、ひ仕合せだったから、ひも子供達をひと同じ気持ちにさせるの!』
気負った感じではなく、自然と紡ぎ出されたみたいなその言葉は、何だかひの成長を感じてしまった。
「ひ、綺麗になったね。」
そう言ってやった。
笑いながら。
『ひ神社』で一晩過ごしたが、どうやら本当にこの場所はこの世ならざるこの世であったらしく、帰路に境内の境界たる鳥居をまた潜り抜けてからスマホの時計を見るとまだ時計は昨日の午後3時を指していた。
ひは鳥居まで見送ってくれて、じょは今度は姿を消さないで如雨露の姿のまんまで、嶮峻な斜面を、今度は降りる為に力を貸してくれた。
じょはそうやって、山城跡地の本丸付近まで見送ってくれた後にこう言った。
『じょ、君に感謝している。もう会わないかも知れないけど、ヒント。世の中には割りと『ひ神社』の関係者がいる。良く考えてみて、君のクラスのJK、あんな草生やした発言をしていたJKなんて、実際に君のクラスに存在していたのかな?そんな感じで、『ひ神社』のバランの気配は時々然り気無く、にんげん社会に馴染んでいて、にんげんにヒントを与えている。実際に君がこうやって『ひ神社』にやって来れたのだって、クラスメイト達の中に、『ひ神社』のバラン達が紛れていたからだよね。そうやってある日突然に然り気無く、バラン達の気配が紛れ込んで喋って情報を伝えているんだよ、にんげん達の記憶に後から考えて、『あんな人間居たっけ?』ってなるのは、もしかしたらば『ひ神社』の関係者なのかもしれないよっ!じょじょじょじょ~~www』
…
……
………
「起きなさい!何時だと思ってんの。」
昨夜、相変わらず徹夜でネットゲームをしていた。
ひ神社での体験で、身体には少し気を付けようと思っていたのだけれども、習慣化された行動やら、メンバーになった仲間達との交流やらを邪険に出来ない事もあって、何だかずるずると前みたいな習慣を繰り返して仕舞うのだ。
「今日はひちゃん来るって言ってたでしょ、ほら、ひちゃん、お兄ちゃんの部屋突入して起こしちゃってね!」
………!?
僕の親戚に『ひ』なんて子は居ないぞ!?
ズダダダダダっとガキ走りの気配がして、僕の腹部の急所に…具体的には鳩尾辺りに、まるでボクシングのフックが綺麗に決まったみたいな衝撃と痛みが来て悶絶する。
その衝撃力を推測すると、子供の頭蓋骨大の表面積の物体が、体重+加速度+自由落下速度 そんな推定数式で以って掛け布団の上から僕の腹部に突入してきた感じ…ぐ、ぐふぅっっ!
次の瞬間に布団をガバァっと剥ぎ取られて、何かが布団に入って来て…それはどうやら小さな…5歳くらいの女の子で、こちらを満面の笑みで見詰めてこう囁いてきた。
『ひ、きみの因子の一部を貰い受けて前よりも多分綺麗になった。新しい種子から此処まで育った!『ひ神社』の新しいひちゃんは、頑張っているよ、だから君も笑いながら暮らせる様に祈ってるからね!』
そう言った!
確かにそう言った後に次の瞬間からその謎の子供、どう考えてみても、僕の記憶には無い親戚の『ひちゃん』は年齢相応の表情に戻って僕をこちょこちょとこちょばして来た。
たまらずに布団から飛び出した時に僕の母親はこう言った。
「あらあら、日陽子ちゃんは、あんたになついているわねぇ…」
これはどういう事なのだろうか?
どうやら、またあの山城跡地に行って、じょ に会う必要が出来上がってしまったみたいだ。
大人になって先代の『ひ神社』のひさんよりも少しだけ綺麗になった現職のひ、には辛いラーメンでも持っていこうかな?
【完】
【番外編】
私はとある高校にて教鞭を取り、現国の授業を行っている。
しがない教師だ。
数年前に妻に逃げられた時は辛かった。
正直、情けない事に、毎日自殺を考えていた時期がある。
そんな時に、彼女と出会った。
最近の若者のネット文化の中で、「草を生やす」なんて表現がある。
パソコンやスマホを用いて、文字を使って不特定多数の人物と交流するそんな世界の中で発達した、ある意味に於いてそれは、新しい日本語の一形態と言えはしないだろうかな?
現国を教えている、そんな教鞭を持つ立場としては、その様な新しい文化の流れを即座に容認する事は立場上憚られる。
教育はそもそもに於いて、過去から抽出され研磨され、錬成されて出来上がった鋳型の様な物であり、新しい、未熟なる粘土の、未だ生乾きの器に影響を与えている、いわば触媒の様な性質を持っており、そんな過去から産み出された 存在/触媒/鋳型 の立場は、稍もすると、常に旧態依然としてしまう性質があるのだから、教鞭を持つこの私の立場としては、「草を生やす」等と言う、未だに世間に浸透周知し切れていないこのような新種の植物の新芽の如き表現は、これは公式に容認する訳には行かないのである。
しかしながら、「私個人」と言う枠組みに於いては、これは話が別で、私はそんな私個人の時間の流れの中でとある女子と出会い、その彼女が「草を生やす」事で、私は随分と辛かった気持ちが楽になった、救われた事を、これは認めなければならないし、教鞭以前の人間であると言う視点からはこの新しい言葉に対して両手も胸襟も開き受け入れて行きたいと思っている次第である。
私にとっての上記の彼女の存在は、少し常識的な感性の持ち主からしたらば、些か奇妙な表現かも知れぬが、お弁当やお総菜に入っている飾り付けの、「バラン」の様であり……
to be Another story……
物語はメリーゴーランド、いや、螺旋を描く。今日に咲いた花は、昨日に咲いた花よりも美しい様に。そんな風にして、同じ場所を周回している様に見える円は、高さの概念があって、円を描きながら高さが変わって行って、そうやって生き物達は、螺旋を描いているのだろう。葡萄の蔓の匍匐、無様に見えても彼等は螺旋を描いている。
やたらと、草を生やす陽気なチャット部屋の二人組さんへ、この短編小説を捧げる。
保育士の夢、頑張ってね。
如雨露が助けてくれるからね。
如雨露はもう少し我が儘になってね。
お互いに大切に思って助け合ってね。
将来は誰だって多分、不安だけれども、バランのメッセージを感じて、道に迷ったら取り敢えずふざけて笑う余裕を持とう。
「うん」を「おん」
「ええ!?」を「えけっ」
「うんこの部屋はね…(略」
数々の奇跡の積み重ねでこの短編が出来上がりました。
どうもありがとう。
(#'ᗜ')っwww←バランお供えしとく。