お酒とご飯と戦争と
ナタリアさんも含めてみんなで話し合いをしようとしたのだけれど、二階から一階に降りて今はナタリアさんが陣取っている私の元錬金部屋を覗き込むと、あまり見たくない光景が広がっていた。
「ナタリアさん、この家には今、男性が四人もいて、少年が一人いるんですから、服を着て下さい……!」
ナタリアさんと暮らしはじめた頃の記憶が、つい昨日のことのように頭の中に舞い戻ってくる。
日頃から露出の激しい、自称も他称も超絶美人だから許されるような布地の少ない魔女服に身を包んでいるナタリアさんだけれど、お部屋ではほぼ全裸なのである。
すぐにぽいぽいと服を脱いでしまって、面積の少ない下着姿になってしまうナタリアさんに、服を押しつける日々だった。
そんなわけで、今もそう。
散らかり放題散らかった錬金釜のあるお部屋のソファにしどけなく寝そべっているナタリアさんは、豊満な胸を半分ぐらいと、くびれた腰を全部と、長くて形の良い足をさらけ出している。
服は散らかった部屋に投げ捨てられていて、ソファの近くに置いてある瓶ビールをぐびぐび飲んでいた。
今まさに、二階でディスティアナ皇国の皇太子殿下が死にかけているっていうのに、羨ましいぐらいに泰然と構えているというか、全くもっていつも通りのナタリアさん。
流石ね――って感心している場合じゃない。
私は散らかった床をかき分けてソファまで進んで、投げ捨てられているお洋服を拾うと、ナタリアさんの頭からすっぽりとかぶせた。
「あら。この感じ……なんだか懐かしいわね、クロエ」
「懐かしがってる場合じゃないですよ。どうしてすぐ脱ぐんですか」
「だってここ、私の家だし」
「そ、それはそうですけど、少しは恥じらいとかもってくださいよ、ナタリアさん。女性なんですから……」
「クロエは恥じらいすぎじゃないの? エプロンドレスはそろそろやめて、私と同じブランドの魔女の衣装にしたらどうかしら。魔女服専門店ヴァルプルギス。セクシーな魔女服が各種取りそろえられているわよ」
「絶対嫌ですよ。ナタリアさんみたいな服を着て王都を練り歩いたら、たぶん皆から心配されますよ。ついでにジュリアスさんに鼻で笑われます」
「だろうな」
部屋の入り口で待っていてくれているジュリアスさんが、私とナタリアさんの会話を耳ざとく聞きつけて、同意してくる。
どうしてこういうときだけ返事をするのかしらね。
いつも大抵無言なのに。
「そんなことないぞ、クロエちゃん! 露出が増えたクロエちゃんも絶対に可愛い! 俺としてはもう少しスカートが短くても良いと思う!」
ロジュさんが生き生きしている。
私が深い溜息をつきながら「あのですね、ロジュさん。スカートが短くても長くても、中にドロワーズを着ているので、ドロワーズが剥き出しになるかならないかの違いしかないですよ」と教えてあげると、すごく残念そうに肩を落とした。
「……ナタリアさんは美人だが、そこまで堂々と脱がれるとな。普段から半裸みたいなもんだから、あんまり気にならないっていうか」
「ロジュ。先程から、女性に対して失礼なのでは」
シリル様が咎めるような視線をロジュさんに向ける。
ロジュさんは「ごめん、クロエちゃん。つい願望が口から出た」と言ってしゅんとした。
「シリル様、良いんですよ。ロジュさん、いつもこんな感じなので」
確か私が錬金術師の衣装としてエプロンドレスを選んだときも、ロジュさんは「可愛い! 天才的に可愛いなクロエちゃん!」と言って、大声で褒めてくれた。
ロジュさんの場合は本心というよりは、場を和ませるためにそういったことを口にするところがあるので、失礼とは思ったことはないわね。
というか、ロキシーさんのお店に集まっている冒険者や傭兵の皆さんは、皆こんな感じなのよね。
「服の話はまぁ良いとして」
「ナタリアさんが脱ぐのがいけないんですよ?」
「もう着たから良いじゃない。それで、ディスティアナの王子様は助かりそうなの?」
「今は、アンリ君が治療をしてくれています。大丈夫かどうかは、分からないですけど……」
「ふぅん。まぁ、なんにせよ待つしかないわね。あとはもうできることはないもの。で、皆で私に用事? 帰りの挨拶をしにきたのかしら。良い心がけよね」
「……ナタリアさん」
ひらひらと手を振って、帰って良い、みたいな態度をとるナタリアさんを、私はじっと見つめた。
「そんな、捨てられた子犬みたいな目で見るんじゃないわよ。しょうがないわねぇ……。ジュリアスに話す気があるなら、私の大事なお酒を振る舞ってあげても良いわよ。ちょうどお腹もすいたし、クロエ、二階の食堂で何か作って頂戴。お酒にあうやつね」
「食材はあるんですか?」
「エラちゃんはご飯作れないからね、アンリが食材を買ってきているわ。保存している食材が少しはあるんじゃないかしら」
「分かりました。……ほんとうはここで話そうかと思ったんですけど、相変わらず散らかっていて座る場所がないので、食堂に行きましょうか。簡単なものを、すぐに準備しますね」
「クロエちゃんの手料理!? やった。ここまで怪我人を運んできて良かった!」
喜ぶロジュさんの隣で、ジュリアスさんがとてつもなく嫌そうに眉を寄せた。
「……クロエ。ヘリオスとリュメネが待っている。帰るぞ」
再び二階にあがろうとした私の腕をジュリアスさんが掴む。
「ご飯、すぐできますから。少しだけ、付き合って下さい。……ジュリアスさん、私にだけじゃなくて、皆にも話して欲しいんです。ディスティアナ皇国のこと。きっと、……皆も一緒に、戦ってくれますから」
「そうだぞ、ジュリアス。一緒に飯を食って話すと、親密になるって古くから傭兵団でも言われていてな。面倒かもしれないが、これが結構大切な場合もあるんだ。腹を割って話そう、そろそろな。お前の身に何かあれば、クロエちゃんが悲しむ」
私の後ろに立っているロジュさんが、いつもよりも低い真剣な声音で言った。
「それに、闘技大会の決勝戦でお前との決着がまだつけられてない。お前に死なれたら、不戦勝になるだろ。そんなの許されないからな、ジュリアス。……だから、まぁ、俺達を巻き込め。これからはじまるのは、お前個人の戦いじゃなくて、国と国との戦いだろう」
ロジュさんの言葉に、ジュリアスさんはいつもどおりの舌打ちではなくて、深く溜息をついた。
「話さないなどとは言っていない。……詳しい話は、ヴァイラスが目覚めてからで良いだろう」
「ジュリアス。情報の共有は、早いほうが良い。いつ戦争がはじまるのかは誰にも分からない。ディスティアナで何かが起っている以上、それは、明日かもしれないし、明後日かもしれない」
シリル様が深刻な表情で言う。
シリル様はもう国王陛下ではない。今は弟殿下のジーク様が、国王陛下の役割を務めている。
戦争になったら、ジーク様が兵へ指示をださなければいけない。
きっと、心配よね。シリル様にとってジーク様は、唯一生き残っている家族だもの。
「図体のでかい男が三人も揃って、ごちゃごちゃ話してるんじゃないわよ。ご飯と、お酒よ、クロエ。腹が減っては戦はできないって言うでしょ。それに、お腹がすくと苛々するのよ、人間って。そうすると、まともな考えなんてなんにも浮かばないわ。ほら、邪魔よ。さっさと食堂に行きなさい」
ナタリアさんに追い立てられるようにして、ロジュさんとシリル様が二階にあがっていく。
私もジュリアスさんの手を引いて、食堂に向かった。
ナタリアさんが「手のかかる子たちねぇ」と、小さな声で呟くのが聞こえた。




