真理を極めし錬金術
私はナタリアさんに貰った――わけじゃなくて、ジュリアスさんが買ってくれた指輪を、腕を持ち上げて目の前に翳した。
「錬金術師が錬金窯を使うのは、素材を分解して組み合わせるため。媒介としてね。別に、錬金窯自体に魔力があるわけじゃないし、中に入っているのはただの蒸留水。魔力との感応性が高いだけの、水よ」
「乱暴な言い方をすると、そうかもしれませんけれど……」
「多くの錬金術師たちは、素材を、溶かす、ということについて、固定概念があるの。とかすためには、鍋が必要って思うわけ。料理じゃないんだから……って、私は思うんだけど、ま、分かりやすいのよ。鍋は小さすぎるから、窯になったのね」
「そんなこと言うの、ナタリアさんぐらいだと思います」
私はナタリアさんからしか錬金術を教わったことがないので、正直なところ他の錬金術師の方がどのように学んできているのかはわからないのだけれど。
錬金窯を使った錬金術というのはごく一般的なので、それに疑問を抱いたことはない。
ナタリアさんの口ぶりは、まるでそれ自体が馬鹿げている、みたいな言い方よね。
「素材から性質を抽出してぐつぐつ鍋で煮込んだら錬金物ができあがるとか、その方がどうかしてるわよ」
「言われてみれば、確かに」
ううん、と私は首を捻る。
ジュリアスさんは話が長くなりそうだと判断したのか、エライザさんが先程まで座っていたソファに座って足を組んだ。
ヴァイラスさんは私たちのやりとりを、何か重要な話を聞くようにして熱心に聞いてくれている。
「大切なのは、素材の特性を理解すること。作りたい物を想像すること。組み合わせること。分解して組み合わせるためには魔力が必要になるけれど、零から有を生み出す魔法より、有を組み合わせて新しい有を作り出す錬金術の方が効率がずっと良いのよ。つまり、魔力量が少なくてすむわけ」
「それは、ナタリアさんに教えてもらったことがあるから、知っていますけれど……」
「で、そこで出てくるのが、あなたにあげた賢者の石ね」
「ナタリアさんから貰ったわけじゃなくて、ですね」
「ジュリアスからの贈り物でしょう。ロバートの店で買ったのよね。石を売ったのは、私。つまり巡り巡って、私からの贈り物でもあるのよ」
「そ、そうでしょうか……」
「まぁ、それは良いのよ。ともかく、その賢者の石、昔でこそ人間を生き返らせる力があるとかなんとかまことしやかに囁かれたりしていたけれど、今はただの魔力増幅装置って、皆知っているわね」
ナタリアさんに言われて、私は頷いた。
錬金術師の中ではそれは結構常識である。魔力増幅装置としては非常に優秀な錬金物だけれど、作るのが難しい。作ることができる錬金術師は滅多なことではいない。
「クロエ。あなたは魔力量がそこまで多いわけじゃない。魔導士としては、まぁ、十人並みってとこ。破邪魔法は得意だろうし、熾天使たちは天上界であなたに力を貸したくて、みんなうずうずしているだろうけれど――あれは、体力も魔力も、使用した時に根こそぎ奪っていくものでしょう」
「……確かに、その、熾天使様の名前を呼んで使う破邪魔法は、一度使っただけでもかなり、大変でした」
「それは当然よ。破邪魔法を使用した時、あなたの体は熾天使の力の触媒となるわけだから、熾天使の力に引きずられて、根こそぎ魔力をもっていかれるわよ。とくに熾天使たちはクロエに力を貸したくて貸したくて仕方ないわけだから、名前を呼んでもらえた日にはうきうきで全力を出してくるわけ」
「うきうきで、全力を……」
熾天使様には会ったことがないのだけれど、そんなに気さくな方たちなのかしら。
ナタリアさん、まるで知り合いみたいに話すけれど。
どうして知っているのかしら。ナタリアさんなら熾天使様と知り合いとか言われても、そんなにびっくりしないのだけれど。
「熾天使のうわついた全力を一身に受けるんだから、それは消耗も激しいわよね。クロエの場合はセレスティアの血をひいていて、天使の血が流れているから触媒としての感受性も高いのだろうし、本来なら一度でも大変な破邪魔法を、何度も使用できるんでしょうけど。でも、体の消耗を考えれば、それは最後の手段としてとっておくべきね」
「はい……それは、私もそう思います。本当に必要な時に魔法をつかえないのは、良くないかなって思っていて」
ラシード神聖国でメフィストに追い詰められたとき、私は消耗が激しくて、破邪魔法の詠唱を満足に行うことができなかった。
あれでは、いけないのだと思う。
ディスティアナ皇国にはサマエルと、メレクと呼ばれる者がいる。
使用するとしたら、その二対の悪魔に相対した時だ。
「だから、クロエ。あなたは錬金術師でしょう。破邪魔法に頼らずに、錬金術を使いなさい。ということで、これは特訓でもあるの。本当は賢者の石なんてなくてもできると思うけれど、いきなりは難しいでしょうからね。その賢者の石は、錬金窯の変わり。素材は、私が長年あつめたものをあげるわ」
「いいんですか、ナタリアさん。くれるって、ただで? 素材を、ただでくれるんですか?」
「今までで一番食いつきが良いわね、クロエ。ま、良いわよ。私には魔法があるし。あなたと違って、美魔女兼錬金術師だし。私の集めた素材、あなたの無限収納鞄に移しといてあげるわね」
ナタリアさんが指をぱちんとはじくと、私がいつものように肩から下げている無限収納鞄がずしんと重くなった気がした。
すごく一気に色々詰め込まれた気がする。
すぐに無限収納トランクに移動したのか、重さは感じなくなったのだけれど、無限収納トランクがぱんぱんになっている気がする。
「さぁ、本題よ。この彷徨える哀れな皇子様に、最強の義肢をつくってあげなさい」
「……錬金窯を使わずに?」
「そうよ。私ができるんだから、あなたにもできるわよ。賢者の石を錬金窯だとイメージしなさい。素材をその中で組み合わせて、新しいものを生み出すの。簡単よ」
「やってみます……!」
私は頷くと、無限収納鞄をあさった。
全部確認できたわけじゃないけれど、私が欲しいと思う素材はほぼそろっているし、しかも大量にある。
うん。いつもどおり。いつもどおりで、大丈夫。
いつもは錬金窯にぽいぽい投げ込んでいる素材を、賢者の石の力をつかって、溶かして分解して組み合わせる。
錬金術とは想像力だと、ナタリアさんはよく言っている。
私は――気が弱かったけれど、天才とか、美少女とか、自分を呼ぶことで、強くなれる気がした。
想像したり空想したり、信じたりすることで、何かが変わることがある。
それは私を支える力になったり。動けない私を鼓舞する力になったり。
錬金術もそれと、同じ。できると思えば、きっとなんでもできる。
だから他の魔法よりもずっと優れた技術だと、ナタリアさんは言うのだろうし、私も、そう思う。
「さぁ、ヴァイラスさん。弟さんを助けにいけるように、最強に強い、義肢をつくりましょう。片手と片足だから、そうですね。手は、武器に変形するようにしたら、武器を持つ手間が省けますよね。足にも武器を仕込みましょう。手がちぎれても、足が残ってれば戦えちゃいます」
私はぶつぶつ言いながら、鞄から素材を取り出した。
「怒れるミディアナの不浄なる刃と、変化するアルガディスの肉片、ニュラニウスの神経塊に、彷徨うリリオサの変遷する魂。うん、良い感じ。腕と足、セットで作っちゃいましょう」
いつもはぽいぽいする錬金窯がない。
私は一つ一つの素材を手にすると、ナタリアさんが両手の中で素材を潰すようにしていた姿を思い出した。
到底、私にはできないと思っていたけれど。
今の私には、賢者の石がある。不足した私の能力を補って余りある石で、ジュリアスさんが私のために選んできてくれたものだ。
だからきっと、大丈夫。
目を閉じると、賢者の石が輝いて、赤い錬金窯が私の目の前に浮かんだ。
その中に素材を溶かしていく。
錬金窯に本当に入れたわけではないのに私の手の中の素材はとけて形を失って、その性質だけを残してぐるぐると、空想の錬金窯の中で渦巻いた。
出来上がりを想像しながら両手に魔力を込める。
赤い錬金窯が輝いて、驚くほどの速さで素材が組み合わさって、私の両手の中に、義手と義足が形を現した。
「できたじゃない、クロエ。でもやっぱり錬金窯なのねぇ。どうしてそんなに錬金窯を使いたがるのかしらね」
ナタリアさんが私を褒めた後、溜息をついた。
赤い錬金窯は私だけに見えていたと思っていたのだけれど、実際に私の前に賢者の石の力で出現していたらしい。
やっぱり錬金術師なので、錬金窯に素材を投げ込みたいって思ってしまうのよね。
それはともかく。
「お、おおきい、重い……っ」
いきなり両手がずっしりして、私はよろけそうになる。
肩から先の腕と、ほぼ足の付け根からの足なのだけれど、それは作るには大きすぎるし長さの調節とかが大変なので、変化するアルガディスの肉片と彷徨うリリオサの変遷する魂を使った。
それなので、私が造った義肢は、まだ足や腕の形をしていない。
ぷにぷにした水色の丸い物体である。これが、二つ。結構重いし、質量があって大きい。
「それが、義肢、か。……丸いな」
ジュリアスさんが見た通りの感想を述べてくれる。
それから立ち上がると、両手に抱えた丸いものを、変わりに持ってくれた。
すごい。優しい。
ジュリアスさんが優しいというだけで、なんだか泣きそう。
でも、ジュリアスさん今までも結構優しかったかもしれない。うん。優しかったような気もする。
「義肢、か……?」
ジュリアスさんが訝し気な視線を私にむけてくる。言いたいことは分かるのよ。だって丸くてぷにぷにしてるものね。
「義肢です。丸いですけど。シリル様の手は、手首から先でしたから、ちゃんと手の形で最初から作ったんですけれど、ヴァイラスさんの腕や足は、失われた部分が大きすぎるので、人間の形に近づけようとすると、よりいっそう違和感が出ちゃうんですよね」
「違和感などは、気にしない。動かすことができれば、それで」
「ヴァイラスさん。この私、クロエ・セイグリットは天才美少女錬金術師なのです。私のつくった錬金義肢はすごいですよ。ちゃんと、ヴァイラスさんの体にあわせて形を変えますし、ヴァイラスさんの望んだ武器の形にもなります」
どこか達観したように言うヴァイラスさんに、私は心を込めて説明した。
「そもそも、義肢自体が意思を持って形を変えてくれますので、切り落とされてもまたはえてきますし、好きな形に変形可能です。手から先をうさぎちゃんにしたいと思えば、うさぎちゃんの形になります」
「……それは良いわね。可愛いわね。ヴァイラス。義肢をはめこんだら、まず、うさぎちゃんにしてみなさい」
「どうしてもというのなら……」
ナタリアさんに命令されて、ヴァイラスさんが頷く。真面目ね。
「それでは、義肢をはめこみますが、ちょっと、……結構、痛いです。頑張れそうですか?」
「あぁ。当然だ」
ヴァイラスさんが頷くので、私はジュリアスさんから丸いぷにぷにした錬金物を一つ受け取ると、まずはヴァイラスさんの焼けただれたあとの残っている、腕の断面に押し付けた。
丸いぷにぷには一気に形をかえて、何本も細かい触手を伸ばすようにして、ヴァイラスさんの腕の断面の中へと潜り込んでいく。
ヴァイラスさんは肩をおさえると、「ぐ……っ」と低い呻き声をあげて、うずくまった。




