夜更かしと、不在の朝
私はジュリアスさんに手を引かれて、夜道を歩いた。
お祭りの最中は人出も多く賑やかで、そこここに飾られた錬金ランプに明りが灯っていて、昼間のように――とはいわないまでも、夜でも明るかった。
けれど今はもう、今日が明日に変わろうとしている時刻だ。
クロエ錬金術店――今は、ナタリアさんのお家は、ヴァイラスさんを看病しているためか、窓からは明かりが輝いて見えるけれど、他の家々はしんと寝静まっている。
星と月のあかりぐらいしかないけれど、ジュリアスさんは暗い道をしっかりとした足取りでどんどん進んでいく。
王都の人々はきっとみんなベッドに入っているのに、騒ぐのはよくない。
そう思って、私は黙ってジュリアスさんに手をひかれるまま歩いた。
私たちの家は街はずれにあるので、家に近づくにつれて民家の数は減ってくる。
広い草原のような庭はぐるりと柵でかこまれていて、星と月の心許ないあかりに照らされた草原は真っ黒に見える。
さわさわと、柵の傍にはえている木々や草原の草が、風に揺れている。
秋の終わりと、冬の訪れの気配を孕んだ澄んだ風が、髪や服を揺らした。
「……もうすぐ冬がきますね、ジュリアスさん」
ずっと無言で歩いていたので、なんとなく、そう口にしてみる。
ジュリアスさんと出会ってから――まだ、ひとつの季節さえ廻っていない。
それなのにすごく色々あって、これからも、きっと色々あって。
今はもう、一緒に居るのが当たり前のように感じられる。
「あぁ。そうだな。……もうすぐお前の誕生日なのか、クロエ」
「どうして知っているんですか?」
「ナタリアが言っていた。二十一歳の美少女になると」
「ジュリアスさん、時々面白いこというのやめてもらえませんか。もう深夜なので笑い転げるのを我慢しなきゃいけませんし……もしや酔ってますか?」
「酒には、酔わない」
「じゃあ、素面で面白いんですね、ジュリアスさん……。私の誕生日は、一年のはじまりの日ですよ。ちょうど年がかわった、一月のはじめの日。もう少し、先ですね」
あんまり、意識したこともないのだけれど。
お祝いなんてずっとしてこなかったし、ずっとしてこなかったから、お祝いする習慣も当然なかった。
ただ、こうして王都で暮らすようになってからは、一年のはじまりの日は、新年祭が王都で行われてみんなでお祝いするから、ついでに私もお祝いされているみたいで、ちょっと得した気分になった。
「ジュリアスさんは? お誕生日、いつですか? そういえば、聞いたことなかったですね。ごめんなさい。大切なことなのに。……私、実はジュリアスさんのことあんまり知らないですよね」
「……四月の終わり、だったか。……おそらくは」
「忘れちゃったんですか?」
「いや。……覚えている。両親に、祝ってもらっていたな」
「それじゃあ、来年ですね。来年はお祝いしましょう? 美味しいご飯とお酒と。ヘリオス君とリュメネちゃんと、みんなでお祝いしましょうね」
すんなりと、来年の約束が口から出てきた。
今は、喉の奥に言葉がつかえるような息苦しさはない。
ジュリアスさんは、一緒にいてくれる。これからも一緒に、戦ってくれる。
約束をしたわけじゃないけれど――ヴァイラスさんを目にしたときのジュリアスさんは、今にもどこかにいなくなってしまいそうだったから。
だから、今は大丈夫だって思うことができる。
不安定で崩れそうだった足場が、足で踏みしめても崩れたりしない強固なものに変わったみたいに。
不安で、足が竦んだりはしない。
「お前は?」
「私、ですか」
「あぁ。誰かの生まれた日を祝うなど、したことがなかったが、……何か欲しいものはあるか? 金以外で」
「どんだけお金が好きだって思われてるんですか、私は。……私は良いですよ、お祝いの習慣とか、なかったですし……その日は新年祭なので、新年祭のついでで」
「新年祭などどうでも良い。ただ、年が変わるだけだろう。お前の生まれた日を、祝う必要がある」
「……ありがとうございます。そうですね……それじゃあ、ヘリオス君とリュメネちゃんと、皆で空を飛びたいですね。何の目的もなく、空を飛んで……ジュリアスさんと一緒に空から見る世界が、平穏だったら良いなって思います」
「終わらない戦いなどはない。そのころには、恐らくは全て終わっている」
「はい! 頑張りましょうね、ジュリアスさん。私とジュリアスさんがいて、それからみんながいて。だからきっと、大丈夫です」
「……次は、終わらせる。お前の望みが俺と共に、世界を見ることだとしたら、俺は……それを叶えよう。それが俺の、お前の奴隷としての最後の役割だ」
ざわざわと、木々が鳴っている。
草原を横切り中央にある家に向かう間に、草原で寝そべっている黒い塊のようなヘリオス君と、寄り添うようにして体を丸くしているリュメネちゃんの姿がある。
少し離れた場所に、ヴァイラスさんが乗ってきた白い飛竜がいる。
傷は癒えたみたいだ。みんなでここに戻ってきてくれたのだろう。
みんな穏やかに眠っているように見えた。
「……ジュリアスさんはもう奴隷じゃないですし、そういうこと、言わないでください。四月には、ジュリアスさんのお祝いをして、それから、ヘリオス君とリュメネちゃんの子供も、うまれるかもしれませんし……」
私は家の扉の前で立ち止まると、ジュリアスさんに言った。
背の高いジュリアスさんを見上げる。
それじゃあまるで、それで終わりみたい。死ぬことを覚悟しているとか――そういう言い方に聞こえる。
ジュリアスさんは私を見下ろして、僅かに目を細めた。
「死ぬつもりはない。お前を手放すつもりもない。……奴隷ではなくなる、というだけだ」
「どういうことですか……?」
「……もう遅い。寝るぞ、クロエ」
ジュリアスさんはどこか呆れたように嘆息して、さっさと家の中に入ってしまった。
私はジュリアスさんをおいかける。
良く分からないけれど、――もう、夜も遅くて。
お家に帰ってきた安心感からか、睡魔がすぐに体を支配し始める。
「お風呂……」
「朝で良い」
ジュリアスさんがお洋服をぽいぽい脱いで、床に散らかしている。
本当は拾い集めたり、お風呂に入ったり、着替えもしないといけないのだけれど。
なんだかすごく疲れてしまって、私もお洋服を脱いで寝衣を着ると、そのままベッドにぽすんと横になった。
深く沈み込んでいくような睡魔と戦いながら、ジュリアスさんの手に、そっと指先で触れてみる。
大きな手が当たり前みたいに握り返してくれたのが嬉しくて、私は目を閉じた。
――そうして。
私は深い眠りに落ちて――それから、とっくに太陽が昇ってしまったお昼前に、目を覚ました。
目を覚ますとジュリアスさんはベッドにはいなくて。
広い家の中のどこを探しても、その姿を見つけることはできなかった。




