最深部への道程
屋上から降りて薄気味悪い通路を進むと、更に下に降りる階段がある。
「この下から、気持ち悪い感じがします。今までよりずっと、寒気が強くて……この建物も怖いし、早く帰りたいです。魔物の形って気持ち悪いし、アリザちゃんの時もそうでしたけど、悪魔って何でもかんでも悪趣味にしますよね……!」
下に降りる階段の前でナタリアさんが箒を止める。
私はきょろきょろしながら、鳥肌が立っている腕を摩った。
何か話していないと、恐怖と緊張に押しつぶされてしまいそうだった。
私は大丈夫と言い聞かせても、いざ不気味な形状をしたお城の中にいると、足がすくんでしまいそうになる。
どくどくと脈打つ太い血管みたいなものが四方八方に張り巡らされている光景は、巨大な何かの生物の体内を連想させる。
もしくは葉脈か、巨大樹の根っこといった感じかしら。
どちらにしろ、あまり気持ちの良い光景ではないわね。
「お前の、あの、……店の前にある、目も、そう変わらないだろう」
「瞳ちゃんの造形美と、気持ち悪い魔物を一緒にしないでくださいよ……!」
「違いがわからん」
「全然違います、瞳ちゃんは可愛い、魔物は気持ち悪いです」
ジュリアスさん、瞳ちゃんに対して良く文句を言っているわよね。
可愛いのに。
ジュリアスさんは分かっていないわね、目から光線も出したくないって言うし。
「あなたたちの会話を聞いていると、良い感じに気が抜けて良いわね」
「そうだな。……どこにいても、二人とも楽しそうだな。クロエとジュリアスを見ていると、全部うまくいくと、思えてくる」
ナタリアさんが肩を竦めて、呆れたように言った。
ヴァイラスさんにも同意をされて、私は両手を腰に当てる。
「それはもちろん、全部うまくいきますよ。綺麗にまるっと解決して、皆でアストリアに帰りましょう! そうしたら奮発して、牛の最高級塊肉を分厚く切ってステーキにして食べましょうね、みんなで」
「……お前の料理を食うのは、俺だけで良い」
「そういうの、小さい声で言うのやめてもらえませんか……!」
「あら、まぁ、独占欲」
ジュリアスさんの声は小さいけれど、ばっちり聞こえていたみたいだ。
ナタリアさんににまにまされて、私は頬を染めた。
ちょっと、緊張がほぐれたみたい。
「さ、行きましょうか! 私の破邪魔法で、さっさと悪魔を倒しちゃいましょう」
「そうね。今頃天上界で、ミカエルがうきうきしながら今か今かと待っているだろうからね」
「城の内部は、歪んでいる。……クロエ、気配を教えてくれ。俺が道案内する」
ヴァイラスさんが先行して、階段を降りる。
壁に沿って浮き出している太い血管と共に、苦悶の表情を浮かべる壁に埋め込まれた人の顔のようなものが混じり始める。壁には絶対に触りたくないと思いながら、ぼこぼこしている床を転ばないように慎重に小走りで進んだ。
階段の下に降りて、気配のする方向をヴァイラスさんに伝えて通路を進んでいく。
不自然な形に捻じれてうねる通路の奥から、ぞろりと姿を現すものがある。
「やっぱりお迎えが来たわね。……これは、まじりものね」
通路の先から現れたのは、数体の魔物だった。
それは、半分は人の姿をしている。元々は兵士だったのだろう、鎧の名残と、兜の名残のようなものがある。
けれどその体はところどころ不格好に膨らんでいて、肉塊に人の体をつぎはぎしたような形をしている。
土気色をした肌と、本来頭がある部分とは違う部分についた顔。
瞳も鼻も口も、子供が遊びで作った土人形のように、法則性のない場所にひとつ、あるいはふたつ、もしくは、無数についている。
それぞれが、不格好に捻じれた、剣や槍を手にしている。
ラシード神聖国で相対した、メフィストが作り上げたエライザさんたちと魔物を混じりあわせた異形――に、その姿は似ているけれど。
ある意味で完成されていたあのまじりものとは、全く違う。
造形には規則性もなく、ただぐちゃぐちゃに、適当に作ったような粗雑さが感じられる。
「元々は、お城の兵士の方々だったんですよね、きっと……助けられるでしょうか」
「妙な情をかけるな。意識はもう残っていないだろう、殺してやった方が、幸せだ」
ジュリアスさんが剣を構える。
それは、そうかもしれないけれど。
私は――あの時お母様の力を借りて、エライザさんたちをまじりものから助け出すことができた。
同じことが、できれば。
「気持ちは分かる。まじりものにされた城の者たちは、ただの被害者だもの。……けれど、今は構っている暇はない。クロエ、殺さず捕縛する方法があるのなら、試してみても良いわよ。それができなければ、せいせいと戦わせてもらうわ」
「……はい。やってみます!」
私も、ラシード神聖国での戦いから学んでいる。
あの時は、竜騎兵の皆さんや、エライザさんたちが、魔獣へと姿を変えられた。
何もできない無力な自分が悔しかったけれど、今は、違う。
「どうせこんなことだろうと思って、いっぱい作ってきたんです。いけ、捕縛の茨ちゃん(改)! 魔力を吸収して、大きく咲き誇って!」
私は布鞄から、それはもうたくさん作ってそして新たに改良しておいた、束縛の茨ちゃん(改)を取り出した。
こちらに向かって剣を振り下ろそうとしてくるまじりものにむかって投げつけると、紫色の水晶の薔薇からするするととげとげのある蔓がのびる。
蔓はがっしりとまじりものたちに絡みついて、どくんどくん脈打ちながら、まじりものたちに満ちる魔物の魔力を吸い取って、美しい紫色の薔薇を、ぽんぽんと割かせた。
「聞いて驚いてください、この束縛の茨ちゃん(改)は、もともと拘束力の高い束縛の茨ちゃんに、魔力吸収の力を施しました。対象の魔力を吸いながら花を咲かせて、その体を弱らせる、対魔物専用捕縛錬金物です。その効果は半永久的。対象の魔力が多ければ多いほど、薔薇が元気に美しく咲き誇るという、観賞用としてもたいへんすぐれた代物です」
「……クロエ。お前のその薔薇と、この城の内部の形状は、ほぼ同じに見える」
「一緒にしないでください……! 私のこの、クリエイティブさと、雑で気持ち悪い作りのお城とか、まじりものとか、一緒にしないでください……!」
ジュリアスさんは少しだけ表情を和らげると、私の頭をぐりぐりと撫でた。
「お前のおかげで、余計な戦いを避けられる。このまま一気に進むぞ」
「はい!」
「分かったわ。ふふ、こんな状況なのに、ちょっと楽しいわね。若夫婦と探検してるみたいで」
「……錬金術とは、凄いのだな」
私たちは、強い気配のする方へと進んでいく。
拘束したまじりものの方々をどうにかして助けられると良いのだけれど。
――私が、エライザさんを助け出した時と同じ力を、使うことができれば。
そうは思っても、自分の中に未知の力がある感じは、まるでしない。
今はまだどうして良いか分からないけれど、戦いが終わったら必ず助けるから。
そう思いながら、私は次々と現れるまじりものたちを、薔薇のオブジェへと変えていった。




