門からの軍勢
異界の門には門番と呼ばれる、強力な魔物がいる。
それは門を守るために存在しており、異界の門の鎖に繋がれていて、門からは離れることができない。
けれど今は、異界の門の門番たちも鎖から解き放たれて、空を飛べるものも地を這うものも、数えきれないぐらいの魔物たちが一団となり、恐ろしい巨大な獣のような姿でこちらに向かってきている。
私たちの軍勢などひとのみに飲まれてしまいそうなほどの、暴力的な数だ。
かつて私は、アストリアの王都で魔物の軍勢と戦い、ラシード神聖国では魔獣にされた人々と戦った。
その時も無数の――と、表現したくなるぐらいに数が多かったけれど。
今は、もっと多い。
広大な荒野を舐めるように、恐ろしい獣のような塊が広がっている。
大地が揺れるような振動と共にこちらに向かってくるのだと感じたけれど、実際に、大きく地面が揺れているのだろう。
騎馬兵の方々の乗る馬の何頭かが、悲鳴染みたいななきをあげる。
恐怖が――空気を凍らせるのが分かる。
異形の姿のものたちの圧倒的な数に対して、私たちはあまりにも無力だと、思ってしまいそうになる。
「――臆するな。相手は魔物だ! 魔物討伐なんて慣れているだろう、お前たちは!」
ロジュさんの吠えるような声音が、震える大地を更に震わせるほど大きく響いた。
その声に励まされるように、次々と傭兵団の方々から力強い声があがる。
「血に飢えた傭兵たち、死に場所を求める罪人たち、頭の悪い冒険者たち! 人の力を見せてやろう! 魔物などに尻尾を巻いて逃げるような無様を晒すな、腕の一本や二本捥がれたとしても、やつらを食い殺す気概を見せろ!」
先陣を切るようにして、ロジュさんが大剣を抜いて前に出る。
ロジュさんの横には、ムジークさんの姿もある。錬金術店に時々来てくれる冒険者のおじさまの姿や、奴隷闘技場で見た奴隷剣闘士の方々の姿。
皆、私たちのいる上空を見上げて片腕をあげた。
口々に「クロエちゃんが戦うんだから、逃げるわけにはいかない!」「ジュリアスに無様な姿を見せられないな!」と言う。
「私は、無様で不出来な王だった。だが、王族として国を護る義務がある。どうか、私に力を貸して欲しい。アストリアを守るため、世界を――守るために……!」
シリル様が義手を空に掲げた。
シリル様は剣を持っていない。義手の力を使うのだろう。
騎士団や、それぞれの軍を率いた貴族の方々からも力強い声があがった。
「さぁ、行くわよ! 開戦の狼煙、世界で一番美しく強く気高い美魔女錬金術師ナタリア・バートリーがあげてあげるわ!」
ナタリアさんが、すい、と、魔法の箒で誰よりも前へと出る。
魔物の軍勢は、魔物ひとつひとつの姿が分かるぐらいに近くまで迫っている。
翼のある獣に女性の顔がくっついたような魔物、蝶のような羽のある首が三つも四つもある爬虫類のような魔物、巨大な目玉に視神経のようなものがぶら下がった魔物、体がどろどろに溶けては再生を繰り返しているように見えるマグマに似た魔物。
見たことがあるものもあれば、知らないものもいる。
錬金術の素材集めのためなら嬉々として倒しに行っていただろうけれど。
数の暴力、という言葉が脳裏を過る。
一体一体、恐ろしい存在なのに、それがこうも無数にあって――誰かが、オズワルドや、メレクが、それともアズール君が、操っているのかはわからないけれど。
軍として、整然と並んで機能していること自体が、人にとっての脅威でしかない。
ナタリアさんの嫋やかな黒髪が風に靡く。
「この私、ナタリア・バートリーの呼び声に答えよ、神龍シャガラよ! 全ての悪しき者どもに、天と地とこの世の果ての創世主たるその力を示せ! 全てを罰し、滅せよ、星墜槍!」
ナタリアさんの詠唱と共に、空に稲光が輝くように、ナタリアさんの頭上を中心として円形に光が迸った。
立ち込めていた暗雲を切り裂くようにして、空から魔物の軍隊に向かって、幾本もの巨大な光柱が落ちていく。
圧倒的な質量と広範囲の魔法に、息を飲む音がそこここで聞こえる。
「神龍、シャガラ……」
私は思わず呟いた。
知らない詠唱だ。熾天使様たちの名前でもなく、ナタリアさんは神龍と呼ばれる存在の力をひきだしているみたいだ。
神龍とは――何かしら。
ナタリアさんが知っていることで、私が知らないことはとても多い。
疑問に思ったけれど、でも、ナタリアさんに尋ねている場合ではないわね。
ナタリアさんの魔法は魔物の軍勢の一部を焼き尽くしたけれど、全てというわけじゃない。
ロジュさんたちの部隊が、地を這う魔物とぶつかる。
鉄の塊みたいな大剣で、ロジュさんが魔物を打ち砕く。
アンリ君たちがロジュさんたちの援護に回っているのだろう。
姿を消す魔法を使い透明化した方々から放たれる見えない糸が、魔物たちを捕縛し拘束している。
そこをロジュさんの大剣や、ムジークさんのぎざぎざのついたナックルをつけた拳が、傭兵団の方々が、その体を切り裂き、魔物たちを打ち倒していく。
「深淵なる恒久の闇、門と繋がりし鎖、大いなる力を示すことを承諾する。全ての敵を殲滅せよ!」
シリル様の声が、高らかに響く。
これは――私が教えた、義手を変化させるための言葉。
呼びかけにこたえて、シリル様の義手は鎖の形へと変化した。ナタリアさんが時々使っている、拘束用の鎖魔法に似ているけれど、シリル様の義手は鎖魔法よりももっと強力だ。
なんせ私が造ったので。
何本にも枝分かれした鎖が、一本一本に意思があるようにして動き回り、目視できない程の速さで魔物の体を切り裂いた。
切り裂くだけではなく、それは少し触れただけでも相手の体を痺れさせるようにできている。
シリル様の鎖が通った後には、魔物の残骸と、それから体を痺れさせて動けなくなった魔物たちがばたばたと倒れた。
その姿を見て勝利の希望を見出したのだろう、騎士団の方々も魔物の群れに向かって馬を走らせる。
そこに、空を飛べる魔物たちが襲来した。
葉っぱの上にいる小さな虫を啄むようにして、空から飛来しては鋭い爪や、体を溶かす液体をまき散らして攻撃し、再び空へと戻っていく。
「ジュリアスさん……! 空を飛ぶものは、私たちが……!」
「あぁ、分かっている」
「クロエ、君の義肢の力を、使わせてもらおう!」
ヴァイラスさんが「我が呼びかけにて変形せよ、魔力を帯びし左腕よ、その力を示せ!」と叫ぶと、ヴァイラスさんの左腕の義手は円柱形に変化した。
円柱形の中央から、矢のように無数のスライム義肢の一部が発射される。
それは空を飛ぶ魔物の翼を切り裂き、切り落とし、次々と空を飛ぶものを墜落させていく。
「わぁ、強い。すごい。さすが、私。ジュリアスさんも目から、光線を出したくなりましたか?」
こんな時だけれど、私は自分の作った錬金義肢の強さに感嘆の声を漏らした。
剣より強い、錬金義肢。強いうえに、格好良い。素晴らしいわね。
「この状況でその話ができるのは、ある意味尊敬に値するな、阿呆」
「褒めているんだか、けなしているんだか……!」
「それにしても、この分では大量に素材が落ちる。全て貰っていくぞ」
「商売っ気が凄いですね、ジュリアスさん!」
私は布鞄からごそごそと錬金物を取り出した。
魔力は温存しなくてはいけないから、できる限り錬金物で対応しなくてはいけない。
でも、ジュリアスさんの槍に、魔法の力を乗せてあげたい。
というか、ジュリアスさんは魔法が使えるようになったのだけれど。でも、槍に詠唱を乗せて魔力を帯びさせるのは、面倒くさいとか言っていたし。つまり、それは私の役目ということなのよね。
「今日この日のために新製品を開発してきたのですよ、私は。今まで攻撃用の錬金物だと、錬金爆弾が主だったのですけれど、なんと今回は、炎や氷や雷といった魔法の力を、錬金物に封じ込めることに成功しました。つまり、魔力があろうがなかろうが、強力な魔法が使えちゃうという代物です」
「説明が長いな」
「説明の長さは商品への愛着の証です! 空を飛ぶものには氷か炎、翼をおとせば飛べませんから。というわけで、獄炎のカンテラ――割れて広がれ、煉獄の炎!」
私は布鞄から、手のひら大の中で炎が燃えているように見えるカンテラを取り出した。
言葉と共にカンテラは炎と共に消滅して、ジュリアスさんの槍の穂先が真っ赤に燃えあがる。
向かってくる女の顔をした獣の魔物の鋭い爪をヘリオス君はひらりとかわして、ジュリアスさんが槍を振るうたびに、魔物たちは炎に体を焼き切られて、地面にぼとりぼとりと落ちていった。




