来訪者
空を見上げると、四枚の翼をもつ飛竜の姿がある。
白い体に、赤い瞳をした美しい飛竜だ。
二枚は竜の翼。二枚は巨大な鳥の羽のように見える。おそらく、まじりものの飛竜なのだろう。
ラシード神聖国で研究され造られていた、飛竜に他の動物の性質を与えたもの。
白い鳥の翼は、時には漁船を転覆させると言う巨大な海鳥の、セイレーン大白鳥の翼に似ている。
けれど――その体には無数の槍が突き刺さり、数枚の翼には、帆船の帆に風穴があくように、大きな穴がいくつもあいていた。
「ギュイイイ……!」
白い飛竜は、断末魔のような声をあげる。
白い飛竜の両脇に、白い子を守るようにしてヘリオス君とリュメネちゃんの姿がある。
どうやら二人が、白い飛竜をここまで案内してきているようだった。
「ヘリオス君、リュメネちゃん!」
私は立ち上がると、観客席の一番広場に近い場所まで走って、手すりに捕まった。
白い飛竜の羽ばたきが、徐々に力を失っていくようにして弱々しくなっていく。
またたくまに高度が落ちてくる。
『落ちるぞ、皆、避難を! 観客を避難させろ!』
ムジークさんの大声に、会場のざわめきが大きくなる。
闘技場は確かに大きいけれど、もし白い飛竜が客席に落ちたら怪我人が出る――どころではすまされないかもしれない。
「こんな時は、こんな時は、ええと、そうね……大丈夫! このクロエ錬金術店の、美少女錬金術師クロエちゃんにお任せあれ!」
私はごそごそと肩から下げている無限収納鞄から、桃色の毛糸玉のようなものを取り出した。
「落石から、空から降るギザギザ飛び魚の大群から、安眠を妨害する害虫から、お米を食べちゃう米食べ飛蝗の大群まで、なんでもくっつけて捕まえちゃう、伸縮自在の風船ガム粘着網! 大きく広がれ、触れる物皆捕まえて!」
弾力性のある丸い玉を空に向かって投げると、それは細くほぐれながら闘技場の空洞になっている天井部分へと広がり、網状になって天井を覆った。
白い飛竜が、蜘蛛の巣に絡まる蝶々のように広がる網へとふわりと落ちる。
一見脆そうに見える細い網だけれど、どんな網もギザギザの角で貫いて、時々大群で空から降ってきて漁船を貫いて甚大な被害を出す、ギザギザ飛び魚を捕まえるために作ったので、強度は抜群である。
これは漁師の方々以外にも、農家の方々や野営の多い冒険者の方々まで、結構重宝されている。
ヘリオス君とリュメネちゃんは、網にくっつかないようにして闘技場の上空を旋回しながら「キュイ!」「クルル!」と鳴いている。
その子を助けてと言っているように聞こえた。
網の上でぐったりと意識を失ったように横たわる白い飛竜から、ずるりと滑り落ちるようにして何かが落ちてくる。
それは――傷だらけの男性のようだった。
網の飛竜の背から落ちて網の上に横たわる誰かは、飛竜と同じぐらいに傷ついていて、瀕死のように見えた。
「ムジークさん、今のうちに皆さんを会場の外へ! 飛竜と怪我人を闘技場の広間に降ろします!」
ムジークさんに大きく手を振りながら、私は言った。
まだ試合は終わっていないけれど、それどころじゃない。
白い飛竜と、飛竜から落ちてきた瀕死に見える男性を助けないと。
『そうだな! ありがとう、流石は天才美少女錬金術師クロエさんだ! 皆、試合の途中だが、決勝戦はこのムジーク・グランドが預かった! いずれ必ずジュリアスとロジュ、ふたりの決勝戦を行おう。今日はこれまでだ、人命救助を優先する!』
ムジークさんの指示で、闘技場で働いている誘導係の方々や、治療を終えた奴隷剣闘士の方々、それから集まっていた傭兵団の団員さんたちなどが、観客の皆さんを闘技場の外へと誘導していく。
「クロエちゃん、私も行くわね、役に立たないもの。気を付けてね、クロエちゃん。またね!」
声をかけてくれるロキシーさんに手を振ると、私は闘技場の手すりに足を駆けて、ジュリアスさんとナタリアさんのいる広間に向かって飛び降りた。
そういえば、広間と観客席の間には深くて広い溝があるんだったわね。
――私、身体能力は普通の人間なのよね、ジュリアスさんと違って。
結構頑張って跳んだつもりなんだけれど、一歩足りずに溝に落ちそうになる。
私に向かって床を蹴って跳びあがったジュリアスさんが、私の腰を抱えると、観客席の壁を蹴って軽々と広間へと戻った。
「ありがとうございます、落ちるかと思いました……!」
「落ちると分かっていて、飛び降りるな阿呆」
「ごめんなさい、いけると思ったんですけど」
「根拠のない自信で怪我をするなど、愚かの極みだ」
ジュリアスさんは私を先程のジュリアスさんとナタリアさんの戦闘でひび割れと穴のあいた床に降ろすと、呆れた顔で嘆息した。
すごい言われようだわ、私。
ちょっと飛び降りようとしただけなのに。
確かにあのまま落下していたら、骨ぐらいは折れていたかもしれないので、反論はできないのだけれど。
ジュリアスさんは厳しい視線を、上空へと向ける。
「……あれを、助けるのか、クロエ」
「知り合いですか、ジュリアスさん? とりあえず、話はあとですよ。白い飛竜と男の人を、網から降ろして治療しないと」
「クロエちゃん、どうすれば良い?」
「クロエ、何か手伝えることはあるか」
私とジュリアスさんの元へ、ロジュさんとシリル様も駆け寄ってくる。
「あの大きさの飛竜よ。とても抱えることなんてできないわ。人間はともかくとして」
魔法の箒で空を飛んで、網に近寄って様子を見に行っていたナタリアさんが、戻ってくると言った。
「どちらも、虫の息ね。何があったか知らないけど、すぐに治療をしないと、死ぬわ」
「ヘリオス君とリュメネちゃんに、網の両端を持って広間の中央に降ろしてもらいましょう。ジュリアスさんは、ヘリオス君に指示をしてください。私はリュメネちゃんの誘導をします。ナタリアさんとシリル様は、治療のための魔法の準備を。ロジュさんは、白い飛竜の体に刺さった槍を抜けますか?」
「任せとけ、クロエちゃん!」
「あぁ、了解した」
「居合わせちゃったし、仕方ないわね。手伝ってあげるわ。あとで酒をおごるのよ、クロエ」
ロジュさんたちが頷いてくれる。
ジュリアスさんは何も言わずに、ヘリオス君を見上げた。
その表情は――いつもよりも僅かに険しいように見えた。
「リュメネちゃん、網の片方を掴んで、降りてきてください! 白い子を助けます、広間の真ん中に降ろして、傷を治します!」
「ヘリオス! リュメネとは反対側を掴め。同じ速度で降りて、網を降ろせ」
私とジュリアスさんが声をかけると、空を旋回していたヘリオス君とリュメネちゃんは、言われた通りに網の対角線上へと移動した。
「捕獲解除! 風船ガム捕獲網、姿を変えず、網へと戻れ!」
広がった網のまま、粘着性を解除した粘着網の両端をヘリオス君とリュメネちゃんが持って、ゆっくりと空から降りてくる。
そっと広間に降ろされた瀕死の男性は――左腕と左足を、付け根から誰かに食いちぎられたように失っている。
失った腕と足の切断部分が、炎であぶられたようにして焼けただれていた。




