ジュリアスさんの諦めと、ナタリアさんの説教
白い飛竜が心配そうに、ヴァイラスさんを見つめている。
魔力を補充したからなのか、傷ついた体はかなりの速度で修復されていっている。
魔法が効かず、魔力の補充だけでここまで体を修復できる自己回復力があるなんて――飛竜というのは、とても強い存在なのよね。
ヘリオス君やリュメネちゃんの可愛さで、つい忘れそうになってしまうけれど。
他の魔物のように人を襲うのだとしたら、きっととても恐ろしい存在になるわよね。
けれど飛竜に襲われたという被害の報告はない。
野生の飛竜は人が危害を加えようとしなければ攻撃してくることなどない、賢い存在だと言われている。
白い飛竜は、ラシード神聖国で見た改良された飛竜に見える。
ディスティアナ皇国でも――飛竜の改良が行われていたということかしら。
そんなこと、ジュリアスさんは許しそうにないし、だとしたらジュリアスさんがいなくなったこの三年間の話だろう。
「……ディスティアナの皇太子ってわけね。ちゃんと言えて偉いじゃない、ジュリアス。クロエと愉快な下僕たち、ジュリアスを見張っていなさいよ。何か事情があるとして、一人でディスティアナ皇国に向かっても良いことなんて一つもないからね」
「了解。愉快なクロエちゃんの下僕として、しっかり見張っておくから安心してくれ、ナタリアさん」
「あぁ。心得た」
ナタリアさんに言われて、ロジュさんとシリル様が特に否定もしないで返事をした。
今のって、クロエと『ナタリアさんの愉快な下僕たち』という意味なのではないかしら。
私の下僕みたいな言い方をしているわよ、ロジュさん。
それは多分間違いなのだけれど、今はそれどころではないわね。
「……びっくりするぐらい、皆から信用されてないですよ、ジュリアスさん」
「俺が一人でディスティアナに戻るという前提で、何故か話が進んでいるな」
「私もそう思っていましたよ。……違うんですか?」
「……その必要があると、――考えてはいた。だが、やめた」
深い溜息とともに、心の中に溜まっていた何かを吐き出すようにしてジュリアスさんが言う。
私はにやにや笑いながら、ジュリアスさんの背中をばしばし叩いた。
ヴァイラスさんの命が危ないというのに笑っている場合じゃないのだけれど――ジュリアスさんのどこか諦めたような、それでいてどことなくすっきりしたような様子が、無性に嬉しい。
「クロエ、じゃれあうのは後にしなさい。ヴァイラスだったかしら。この男を、治療院に運ぶわ。魔法で傷は塞がったけど、失った血液を補充しないと、死ぬわよ」
「ヴァイラスが何をしに来たのかは……おおよそ想像はつくが、今死なれるわけにはいかない。ヴァイラスは、ディスティアナの内情をよく知っている。ファイサルはディスティアナと戦うため、同盟軍を作ると言っていたな。ヴァイラスの情報は、そのための、強い力になるだろう」
「それで良いのよ、ジュリアス。何が必要で、何をしなければいけないのか、しっかり分かっているじゃない。あなた」
ナタリアさんは何もない空間から、大きなシーツのようなものを取り出した。
シーツの両端には長い棒が嵌められている。
人が一人乗れるぐらいの大きさのそれは、病人を運ぶための担架だった。
ロジュさんとシリル様が、両端を持ってヴァイラスさんの横に担架を置いた。
「ジュリアス、あなたはディスティアナの人間だけれど、一人で全て背負う必要はないのよ。それに、この私が可愛い弟子の結婚相手として、あなたを認めたのよ? 死なれてもらっちゃ困るの」
「死ぬつもりはない」
「あなたにその気がなくても、人間死ぬときは死ぬの。私や、あなたがどれほど強くてもね。鳥や魚が群れる理由を考えたことがある?」
「さぁな」
「より、多くの個体が生き残る為よ。時には、弱い個体があつまって、恐ろしい敵を追い払うことだってあるの。……あなたにとって、他の人間はとても弱く見えるかもしれない。でもね、一人きりでできることには限度がある。皆で立ち向かえば――生き残ることのできる可能性が増えるものよ」
傭兵団で怪我人の扱いに慣れているのだろう。
ロジュさんとシリル様は手早くヴァイラスさんを担架に乗せて、両端の棒を持って持ち上げた。
「さぁ、行きましょう。慎重にね、愉快な下僕たち」
「ちょっとそう呼ばれるの、癖になってきたな。了解だ、ナタリアさん。それにしても、こういうときに病人を運べる魔法とか、錬金術とかってないのか?」
「そんなに便利なものはないわよ。魔法も錬金術も便利ではあるけれど、結局、一番繊細なのは人間が自分の手や体を使うことなのよ。死にかけた人間を運ぶには、適していないわ」
「あ! ちょっと待っていて下さいね。治療院の近くに抜けられる扉を作りますから!」
ナタリアさんとジュリアスさんの会話に気を取られていた私は、急いで無限収納鞄を漁った。
無限収納鞄と繋がっている無限収納トランクの中の素材はもうほとんど残っていないけれど、作り置きしていた錬金物は残っている。
その中から私は帰還の鍵を掴むと、取り出した。
「確かまだ、帰る場所がナタリアさんの家、つまり、クロエ錬金術店になっていた筈です。ここから行くよりも、治療院に近いですから」
「偉いわ、愛弟子。私の家に帰ることができるなら、治療院まで行かなくても良いわよ」
ナタリアさんに褒められると、認めて貰ったみたいで、嬉しい。
どうして治療院まで行く必要がないのかはよく分からないけれど、ともかく私は帰還の鍵を使用した。
何もない場所に向かって、ガチャリと鍵を回す仕草をする。
現れた透明な扉を開くと、もの凄く驚いた顔をしているエライザさんと、エライザさんの従者でジュリアスさんの弟子になりたいと希望しているアンリ君と目が合った。




