真理を極めし天才錬金術師クロエちゃんによる新しい鞍
決戦は三日後。
ヴァイラスさんの話からして、あまり猶予がないのだろうとファイサル様が結論づけていた。
アズール君の体を、なにかが支配している。
それは呼び起こしてはいけない、何か、おそろしいものだ。
それを呼び起こすために、ヴァイラスさんはオズワルドに命じられるままに罪を犯し続けていた。
実際、アズール君は皇都ハルモニアを覆い尽くす程に巨大な異界の門を、城の上空へと出現させている。
すでに覚醒してしまったのか、未だ何かが足りないのかはわからないけれど──もし、それが呼び覚まされてしまったら。もしかしたら──大陸は、その時、メフィストが起こした以上の、厄災に見舞われるかもしれない。
アストリア王国からは、ロジュさんの傭兵部隊と、アンリ君が呼びかけて集めてくれたコールドマン商会の私兵の方々。そして、シリル様が王国の騎兵隊を率いることになった。
他にも呼びかけに応じた貴族の方々が、国境の街に可能な限り兵を集めてくれるそうだ。
ラシード神聖国からは、ラムダさんが竜騎士団を率いて、それからジャハラさんが魔導師団を率いて竜騎兵として参戦してくれるという。
ディクセンからは、ディノス様の率いる山岳騎兵隊。
ランバートさんの説明では、魔法を高威力で発射できるようにした魔導砲銃の部隊もいて、魔物相手ではかなりの力が発揮できるということだった。
三日後の朝。アストリア、ラシード、ディクセンの三方向からディスティアナに攻め込む。
私とジュリアスさんとナタリアさんとヴァイラスさん。それから、ファイサル様とラシードの竜騎兵の方々は、皇都ハルモニアに進軍した後、襲いくるだろう魔物たちは他の兵に任せて、城の中に巣食っている悪魔と、オズワルドを倒し、アズール君を救出する。
城を守ろうとすればするほど、戦力を城外に割く必要がある。
だから城内は手薄になるだろうと、ディノス様が言っていた。
ディノス様は「俺も竜騎兵となって、共に行こう!」と言ってくれたのだけれど、ランバートさんに「聖王ファイサル様直々に迎えにきていただいて、飛竜に乗ってここまできましたが、高い、落ちる、と、騒いでいたのは誰でしたか」と、呆れたように言われていた。
出立は、明日の朝。
国境の街で二日ほど待機して準備を整えて、それから進軍する。
ジーク様は後方支援に回って、兵站を整えるなどをしてくれるということになった。
話し合いが終わると、ラムダさんが飛竜の皆さんを連れてお城に戻ってきた。
リュメネちゃんに会えたと嬉しそうにしているラムダさんや皆さんを見送ってから、私はナタリアさんに状況を伝えるためにナタリアさんの家に立ち寄って、それからジュリアスさんとヴァイラスさんと一緒に家に戻った。
ヴァイラスさんが一緒なのは、明日一緒に出立するのなら、私の家に泊まって行った方が良いんじゃないかと私がヴァイラスさんに提案したから。
ジュリアスさんのご機嫌が急降下するのに気付きながらも、やっぱり放っておけないような気がしたからだ。
ヴァイラスさんは、出会ったばかりの頃のジュリアスさんと、少し似ている。
ヴァイラスさんの行ってしまったことは──ひどい、ことだけれど。
けれど、ほんの少しだけでも良いから、アリオン君と一緒に、ゆっくり休息をとってもらいたいと思う。
「目標も決まりましたし、あとはゆっくり休んで英気を養うだけですね。で、です。ジュリアスさん、私、気づいてしまったんですけれど」
クロエ錬金術店本店の広大なお庭に戻ると、くっついて眠っていたヘリオス君とリュメネちゃんが嬉しそうに首をもたげた。
アリオン君は少し離れたところにいて、ゆっくりとヴァイラスさんに近づいてくると、軽く頭を下げた。
ヘリオス君の元まで歩いて行った私は、私の隣にいる極めて不機嫌そうなジュリアスさんを見上げて話しかける。
「気づいた。何に。……お前がヴァイラスを泊まれと言って連れてきたり、ディノスに愛想を振りまいたりしていたことについて、反省するべき理由についてか」
「やっぱり怒ってる……」
「クロエ。……どうやら俺はかなり、嫉妬深いようだ。お前は、俺を受け入れた責任を取れ」
「せ、責任って……そ、それは、もちろん取らせてもらいます、けど……。そういうの面と向かって言わないでくださいよ……恥ずかしいじゃないですか……」
私は小声でぶつぶつ言った。
ジュリアスさんの言葉には嘘がないのは前からだったけれど、無愛想でわかりにくかった以前に比べて、何かどこか吹っ切れたように、今はとても臆面なくなっている気がする。
慣れないし、恥ずかしい。
「と、ともかく、ヘリオス君の鞍、かなり古いものですよね」
「あぁ。……そうだな。それは、父がラシード神聖国で手に入れてきたものだ。ずっと同じものを使用している。古いといえば、古いな」
「思い出の鞍だから、……作り替えるのは、あんまり良くないでしょうか」
「いや。お前が作り替えてくれるのなら、ヘリオスも喜ぶだろう。古いものに拘るようなことはしない」
「ありがとうございます……! ナタリアさんに貰った……じゃなかった。ジュリアスさんにプレゼントして貰った賢者の石があれば、錬金窯を使用する必要がないんです。ラシード神聖国では、大きな錬金物を作るのに、それはそれは大きな錬金窯を使用しているようでしたけれど。これは、大量生産するとか、効率の問題を考えてのことですね、多分」
私はジュリアスさんから貰った指輪に手を当てて言った。
ヘリオス君とリュメネちゃんが、何をするのかと言いたげに、興味深そうにしてほっぺたをくっつけあって、私を覗き込んでくれる。
少しだけ後ろに、アリオン君がいる。
ヴァイラスさんがアリオン君の首に手を当てて、こちらを見ている。
「つまり、巨大な錬金窯がなくても、今の私には錬金窯に入りきらないぐらいに、大きな錬金物を作ることができるんです。それなので、新しい鞍を、ヘリオス君に作ってあげたくて……」
「だそうだが、良いか、ヘリオス」
ジュリアスさんに尋ねられて、ヘリオス君は嬉しそうに「キュイ!」と返事をしてくれた。
やっぱり、良い子ね。
私たちの会話が、全部わかっているみたいだ。
「それから、アリオン君にも。体も傷だらけでしたし、鞍もぼろぼろになってしまっているので。怒らないでくださいね、ジュリアスさん。ジュリアスさんは飛竜が好きだから、良いですよね?」
「……仕方ない」
「良いのか……? すまない。……俺は、お前たちに迷惑しかかけていないというのに」
渋々ジュリアスさんが了解したあと、ヴァイラスさんが驚いたように言う。
それから苦しそうに俯いた。
「全くその通りだな」
「ジュリアスさん、ヴァイラスさん落ち込んでいるんですから、あんまり冷たいこと、言ったら駄目ですよ……」
私はジュリアスさんの服を引っ張る。
傷に塩を塗り込むジュリアスさんの姿が容易に想像できてしまう。
「いつ崩れ落ちるともわからない鞍をつけた飛竜に乗り戦場に出るなど、愚か者のすることだ。クロエがお前の飛竜に鞍を作るのは、お前のためではない。お前は戦力の一人。最後まで足掻き、生き残れ。生き残り、厄災に見舞われたディスティアナを復興するのがお前の役目だ。……俺は、巻き込まれたくない」
「あ。そういえば、ジュリアスさん。ディスティアナの、クラフト公爵ですもんね」
ジュリアスさんは腕を組むと、嘆息した。
ディスティアナ皇国を悪魔や魔物たちから解放した英雄ということになれば、アズール君やヴァイラスさんが無事ではなかった場合、ジュリアスさんが色々と頼られることになるのかしら。
私は、玉座に座ったジュリアスさんを想像した。
うん。すごく似合う。
似合うけれど──似合わないわね。
ジュリアスさんには、やっぱり自由な空が、一番似合う。
「それも……考えている。罪に塗れた俺には、皇帝になる資格などない。アズールにも、だ。ジュリアス……やはり、お前はディスティアナに必要だ。クラフト公爵領の民も、お前の帰りを待っているだろう」
「……クロエ。鞍をつくれ。ディスティアナは、俺にとっては関係のない国だ。俺の居場所は、お前の側にある」
「……ジュリアスさん、そういうの、サラッと言うのやめてくれませんか……っ」
ドキドキしたり緊張したりすると、魔力をうまく練ることができなくなってしまうのよね。
ヴァイラスさんもそれ以上何も言わなかったので、私は肩に下げていた布鞄を漁って素材を取り出した。
「じゃあ、早速やってみましょう! 鞍には純粋な強度が必要です。それから、風圧から体を守ったり、飛竜から落ちないように肉体を固定したり……これは、標準装備ですね。飛竜はあらゆる魔力を弾きます。その体も堅牢ですが、アリオン君の怪我の具合について考えると……多分、純血ではない飛竜は、やや皮膚の耐久度が低いものと考えます」
「……それは、あまり考えたことがなかったな。確かに、アリオンはかなり傷ついていた。ヘリオスはオズワルドの劫火でも、その体が焼けることはなかったが……」
ジュリアスさんが頷いてくれる。飛竜のことになると積極的ね、ジュリアスさん。
「私も詳しい訳じゃないので、多分、ですけど。それなので、鞍に純粋に、魔法防御の力を施そうと思います。これは、乗り手と飛竜、双方を守るものですね。ヘリオス君はとっても頑丈ですけれど、乗っている私はいたいけな美少女なので、やっぱり怪我とか、できるだけしたくないですし……」
「いたいけな美少女」
「はい。いたいけな美少女です」
ジュリアスさんが繰り返してくるので、私は頷いた。今のところ美少女でも許されると思うのよ。
もうすぐ美女になる予定だ。服をセクシー魔女服に交換したらの話だけれど。
それから、賢者の石に精神を集中させる。ナタリアさんの前で行った時と同じように、目の前に赤い輝く錬金窯が現れる。
「さて、それじゃあ二個、同時にいきますよ。魔力も精神力もかなり使いますけれど、なんせ私は真理を極めし天才美少女錬金術師です。私に不可能はありません! 屈強なアスタリウスの上級皮と、神出鬼没なリザリエルの神経紐、重力転換の砂時計と、風切り刃と、天球隕石、最上級魔導元素の皮膜を良い感じに混ぜ合わせて──」
私は豪華絢爛な素材をぽいぽいと輝く錬金窯に入れた。
賢者の石のおかげで増幅された魔力が、輝く錬金窯に注がれていく。
光が集まり凝縮し、再び大きく拡散して──そこには、飛竜用の大きな鎧が二つ、ふわりと浮かんだ。
飛竜用の鎧については、ヘリオス君の背中のものをよく観察しているので、形も構造もちゃんと覚えている。
「できました! さすがは私、天才、美少女! 魔防壁の錬金鞍です。この錬金鞍には魔法攻撃を弾く効果があって、それは飛竜と騎手両方に適用されるのですね。かなりの強度がありますので、結構耐えます。少しぐらいの魔法攻撃なら軽々と弾きますし、魔物というのは基本的には魔力の塊なので、なんか気持ち悪い粘液とか、体液とか、酸みたいなのを飛ばしてきたとしても、割と大丈夫です」
「結構……割と……。具体性がないな」
「実際試した訳じゃないので、説明はざっくりしていますが、結構割と耐えるので、いたいけな美少女の皮膚を攻撃から守ってくれるというわけですね」
ジュリアスさんがふわりと浮かんだ鞍を手にして、ヘリオス君の背中の鞍を外して付け替える。
ヴァイラスさんも遠慮がちに鞍を受けると、付け替えた。
新しい鞍を背中に乗せたヘリオス君は、なんだか自慢げに体を伸ばして、翼を大きく広げた。
リュメネちゃんが「格好良い!」とでもいうように「クルクル……!」と嬉しそうに、尻尾をぱたぱたさせている。
アリオン君も少し嬉しそうに、ヴァイラスさんの体に額を擦り付けていた。
私は満足気に腰に手を当てて、胸を張って、その光景を見つめる。
すごいわね、私。
いえ、賢者の石を作ったのは、ナタリアさんなんだけど。
でもその力を使いこなせる私もすごいと思うのよ。
「ジュリアスさん、どうですか? 気に入ってくれましたか」
ご機嫌が治ったかしらと、ジュリアスさんを見上げると、ジュリアスさんは私の頭を雑にぐりぐりと撫でてくれた。
ちょっと痛かったけれど、喜んでくれているみたいなので、良しとしましょう。




