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【書籍化】捨てられ令嬢は錬金術師になりました。稼いだお金で元敵国の将を購入します。  作者: 束原ミヤコ
天才美少女錬金術師はお金では買えないものを手に入れます。

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決戦の街ハルモニア



 戦況は、アストリア王国軍に圧倒的に有利――のように感じられた。

 ナタリアさんの強力な魔法が、向かってくる魔物たちを焼き尽くし、魔法から逃れたものたちを、ロジュさんやシリル様たちが迎え撃つ。

 ヘリオス君とアリオン君は空を駆けて、空を飛ぶ者たちを堕とした。


「ただの魔物だ。雑魚だな」


 今まで――多くの異形と戦ってきたジュリアスさんは、もう魔物を相手にすることには慣れているみたいだった。

 冷静に、炎を纏った槍で空を飛ぶ者たちの翼を焼き切り、身体を切り裂き、倒していく。

 けれど――数の暴力というものはあるのだろう。

 私たちは魔物の軍勢と戦いながら、じりじりと皇都ハルモニアに進軍していたけれど、倒しても倒しても、魔物はどんどん沸いて出てくるように感じられた。

 私は攻撃用錬金物を使ってジュリアスさんの支援をしながら、空を見上げる。


「ジュリアスさん……ハルモニアの上空の異界の門から、魔物が落ちてきている、みたいです。あれを、閉じないと……!」


 遙か先にあるハルモニアの街の上空におおきく開いた穴から、どす黒くて薄気味悪いものがたくさん、落ちてきているのが分かる。

 見えるわけではないけれど、強い気配のようなものを感じる。

 私たちは人間だから、魔力にも体力にも、限りがある。

 無尽蔵に溢れる魔物の相手をしていたら、いつか――限界がきてしまう。


「クロエ、ジュリアス、ヴァイラス……空を飛べるものは、先に行け! 私たちが道を作る!」


 シリル様の声が響く。

 シリル様の錬金義手の鎖が、次々と地上の魔物や、空を飛ぶ魔物を貫き、引き裂いた。


「このままじゃジリ貧だ、悪いが、大将は任せたぞ、ジュリアス! クロエちゃん、すぐに後を追う! ジュリアス、ナタリアさん、クロエちゃんを頼んだ!」


 ロジュさんが軽々と大剣で敵を押しつぶすようにして凪ぎながら、力強い声で言った。


「あぁ――そうだな。小物の相手で時間を取られている場合じゃないな」


「はい……行きましょう、ジュリアスさん! 私たちにできることを、しましょう……!」


「……そういえば、ここでは存分に、魔法を使っても問題ないのだったな」


 ジュリアスさんはヘリオス君に命じて、空高くまで飛んだ。

 雲を突き抜けて上空まで飛ぶと、眼下には暗く淀んだ空間が歪んだような場所がいくつもあって、そこから黒い塊のように魔物が溢れてこぼれ落ちているのが見える。

 一杯になった水瓶から水が溢れるように、ぼとぼとと黒い塊から魔物が姿を為して、生み出されている。

 一番大きな黒い淀みは、ハルモニアの城の上空にある。

 全ての淀みは、たぶん、巨大な異界の門へと繋がっている。


「ジュリアスさん、小さな淀みから、魔物がうまれているみたいです。あれを、消すことができれば……」


「あぁ。まぁ――見ていろ」


 ジュリアスさんがどことなく得意気に言う。

 それは新しい玩具を手に入れたばかりの子供みたいな雰囲気で、こんな状況なのに私は何だか微笑ましいと思ってしまった。


「聖火よ白き流転の炎で邪を焼き払え、不死鳥の炎(フランフェネクス)!」


 詠唱とともに、白い炎が地上を焼き尽くす。

 地上を舐めるようにして広がる炎が淀みに触れて、火柱を立ち上らせた。

 清浄な炎に焼かれた魔物たちはその姿をかき消して、空間の淀みのいくつかが消滅している。


「すごい、ジュリアスさん、怖いぐらい強い……!」


 私は呆気にとられながら、ジュリアスさんを見上げた。


「強いの、知ってましたけれど……魔力の封印、少しとけただけなのに、これって……」


「一騎当千というのは、本当ね。どのみち、空の門を閉じないと、淀みはまたうまれる。クロエの愉快な仲間たちがせき止めてくれないと、アストリアまで魔物の軍勢が侵攻して――全てを飲み込んでしまうでしょうね。そのまえに、終わらせるわよ」


「ナタリアさん……!」


「私、今の生活、結構気に入っているの。いつ死んでも悔いがないように生きてはいるけど、でも、ちょっと、惜しくなってしまったのよ。さ、行くわよ、クロエ、ジュリアス。それから――ヴァイラス。行ってしまったことの責任を、果たしなさい」


 ナタリアさんが魔法の箒で先行する。


「シリル様、ロジュさん、気をつけて……! アンリ君も、無事でいてください!」


 それでもまだ半分以上の魔物が残っていて、戦いを続けているシリル様たちに私は大きな声を張り上げる。


「行ってきます!」


 ナタリアさんを追いかけて、ヘリオス君とアリオン君が空を駆ける。

 空を飛ぶ魔物が襲ってきたけれど、ジュリアスさんやナタリアさんの敵ではないようだった。

 ヴァイラスさんも、義手を刃の形に変形させて、襲い来る魔物を切り落としている。

 ハルモニアに近づくにつれて、呼吸をするのも苦しくなるほどの淀んだ空気が漂っている。

 上空には、まるで悪夢を見ているような――空全体を誰かの顔にしてしまったかのように、街を覆い尽くすぐらいの大きな瞳が開いている。

 瞳の中心の黒目の虚の奥に――薄暗い、古めかしい街が広がっているように見える。

 虚からはまるで葡萄の房のように、闇が塊り垂れ下がっている。

 憎悪や、悲しみや、苦しみや悪意。妬みや、膨れ上がる渇望。

 胸が苦しくなる感情が、凝った闇からは感じられて、あらゆる負の感情を混ぜたような不気味で強いそれに、鳥肌が立った。


「クロエ、ジュリアス!」


 私たちがヴァイラスさんの案内でお城の屋上に辿り着いたとき、時を同じくして赤い飛竜が姿を現した。

 アレス君の背中には、ファイサル様と――その後ろには、瞳のある部分を布で覆い隠した、銀の髪の男性――シェシフ様の姿がある。


「ファイサル様! ……シェシフ様、ですか?」


 恐る恐る私が尋ねると、シェシフ様は何も言わずに頷いた。

 ラシード神聖国での戦いで倒れたシェシフ様は、命はあるけれどただそれだけだというような状態だったと聞いていた。

 私はその後の姿を見ていないので、まさかこんなところで会うなんて思わなかった。


「あぁ、すまないな、クロエ。クロエやジュリアスにとって、見たい顔ではないだろう。だが……ここには、ミンネの姿をした、サリム――いや、サマエルがいる。妹の身体をつかいサマエルは生きているのだろう。兄上は、どうしても共にいく、と」


「邪魔は、しない。……私は、サマエルを殺す。そのために、きた」


 シェシフ様は、感情のこもらない声でそれだけを言った。

 シェシフ様の操っている宝石の鳥たちが、アレス君の周りをきらめきながら、飛んでいる。

 鳥たちは異界の門から落ちてくる魔物を無造作に啄み、地上に残骸をうち捨てていく。


「誰が、誰を殺すのかしら」


 いつの間にか――アレス君の隣に、儚げな女性が浮かんでいる。

 それは黒いドレスに身を包んだ、ミンネ様だった。


「……ミンネ」


「それは、ミンネの体だ。返して貰う」


「一度は、妹可愛さに、私に従ったくせに。今度は私を殺すという。勝手な生き物だね、人間とは」


 ミンネ様の姿をしたサマエルが言う。

 サマエルはジュリアスさんによって、かなりの深手を負っていたはずだけれど、いまはすっかり傷が癒えているように見える。


「サマエルの相手は、俺たちが」


「ファイサル。私、一人で良い」


 シェシフ様はアレス君の背中の上で立ち上がると、金冠に飾られている青い宝石で美しい鳥をもう一羽造りあげる。

 その鳥は恭しくシェシフ様に頭を下げて、シェシフ様は宝石の鳥の上へと降りた。

 シェシフ様の両目は塞がっているように見えるけれど、その行動には迷いがない。


「……兄上、俺も共に。兄上の罪は、俺の罪でもある。ミンネは、俺の妹だ。俺は、ミンネを守ることができなかった。せめて、安らかに眠らせてやりたい」


「もうすぐ――我らの王が覚醒を迎えるだろう。冥府が世界と繋がり、地上は楽園となる。何故抵抗をするのだろう。生も死もない、完璧な世界だというのに。神に捨てられた私たちが、楽園をつくってあげようというのに」


 サマエルが、涼やかな女性の声で言う。


「家族、愛情……私には、それが理解できる。ミンネの記憶が、私を形作っている。……お兄様、お兄様たち。私を大切にしてくださって、ありがとう。私のために悲しんでくださって――あぁ、なんと、愚かなのかしら……!」


「黙れ、サマエル。ミンネの声で、これ以上言葉を話すな……!」


 シェシフ様が両手を広げると、宝石の鳥たちが一斉にサマエルに襲いかかる。

 サマエルは楽しそうに笑いながら、手の中に私の体と同じぐらいの大きさのある、血のように赤い鎌を出現させた。


「良いよ、私が相手をしてあげよう。お兄様たちの、愛情を、私がうけとめてさしあげるわね。……ジュリアス、クロエ、行くが良いよ。君たちの来訪を、城の中で待っている者がいる」


 サマエルは、私たちに攻撃をする気はなさそうだった。

 ファイサル様たちを屋上に残して、私たちは城の中へと向かう。

 ヘリオス君はジュリアスさんの指輪の中に、アリオン君はヴァイラスさんが「ここでお別れだ」と言って、どこか遠くに行くように伝えていた。

 ナタリアさんは箒に乗ったまま、すいすいと屋上から階段を降りて、お城の中へと進んでいく。

 お城の中は、まるで何かが歪んでしまったように、生きもののように太い血管のようなものがそこここに浮き出ていて、どくどくと、脈打っていた。



 

 

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