ヴァイラス・ディスティアナ
恐らく元々はとても美しいのだろう、白に近い金の髪には乾いた血がこびりついている。
まるで闇に紛れるための装束のような黒いフード付きのローブはところどころ裂けていて、深い傷口が覗いている。
かなりの量の血を失ったのだろう、その皮膚は血の気がなく青白い。
髪も皮膚も白く見えるのだけれど、薄く開いた瞼から覗く瞳だけは、鮮血のような赤色をしている。
生きているのかさえあやしいぐらいに、満身創痍なのに――その瞳には、強い意志の光が灯っていた。
「……ジュリ、アス……どうか、ディスティアナに、戻ってくれ……」
――そう、掠れた小さい声で、その男性は口にした。
思わず一斉にジュリアスさんを見た私たちに、ジュリアスさんは何も言わずに忌々しそうに舌打ちをしただけだった。
「と、ともかく、話はあとです。まずは治療をしましょう……!」
内心の動揺を隠して、私は言った。
やっぱり――ジュリアスさんの知り合いなのね。
ディスティアナから来たのね。こんなに、死にそうになりながら。
嫌な予感ばかりが、心を支配しようとする。
けれど、まずは人命救助が優先だ。白い飛竜も助けないといけない。
「クロエさん、ここは任せた。俺は観客たちの誘導にあたる。色々事情がありそうだ、この場所は好きに使ってくれ」
ムジークさんに声を駆けられて、私は「はい!」と元気よく返事をした。
シリル様とナタリアさんの構築した魔法が、男性の傷を癒していく。
ジュリアスさんは男性とは関わりたくないように、白い飛竜の元へと向かっていく。
ヘリオス君とリュメネちゃんが、心配そうに白い飛竜を覗き込んでいる。
「ロジュさん、白い子の槍を抜いてください。私は治療魔法を……あ! でも、飛竜には魔法が効かないんでしたっけ……ということは治療魔法も、駄目ってことでしょうか。どうしよう……」
「クロエ。俺とロジュが槍を抜く。お前は、可能な限りの魔物が落とした素材を、白い飛竜に食わせろ。飛竜の体を構成しているのは、魔力だ。その血肉は、魔力で出来ていると考えて良い」
「素材を食べさせるんですか?」
「あぁ。本当は魔物を食わせたいが、そんな時間はない。魔物の落とした素材は、魔力を帯びているだろう。魔力の補充さえできれば、自己治癒力で傷は治るはずだ。……命が助かるかどうかは分からないが」
「ともかく、やってみます!」
ジュリアスさんとロジュさんが飛竜の背に登って突き刺さっている無数の槍や、それから弓矢を抜いている間に、私は無限収納鞄を漁ってできるだけ帯びている魔力量の多い素材を取り出した。
魔力量の多い素材は高級で希少なものばかりなのだけれど、値段がどうのと言っている場合じゃない。
白い飛竜も、騎乗していた男性と同じ、赤い瞳をしている。
ぐったりとして動かないけれど、瞳だけはじっと近づいていく私を見つめていた。
「……ごめんね。食べ物には見えないんだけれど、……薬だと思って飲み込めるかしら」
飛竜の大きな口には、私の手の中にある魔物からとれた素材の数々は、とても小さく見えた。
それこそ、本当に薬草やら、錠剤みたいだ。
体から槍や矢が引き抜かれる衝撃で、白い飛竜は苦悶の表情を浮かべるようにして、額に皺を寄せる。
大きな白い牙の並んでいる赤い洞窟のような口の中へ、私は手にしていた素材を押し込んだ。
錬成に使うと様々な効果が発現する素材は、私たちが口にしたら毒にしかならないものばかりだ。
食べようとは思わないのだけれど。
白い飛竜は、私の言葉が分かるように一度瞬きをすると、残りの力を振り絞るようにして僅かに口を開いてくれる。
大きな舌で喉の奥に送り込むようにして、白い飛竜は押し込んだ素材を飲み込んでくれた。
槍や矢を抜き終わったジュリアスさんとロジュさんが戻ってくるまでずっと、私は同じことを続けていた。
ため込んだ高級素材は底をつきそうだったけれど――命を助けるためだもの。
また、集めれば良いんだし。
魔力を帯びた素材を飲み込むたびに、白い飛竜の瞳に生気が戻ってきているように見えた。
いつの間にか、ヘリオス君とリュメネちゃんが白い子の傷ついた体を慈しむようにして、鼻先を擦り付けている。
穴だらけの羽が、剥がれた鱗が、焼けただれた皮膚が、少しづつ治ってきているように見える。
「……クロエ。もう十分だろう」
「でも、まだ足りないんじゃ……」
私が残り少ない素材を口の中に入れようとすると、白い飛竜は大丈夫だとでもいうようにして、軽く顔を振ると目を閉じた。
心配だけれど、様子を見るしかないわね、きっと。
「こっちも終わったわよ、クロエ。傷は治したけど、手と足はどうにもならないわね」
「血が足りないようだ。傷は治ったが、意識が戻らない。ジュリアス、知り合いなのか?」
ナタリアさんとシリル様が男性の傍から離れると、こちらに近づいて来て言った。
ジュリアスさんは腕を組むと、眉根を寄せる。
「知らない顔だ」
「嘘つけ。秘密主義も大概にしろよ、ジュリアス。あいつは、お前の名前を呼んでただろ。ディスティアナ皇国の関係者で、お前の知り合いなんだろ」
ロジュさんが責めるような口調で言う。
珍しく、怒っているように見えた。
「隠し事は良くない。クロエちゃんが不安になるだけだ。お前は――クロエちゃんの為を思って、隠したがってるんだろうし、同じ男としてお前の気持ちは分かる。だが、ちゃんと話せ。この期に及んで、隠し通すのは無理だ」
「……お前には関係のないことだ」
「関係はあるんだよ! 俺は……俺だけじゃなくて、アストリアの商店街の連中やら、傭兵やら冒険者やらは、皆クロエちゃんのことが好きだ。それに、お前のこともな。愛想はないし口は悪いが、なんだかんだ、お前は皆を助けてくれるだろ。俺もお前を、友人だって思ってる」
「あぁ。その通りだ。ジュリアス、お前は一人じゃない。クロエがいる。それに、俺たちも。俺の立場では……言えることは少ないが、少しでも、役に立ちたいと思っている」
ロジュさんとシリル様に真っ直ぐに言葉をぶつけられて、ジュリアスさんの眉間の皺が更に深くなった。
私も――何か、伝えないと。
ジュリアスさんの過去や、ディスティアナのこと。
いつもどこか遠慮してしまって、口にできなかったけれど。でも。
「ジュリアスさん。……教えてください。この人は誰ですか? ジュリアスさんとどういう関係なんですか? 一人で抱えないで……一人で、どうにかしようとしないでください」
「知らない人間だ。俺とは無関係の」
「分かりやすい嘘をつかないでくださいよ。ジュリアスさん、私を巻き込まないようにって、いつも思ってくれていますよね。でも、私は巻き込まれますよ。絶対に巻き込まれます。そういう自覚、ありますから!」
「……お前は何を言っているんだ、阿呆」
「お人好しの阿呆なんですよ、私。もしジュリアスさんが私のためとか言って、ディスティアナに一人で戻ったりしたら、――絶対に追いかけますから。私を一人にしたら、巻き込まれて死にますよ? 良いんですか、ジュリアスさん!」
「どういう脅しだそれは……」
ジュリアスさんは額に手を当てると、深い溜息をついた。
「言うようになったわね、クロエ! その調子よ! わからずやには力押しが一番ね」
ナタリアさんがお腹をかかえて笑い出している。
緊迫した雰囲気が、ナタリアさんのおかげで少しだけ和らいだ気がした。
「……その男は、ヴァイラス・ディスティアナ。皇帝オズワルドの、息子だ」
ジュリアスさんは、どこか諦めたようにぽつりと言った。
眉間の皺はなくなって、肩の力が抜けているように見えた。




