はじめてのプレゼント
ジュリアスさんは、私の足元に片膝をついた。
それはまるで、物語に出てくる、騎士みたいな姿だった。
ジュリアスさんがそんなことをするなんて思っていなくて、私はどうしていいかわからずに、エプロンドレスのスカートを握りしめる。
片膝をついて座ると、ベッドサイドに座っている私とちょうど視線が同じぐらいになる。
ジュリアスさんはいつも、真っ直ぐに私を見てくれる。
私の内面までを見透かすぐらいの、揺らぐことのない視線を向けられて、私の方が動揺してしまうことばかりだ。
今日は、いつもよりもずっと緊張する。
私は俯いていた顔を上げて、ジュリアスさんを見返した。
視線が絡まる。
ジュリアスさんの瞳に、今にも泣き出しそうな、情けない顔をした私がうつっている。
「……何も言わず、出かけて悪かった。お前が起きるころには、帰ってくるつもりだった。思いのほか、時間がかかった」
ジュリアスさんが、私に謝った……。
びっくりしてしまって、それと同時にやっぱり今までと違うことがわかって、ジュリアスさんが帰ってきてくれたことで安堵して、力が抜けていた体に緊張が戻る。
「先に魔法錠を外したのは、覚悟を決めるため。そこまでしなければ、踏み出すことも難しかった。……全てが終わったらと、先送りにしていた一歩だ。この戦いが終わったら……は、今時流行らない。その通りだな」
「ナタリアさんの言葉ですね、それ……」
「あぁ。ディスティアナとの戦いが終わってもし、俺が生きていたら……そう思っていた。生きるか死ぬかもわからないのに、……お前の枷にはなりたくない。お前が笑っていられる未来に、俺は存在しないとしたら。約束などは、無用のものだ」
「……ジュリアスさんらしくないですよ。私がいます。みんなも。だから……!」
「あぁ。その通りだな。俺は長らく、忘れていた。……誰かを愛することや、肩を並べることのできる友人や、導いてくれる、師の存在を」
「今は、たくさんいますよね……! ロジュさんや、シリル様……のことは、ジュリアスさん、嫌いですけど、ファイサル様や、ラシードのみなさん、それから、ナタリアさんやラムダさん。みんな、ジュリアスさんのこと、大切に思ってます。アンリ君だって、弟子にしてほしいって言ってますよ」
みんなの顔が、浮かんでは消えていく。
ジュリアスさんと共に暮らすようになってから、信頼できる人たちがたくさん増えていった。
私一人では、駄目だったと思う。
王都に捨てられた私は、ずっと一人で。男性を怖がって、他人を怖がって、お金しか、信用できないと思っていて。
笑顔も、言葉も、全部作り物だったから。
今は違う。
いろいろなことがあった。一人ではどうにもならなかったことも、ジュリアスさんが一緒にいてくれたから。
それから、みんなが、いてくれたから。
今こうして、私は、生きている。
「あぁ。……クロエ」
「うん。私もいますよ。ずっと、います。ヘリオス君もリュメネちゃんも、ジュリアスさんの、家族、です……」
「……ムジークの元へ、行っていた。有耶無耶になった、闘技大会の賞金を貰いにな」
「ええと……ジュリアスさん、お金、欲しかったんですか? ロジュさんとの決勝戦まだ終わってないですけど」
「どの道、俺が勝つ。落ち着いたら決勝の闘技大会のやり直しをすると言っていたが、俺が勝つんだから、貰っても構わないだろう」
「ロジュさん怒りますよ、それ」
「お前は、ロジュが勝つとでも思うのか?」
「……そ、そういうわけじゃないですけど」
今一瞬、不機嫌になったわね、ジュリアスさん。
なんだかいつもと違うけれど、そういうところはいつも通りのジュリアスさんだ。
「それで、……金をもらって、ロバートのところに。百万ゴールドで買えるものを頼んだが、……あれは、話が長い。だから、遅くなった」
「買い物してきたんですか、ジュリアスさん。欲しいものがあったら、言ってくれたらよかったのに……」
ジュリアスさんはローブのポケットから、小さな何かを取り出した。
それは、指輪の形をしている。
金色の指輪には、赤い小さな宝石が一つ埋め込まれている。
それは私がジュリアスさんのために作った、赤い義眼に少し似ていた。
「クロエ、手を」
「は、はい……」
指輪。
指輪、よね。
ジュリアスさんと、指輪。すごく似合わない。
でも、今のジュリアスさんは、幼い頃の私が夢に見ていた、王子様みたいだ。
「……俺は、お前を愛している。今の俺にはなにもないが、お前と共にこの先も、永遠に、歩む許可を、与えてほしい」
真摯な言葉が、静かな部屋に響いた。
いつも不遜で偉そうで、強引で、横暴なジュリアスさんが、今はどこか、請うように、私を見つめている。
「っ、は、はい……の、のぞむところ、です……!」
緊張しすぎて、なんだか間抜けな返答になってしまった。
角膜に、涙の膜がはった。
「お前は……こういう時ぐらい、まともな返事ができないのか……」
「わ、私は真面目ですよ……き、緊張してしまって……」
するりと、私の左手の薬指に、指輪がはめられる。
ジュリアスさんの指には飛竜の指輪があって、絡めるように手を繋がれると、指輪の金属が触れあった。
「……私、私も、……ジュリアスさんが、好きです。……だから、嬉しくて。ごめんなさい、嬉しい、のに……」
堪えきれなくて、涙がこぼれた。
ジュリアスさんが、生きようとしてくれるのが、嬉しい。
直向きな気持ちが、嬉しい。
はじめての贈り物が、言葉が、言葉以上に伝わってくる気持ちが、全部。
「俺は、死なない。お前もな。……クロエ。お前が俺を、塵溜めから拾い上げた日から、俺は、お前だけを、……愛している」
繋がれていない方の手が、私の涙をそっと払う。
ぱたんと、私の体はベッドの上に倒れた。
見上げた天井が、窓が、シーツや、壁が、ジュリアスさんの金色の髪で埋め尽くされる。
当たり前みたいに唇が重なって、繋がれた両手に力が篭った。
決戦前にやっと、やっと素直になりました…長かった…




