腹を割って語り合うためのトロトロチーズとサラミパン
闘技大会が始まったのが夕方で、ヴァイラスさんと白い飛竜を助けたときにはすっかり日が暮れていた。
食堂にある私が造った錬金壁掛け時計(昼の十二時になるとカエルが跳び出してきてケロケロ言う)は、午後九時を示している。
私のお母様は良く、夜の九時以降にご飯を食べてはいけないのよ――ってよく言っていたものだけれど。
たぶん、太るから。
今日は特別だ。
私が調理場の保存食を漁っている間、ナタリアさんに許可を得て、ロジュさんが酒瓶を食堂のテーブルに運び込んだ。
テーブルの上にはご飯がもう乗らないんじゃないかしらっていうぐらいの酒瓶がある。
たぶんそのお酒は、この間の――無窮のオリハルコンをロバートさんに売ったお金をつぎ込んだお酒ね、きっと。
「ナタリアさん、こんなに高級な酒を飲んで良いのか……!?」
というロジュさんの大声が聞こえる。それは高級よね。なんせ四千万ゴールドをそっくりつぎ込んだお酒の数々だもの。
「まぁ、良いわよ。私、宵越しの金は持たない主義だし。クロエと違って吝嗇じゃないもの」
「私は別にケチとかじゃないですよ、堅実なだけなんです……!」
人聞きが悪い。
調理場からナタリアさんに向かって文句を言うと、そんなに広くない食堂のテーブル席に女帝みたいに足を組んで座っているナタリアさんが、両手を上にあげて肩を竦めた。
「毎日エプロンドレスばっかり着てる三年前に拾ったときからこれっぽっちも垢抜けないクロエを見れば、あなたが自分にお金を使ってないことぐらいすぐにわかるわよ。お金はため込むためにあるんじゃないわよ、使うためにあるのよ」
「エプロンドレスへのあたりが強いですね……! 可愛いのに」
「二十歳でしょ、クロエ。それに、もうすぐ二十一歳になるんじゃないの?」
「二十歳です。もうすぐ二十一歳になります。何か問題でも?」
「そろそろ美少女は無理があるんじゃないかしらね。この超絶美麗な美魔女錬金術師ナタリアさんの真似をしたいのは分かるけど。だから、服をね、セクシー魔女御用達のヴァルプルギスに変えなさいって……」
「嫌ですよ……」
「お揃いにしたいのに……師匠の愛が分からないのね」
「絶対にからかってますよね、ナタリアさん。似合わないの知っていて、言っていますよね」
ごそごそと調理場をあさりながら私は答える。
硬いパンとチーズを発見して両手に持った私は。溜息と共に自分の体を見下ろした。
圧倒的に胸が足りない。
うん。知ってる。
「クロエちゃんは、いくつになっても美少女だから大丈夫だよ!」
「その優しさ、ちょっと心が痛いです、ロジュさん」
赤葡萄酒のボトルを開けながら、ロジュさんが慰めてくれる。
ジュリアスさんはいつも通りのご機嫌が悪そうな顔で、長い腕と足を組んでカウンター席の一番端に座っている。
ナタリアさんはテーブル席に。シリル様はナタリアさんの正面で、ロジュさんが皆のお酒を動き回って準備している。
お酒の瓶を調理場の保存箱から出しながら「シリルは、ああ見えてものすごく不器用でな。酒の瓶を持たせると、落として割ったり、零したりするんだよ。だから、任せられない」と言っていた。
シリル様も手伝おうとしていたけれど、ロジュさんに座っていろと言われたので、大人しくしている感じだ。
確かにもと王太子殿下であり国王陛下なので、自分でお酒を注いだこともお茶をいれたこともないでしょうし、仕方ないように思う。
私だって、ナタリアさんに拾ってもらうまでは、そんなことしたことがなかったのだから。
「……クロエは、年齢よりも若く見えるから、大丈夫だ」
遠慮がちにシリル様も慰めてくれた。
すごくつらい。
私、もしかして皆に自分のことを本当に美少女って思い込んでいる女だと思われているのかしら。
助けを求めるようにジュリアスさんに視線を向けると、呆れたように目を細められた。
ジュリアスさんは分かってくれているわよね。
私の『美少女』が、心意気だってこと。
造形とか年齢とかじゃないのよ。それはまぁ、確かに、私だって着飾れはそこそこに可愛いんじゃないかなって思うけど。
ほら、なんせ聖王宮で並み居るご令嬢の方々から、シェシフ様に花嫁に選ばれたこともあるし。
まぁ、あれは、私が間者だってばれてたからなんだけど。
皆のグラスに赤葡萄酒をそそいだあと、ロジュさんは一人だけカウンター席に座るジュリアスさんの前に、封をあけた赤葡萄酒の瓶を一本置いた。
それからロジュさんはナタリアさんの対角の席に座った。
乾杯――をするのもおかしいし、さっさとお酒を飲み始めたナタリアさんに習って、皆グラスに口をつけはじめる。
食堂におかれた私のお気に入りの葡萄とフクロウの錬金ランプが、食堂を橙色に優しく照らしている。
「パンと、チーズと、それからサラミぐらいしかないですね。とすると、乗せて焼くぐらいですね。誰がつくっても美味しいやつなので、ご安心を」
カウンターの向こう側から私を見ているジュリアスさんに、私は言った。
大きな丸くて硬いパンをスライスして、塊チーズを削って乗せる。
サラミも薄く切って、チーズの上に散らして焼くだけのお手軽料理だ。すぐできる。
「エラちゃんがつくると美味しくないわよ? 消し炭ができるのよね。それを、アンリが美味しいって食べてるのを見ていると、泣けてくるのよね」
「少年は、健気だな……」
「とっくの昔に失った、人間としての心を思い出しそうになるわね」
「成長するにつれて悲しい怪物に成り果てるしかないしな、大人ってのは……」
ナタリアさんとロジュさんがとっても仲がよさそうに話している。
ナタリアさんの年齢は謎に包まれているけれど、絶対にロジュさんの方が若いのに、十年来の親友みたいだ。
誰とでも基本的に仲良くできるロジュさん、凄いわよね。才能だわ。
「消し炭に、食べる場所などあるのだろうか」
不思議そうにシリル様が言う。
「分かってないな、シリル。女心の理解度が皆無だな」
「そんなんじゃ駄目よ、元国王。そのうちまた女に騙されるわよ」
「……すまない」
シリル様が総攻撃を受けているわね。
アリザちゃんの件は、とても触れられないぐらいの深い傷だと思うのに、あっさり抉っているロジュさんとナタリアさん、すごい。
私にはとてもできない。
「その点、我が家のジュリアスは良いわよ。愛想はないけど、強いし、なんせ強いし、一途だものね。クロエのためにディスティアナに一人で乗り込もうと考えていたんでしょうし、クロエのためにこうしてアストリアに残って、一緒にお酒を飲んでくれてるんだもの。見どころしかないわ」
――我が家の?
シリル様を攻撃していたナタリアさんが、今度はジュリアスさんをべた褒めしはじめる。
私は火を入れたオーブンにサラミとチーズパンを入れて、焼き上がりを待ちながら、首から頭の先まで熱がせりあがってくるのを感じた。
すごい。恥ずかしい。すごい恥ずかしい。
ジュリアスさんが一緒に居てくれるのは本当に嬉しいのだけれど、そうやって説明されるのも恥ずかしければ、闘技場では必死だったので、ジュリアスさんに啖呵を切ってしまったことも恥ずかしい。
どこにもいかないと決意してくれたジュリアスさんの言葉が嬉しくて、柄にもなくその背中をばしばし叩いてしまったことも恥ずかしい。
すごく浮かれていたのよ。
あの記憶、消してくれないかしら。皆の中から。
「最終的には私を二人で養ってくれるのだから、将来安泰ね」
「……どうしてそうなるんですか」
「そうなるに決まってるじゃない。クロエ、パンが焦げるわよ」
「あぁ……!」
私はわたわたとあわてながら、オーブンの中のパンを取り出した。
硬いパンの上にチーズがとろけて、サラミが焼けて少し小さくなって、香ばしい匂いが食堂に広がる。
うん。とっても美味しそう。
「誰がつくっても美味しい、パンとチーズとサラミを焼いたやつです。お待たせしました」
私はお皿に乗せて、パンを配った。
それからカウンター席のジュリアスさんの隣に座って、私もお酒を飲もうと思ってグラスを手にすると、ジュリアスさんにお酒の入ったグラスは素早くとりあげられてしまった。




